49. 再び連携する
「中堅さん、フクメロは動いていませんね?」
後輩魔闘士から突然の鋭い、けれど無関係な質問が飛んできて気圧されながらも、急いで行動軌跡鏡を出して確認する。
「動いていない。習性としてすみかの灌木で仲間と身を潜めているんだろう」
「動いているのは半闇性野獣だけ。では魔獣討伐の際に先輩が東塔派から借りた秘術を流用します。副隊長、審査官、使用許可を。ナーサリー一帯に防御術をかけます。ローブの内側と同じ、一種の結界です。侵入者を識別紋章持ち以外すべて砂にします」
理解と納得が追いついていないのに物事の手順は分かっている奇妙な感覚に今度は自分が陥りながら、新米審査官に指示を飛ばす。秘術の借り受け期間、使用条件を確認させる。
「ナーサリー保護のために試作していたものの、どう工夫しても消費魔力がとんでもなくて諦めたんですが、紋は敷設してあります」
『足りるわけがない。あれは机上の空論だ。だからこそ借りられたと言える』
副隊長からの遠隔会話が入る。
『魔術討伐の時さえ全く足りずに使用を断念したんだ』
ローブの防御術を維持するためだけでも、何十人もの魔導士が省内に詰めて魔導していると聞いた。
「二秒ならいけます。足せば足りる。副隊長、野獣を引き付けてください。二秒のあいだに多数がナーサリーの柵内に入るタイミングを作ってください」
足せば足りる。超高効率蓄魔晶石と、先輩の精霊効果で作り出す純正魔力を足す。そうすれば防御術の精霊に渡すに足りると言っている、と理解する。
『分かった。一秒半でいい。半数に減らせれば残りは制圧できる。後輩、何分でいける』
後輩魔闘士はもう走り出している。
「三分で。妹さん、除染と定性調整の準備を」
「はい!」
『後輩以外の魔闘士総員、やつらが三分後にナーサリーへ侵入するよう追い立てろ。多少壊されても構わない、誤魔導するな』
除染室へ走っていると、前を行く新人魔導士が振り返った。
「取り上げちゃうんですか」
彼女は分かっている。彼がどこかへ隠していた超高効率蓄魔晶石を回収しに行ったことを。審査官が何を見張っていたのかを。相変わらず直感が鋭くて驚かされる。
「あれは闇性魔力に立ち向かうためにあるものです。魔獣や、野獣や北嶺と闘うために。後輩さんを見れば分かるでしょ? 後輩さんは悪いことに使ったりしない」
必死に訴える彼女を見ながら、ああ、自分は間違っていたなと痛烈に思う。
「すまないね、新米くん。先輩くんの精霊鑑別で魔導しすぎてしまった。休憩させてもらうよ」
眼鏡を外して遠隔画像を飛ばす精霊への指示をやめた。
「取り上げないでください。兄から後輩さんが受け継いだ、あれは遺志で、宝石みたいなものなんです」
間違っていた、後輩魔闘士に注意を誤誘導されていた。
彼は超高効率蓄魔晶石を隠し持って逃げる準備をしていたんじゃない。逃がせるように備えていたのだ。彼と、彼の先輩にとっての宝石みたいな人物を。
魔術省に不当なほどの厳しい行動制限を課せられても、彼女は怯まなかった。後輩魔闘士が自分には逃亡する機会があることを、彼女を連れて行く機会があることを匂わせても、彼女は逃げることなど考えてもいなかった。
彼が先輩の精霊と共に北嶺探査基地に留まることになろうとも、彼女は共にいると言い切った。彼はもう逃がせるように備えなくていい。逃がすために超高効率蓄魔晶石を温存しておかなくてもいい。
だから『奥の一手が可能になった』。
「先輩くんの精霊は初回サービスしてくれるんじゃないか。足さなくても足りるほどの純正魔力を。先輩くんは最後に持っていきたいタイプだそうじゃないか」
