53. 呼び出しを受ける
『妹さん、指輪で後輩さんを呼んで!』
眼鏡から遠隔会話で新米審査官が叫んでいる。はい、と反射的に答えたけれど何が起きているのか分からず反応が遅れる。
さっき中堅審査官が精霊鑑別士の書類を確認しに向かい、何か揉めた直後に魔力が大きく動いたように見えた。おかしいと思って駆け付ける前に衝撃波を食らった。
雪の中に尻もちをついたまま誰に何をされたのか驚いている間に、西坑口の扉の向こうへと精霊鑑別士が去って行くのが見えた。最後に振り返り、薄い笑みを浮かべて。
扉が閉まった後にまた衝撃に脚を撃たれ、そこでやっと状況を理解する。攻撃してきているのは中堅だ。
『助けを呼ぶんです!』
今度は反射的でなく、はいとしっかり答えた。けれど正直それどころではなかった。中堅は訓練したばかりの魔導を使って、中級攻撃術を休みなく繰り出してくる。
幸い下は雪原で、後ろに吹っ飛ばされても勢いよく雪を分けて埋もれるだけだ。それより衝撃を受け続ける腿が痛い。脚が痺れている。
「中堅さん、なんで!」
瑕疵なき基地運営が、法令がとうるさい審査官が人を攻撃するはずがない。精霊鑑別士に何かされたんだ、と分かった。足元近くに攻撃が当たり、雪が大きく削られて舞い飛ぶ。
とにかく距離を取るために立ち上がろうとし、豪快に転倒した。脚に何発も当てられていて力が入らない。雪に真っ赤な血が点々と散っていて思わず叫ぶ。痺れていて気付かなかったが怪我していた。
『風刃弾です。立てないなら転げ回って避けながら、指輪を使うんです!』
新米が遠隔会話で指示をくれる。周囲にはびゅんびゅんと風か氷か火炎かが目視できない速さで飛んできて、雪原に衝突しては雪を巻き上げている。
転がりながら混乱と恐怖に震える指で、後輩魔闘士の印章指輪を入れた内ポケットを探る。震えでポケットのボタンを外せる気がしなくて絶望しかける。
『取り出す必要はありません、ポケットの上から握れば発動するでしょう。三回ですよ、妹さん』
冷静な新米の言葉が天の救いのように聞こえた。
後輩がくれた指輪は遠隔会話装置であり、後輩を呼び出せる機能もある。一回握れば会話機能、二回握れば呼び出し、三回握れば攻撃を受けている前提での呼び出しを後輩の腕のバングルに伝えてくれる。
指輪を渡された経緯を知っている新米審査官は機能を正確に覚えていて、的確な指示をくれている。さすが審査部、ありがとう、と心で叫ぶ。
生地の上から指輪をつかむけれど、転げ回る衝撃で回数がずれてしまうかもしれない。四回握ると何が起きるか知らされていないものの、後輩が行動不能に陥ると予想されている。
正確に指輪を握るために動きを止めた瞬間を、さすがというべきか、中堅審査官は逃さなかった。背中に、腰に、がんがんと骨をきしませるような衝撃を受けて肺から息が叩き出される。
何とか三回、握れたと思う。
一瞬後にはポケットの中から声が飛んできた。
『妹さん、どこですか』
早いけれど温かい声だ。聞くと涙があふれてくる。遠隔会話機能を発動するためにもう一度指輪を握ると、握った生地がじゅわっと赤く染まった。
「ゲホッ、に、西…西坑…」
『西坑口ですか』
「中堅さ…助けてあげ、ぶはっ」
頬を殴られるような衝撃が来て、眼鏡が吹っ飛んでいく。新米さん、ごめんなさい、と思いながら顔から雪に突っ込む。目が回る。気分が悪い。
『向かってるから』
周囲で止まない着弾音の隙間に彼の声と、基地に鳴り響く警鐘が聞こえている。どうにか助けを呼べた安堵に気が遠くなりかける。
息を吸わなくては。気力を取り戻して、そう、治癒促進の精霊を使える。どんな怪我したか分からないけど、とにかく魔導して、精霊紋はローブに描いてあるはず、と必死に一つずつ意識をつなぐ。
つなぐつもりが、いつの間にか切れていたようだった。




