50. 新たな壁へ、みんなで
兄の精霊は魔術省から出向してくる精霊鑑別士を交えて慎重に調査されることになった。
闇性魔力を純正化する兄の精霊の能力と『強力あるいは特異な精霊が亡くなった魔術師と関係している』という仮説は、審査部によって厳重な情報統制下に置かれた。
兄の精霊は『専属精霊ではなく、半闇性魔力だけを対価に受け取って純正化する精霊』だ。
魔獣討伐成功後の他国による干渉阻止、刻紋蓄魔晶石の普及によって、国の魔力需要は飛躍的に増加している。闇性魔力を純正魔力に変換して得られる利益を目当てに故意に闇堕ちしたりさせたりする者、闇堕ち覚悟で闇性魔力を魔導する者が現れかねない。
半闇性魔力の有害性を除去する手段は限られている。多数の闇堕ちが現れれば有害性を制御できなくなり、人々が対処したことのない事態が起こるだろう。
「そもそも有害性の測定法がなければ制御の成否もあいまいです」
半闇性野獣集団による霊木ナーサリー襲撃は、後輩魔闘士が大規模な防御術を展開して多数を仕留め鎮圧に成功した。代償として闇性魔力の汚染度が高くなった彼は除染室で回復中だ。
少し距離を空けた椅子で、自分も固有魔力の回復に努めている。ローブは彼の半闇性魔力を反射してバチバチと鳴りっぱなしだ。
「体調や気分の変化は主観的なもので数値化しにくく、有害性以外の影響もあり、どう測定すればいいのか…」
「わたしの最新型ローブ、反射機能が強化されているらしいんですけど、痛みが強くなりましたか」
「軽く金縛りくらいの威力があるので、野獣戦において魔闘士隊員たちには心強い強化です。妹さんの不意打ちに遭う僕にとっては脅威になりつつあります」
恨めしそうな顔で見られてしまう。
「痺れに変わったってことですか」
何を知りたいのか察したらしく、彼の片眉が少し上がる。
「闇性魔力の反射の差異で有害性を抽出できるか、か。反射材の種類と闇性魔力の成分分解、そこから人体に影響のある要素を特定できれば…」
発見の尻尾をつかもうと思考しはじめる彼をそっとしておいて、蓄魔晶石の選別をすることにした。魔闘士隊員たちに基地周辺の巡回ついでに小石を拾って帰ってもらい、そこから特に小粒で蓄魔晶石に使えそうな品質のものを選り分けている。
良くても中級程度だが、位置発信と闇性魔力測定の刻紋石としてなら充分に長期間使えるだろう。タイミング良く中堅審査官が様子を見に来てくれた。
「どうぞ、フクメロ探知網用の石です」
「ありがとう。まさかフクメロを半闇性野獣の接近監視に使おうとは…後輩くんは研究テーマより発明を思いつく方が得意なのかな」
「フクメロの行動を十分ごとに眺めるだけでは時間がもったいないだけですから」
「結局役立ったんだから無駄じゃない」
フクメロが属する小さな有袋類の仲間は、自身の袋の中に木の実を忘れて発芽させてしまうくらい無頓着だ。袋に小粒の蓄魔晶石が入っていてもあまり気にしないだろう。
霊木ナーサリー周囲にフクメロの住む灌木林を配置し、多数のフクメロたちの軌跡を継続観察することで野獣の監視とする生体探知網を構想中だ。魔闘士隊の魔力索敵範囲を超え、かつ索敵術に必要な大量の魔力消費を節約できる。
王への情報を阻害して王国を危機にさらした者や東塔派、北嶺の闇性魔力など王国の人々を脅かす心配事は多いけれど、こうやって心ある者たちで少しずつ知恵と力を集めて、壁を突き破るみたいに進んでいければいいと思う。
「…ところで、後輩さん」
中堅審査官が去ったのを見計らって聞いてみる。
「超高効率蓄魔晶石、どこに隠してるんですか」
「基地内にはありません。だけど」
中空に目を逸らして、後輩は何気なさを装っている。
「三か月近く独りでここにいた時、構内図にない廃坑を見つけたり小さな横穴を掘ったり、いくらでも出来たと思いませんか」
「構内図になければ基地じゃないってことにして、国の建造物を勝手に改造したと…」
「出来たと思いませんか? って聞いただけです」
「後輩さんはすごく純情な時と抜け目ない時がありますよね」
「そうかな」
「試してみますか?」
今日の北嶺は天気に恵まれ、清らかでまっすぐな陽光が除染室に差し込んでいる。霊木の針葉がさわさわと風に揺れ、暖炉の薪は暖かい炎を揺らしている。
後輩魔闘士の隣に座り直す。バチバチ音が大きくなるローブの襟を引っ張ってみせた。
「ハグ以上ができちゃうローブのずらし方を聞いたら、教えてくれますか」
彼は何度か瞬きしてから努めて平静を装って、でも拳をぎゅっと握っているのが目の端に見えている。
「誰とするつもりなのかによります」
「したい人に聞いてます」
「その質問をされるのが僕であって良かったと思っています」
--- 怒涛の再始動 編 完 ---