そういうことにしよう、と思った。
北嶺の闇性魔力が増大の一途をたどり、その原因も対処も不明な今、彼らを失ったら王国は終わりかねない。
瑕疵なき基地運営は、王国の存亡にかかわる魔闘士と魔導士の心身の保護とどれだけ天秤にかけるべきものなのか。自分はもはや審査官の適性を失った気がしている。
除染室は屋根がなく中庭になっていて、外の戦闘音が聞こえてくる。
『あと一分だ。追い込むぞ、後輩』
『はい』
どん、と特急魔導の気配がして何度も繰り返される。隣で空を見上げる新人魔導士の顔が真っ青だ。兄が魔獣に致命傷を与えた時の情景を想像してしまっているのだろう。
野獣たちを追い立てる照明弾や火炎弾で夜空は幾度も光り、舞い散る雪が反射で点滅する。獰猛なうなり声、踏み散らされる雪の音、破砕弾が岩や雪を削る炸裂音。屋内で待機していた時とは比べ物にならない生々しさに動悸がする。
「分かっていると思うが、妹さん。後輩くんは小さな魔導量も把握できていた、大丈夫だ。安全にはうるさいほうだと彼自身が言っていただろう? 彼は大量の魔導と自家汚染で疲弊して帰って来る。君がやるのは有害性の除去だが、完璧じゃなくていい」
はい、と答える声が震えている。
「君は倒れずに回復して、明日またやればいい。除染液や霊木茶がある。治癒促進術をかけられる仲間たちがいる。魔導は下手だが僕も手伝える。一番効果のある君が一番上手に調整するんだ。できるね」
「はい。そうですよね。はい」
『十秒前! 気張れ!』
連続した炸裂音に続いて野獣たちが集団で吠え立てる声が大きくなる。ナーサリーに追い込まれているのだろう。後輩の防御術が作動しなければ、霊木の苗は壊滅状態になるだろう。魔闘士たちの、攻撃とも防御ともつかない怒声が響き渡る。
『三、二、一、』
一瞬、大気が不可視の巨大な手で握り崩されたような、体験したことのない魔力の渦に巻かれた。皮膚が大気に溶けて吸い込まれそうな、巡る世界の一塵に圧縮されたような不可解な感覚に陥る。
ほんの一秒ほどの時間だったが吐きそうになり、実際に背後で吐いている者がいるようだ。
『後輩よくやった、歩けるか? 除染室へ行け。妹、除染研究員、後輩を頼む。魔闘士隊、吐きながら立て、残りを掃討する!』
『隊長だ。今のでやつら怖気づいた。転移施設前を一気に片付ける。終わり次第そちらに向かう。はー、くさくて鼻が曲がりそうだ』
『隊長にオエッ…おいしいとこ渡しませんよ!』
『駆除数レースはオエッ…今年こそ俺がもらいます!』
吐き気に耐えながら耳をすますと野獣たちの鳴き声は急減し、しかも勢いを失っている。多数が防御術にはまって砂と化し、敗走しはじめたのかもしれない。隊員たちには余力があるようだ。
「後輩さん!」
壁に手をつきながらも自力で戻ってきた後輩魔闘士を、先輩の妹が迎えに駆けていく。これは転送しないと新米審査官に怒られる。眼鏡を取り出して映像の転送を発動させた。
「妹さん、離れて。聞こえれば調整は発動するから」
後輩は明確に手の平を向けて制止するが、やはりというか、彼女は無視してその手をつかみ除染室に引きずって来た。彼女のローブの闇性魔力反射機能が火花を散らしている。
「後輩さん脱いで! 全部!」
「え、全部は…無理かな」
「何言ってんの? 早く!」
「ぶはっ、溺れる、待って除染液で溺れ死ぬから」
新人魔導士は倒れることなく定性調整をかけた。魔闘士隊は新たな闇堕ちを出すことなく半闇性野獣の集団を制圧し、霊木ナーサリーは壊滅的な被害を免れた。
審査部は後輩魔闘士が超高効率蓄魔晶石を使用した証拠を得られず、接収の機会を逃した。




