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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
怒涛の再始動 編
47/50

47. 鑑別される

 専属精霊なら固有魔力に惹かれて寄って行き、特定の個人にまとわりつくものだ。先輩魔闘士の精霊は細かい光の粒が鳥の群舞のように複雑に形を変えながら、周囲を所在なげに漂っている。この様子だと専属精霊ではなさそうだ。

 必要魔能水準が低い精霊紋は試し終えた。中級になると精霊紋の数はぐっと減る。低級精霊の上位版である疾風、猛火などだ。ここでも反応はない。

 上級になると味見させるだけでも魔力の消費が激しい。先輩魔闘士の妹に魔導を手伝ってもらいながら試していく。精神操作に始まり、凄惨術殺事件の審査で知るような気味の悪い術名も並ぶが、やはり精霊は反応しない。

 精霊が先輩魔闘士の死後すぐに出現したとしたら四か月になる。その間を基幹除染室で誰にも気付かれずにいたとしたら、精霊は空腹のはずだ。味見程度の魔力でも食い付かないはずがない。

 もう上級までの既知の汎用精霊紋は試し終えた。つまり最上級か特異な能力持ちだ。そうなると能力鑑別、安全性の検証と安定運用には年単位の時間がかかる。

「我々の手には負えないようだ。魔術省の精霊鑑別士に預けることになる」

 先輩魔闘士の妹は頭を思いっきり傾けて、うーんとうなっている。

「兄の願いが精霊の能力に反映されるなら、願いから推測できるかも?」

「それなら君が最も適任だろう。先輩くんの願いは何かな」

 ついさっき、先輩の最期の地に行ってきたばかりだ。後輩の腕の中で彼が何を願ったのか、妹には分かるだろう。

「帰ってフィッシュパイ食べたい、かな…」

「僕は今とても厳粛な気持ちで耳を傾けていたんだ」

 いいタイミングで後輩魔闘士が駆けて来た。再度、バングルの蓄魔晶石の充填を頼んでいる。夜の吹雪では光の精霊で閃光を浴びせたり照明を当てたり、強風で破砕弾の狙いがずれて何発も撃つ必要があったり、魔力消耗が激しいという。

『救護のため攻撃一時中断。威嚇射撃は継続、ナーサリーへ接近させるな。医務室の準備願う、咬傷一名、足首の負傷一名。十五分後に再集合』

 救援を要請する副隊長の普段から厳しい声が厳しさを増している。聞いた後輩は唇を引き結んでいる。その目は床に広げられた精霊紋の一覧を見た。上級まで試して無反応だったことを伝える。

「先輩の精霊は後回しですね。飴でも食って待っとけ、ですよ先輩」

 後輩魔闘士の疲労の色は濃いが、強がることで安心させたい相手がいるようだ。隣でくすっと笑ってから、妹が後輩をじっと眺めだした。

「兄の最期の言葉は後輩さん」

「すみません」

「『君を善くしすぎたかな』…飴もいいけど、後輩さんの魔力をあげてみたらどうかなあ」

 はい? と、二人でそろって聞き返す。

「えーと…専属精霊じゃないっぽいんだよね? そしたら大気からの魔導ってことは、僕がやると半闇性だけど。どっちにしても」

 珍しく面食らっているのか口調がおかしい。対する妹は、うん、と至って真面目にうなずいている。

「この精霊に闇性魔力をあげて嫌われたって、二度と使えなくなるわけじゃないし。試しても損はないんです。兄が『善くしすぎたかなゴメン』って思ったなら、後輩さんが何か得する精霊を用意したんじゃないでしょうか」

「それなら…まず…紋を用意しないといけないな…」

 理解と納得が追いついていないのに物事の手順は分かっているという奇妙な様子で、後輩はポケットから手帳を出す。破り取った紙に描き始めたのは、もはや慣れ親しんだ図形だった。

「兄さんの識別紋章」

「これが無関係の精霊だったらどうしよ」

 吹っ切ったように笑いながら、ふざけた口調の後輩が精霊紋を描き上げる。識別紋章という性格から完全に同一ではないが、象徴的な意匠はそのままだ。

「先輩は、鑑別士が定性調整の専属精霊に紋を結びつける方法を見ていたそうです」

 後輩は新たな精霊紋を漂う精霊に向け、何事か呟きはじめた。精霊紋を勝手に指定しているらしい。調べます、と眼鏡の遠隔会話装置から新米審査官の声がする。

『魔術省による紋の交付は権威を示す慣例であり明文化されていません。違反にはあたりません。魔術省の権威主義者を怒らせるだけで、方法さえ知っていれば可能です』

 後輩は精霊紋にさらに何かを描き加えている。さっき精霊の能力鑑定に使った魔力を味見させるアルゴリズムのようだ。

 彼は人差し指を立て、大気の魔力をからめ取るような仕草で魔導した。闇がちの特性で半闇性を帯びた魔力を新たな精霊紋へ落とし込む。ゆらり、と紋の周囲で魔力が揺れて、実行された。

 どの精霊も一度は闇性魔力を受け取る。けれど霊力に変換できず生命維持に使えないと分かると、もう二度と純正以外の魔力を受け取らない。

 後輩が再び魔導する。二度目を試すためだ。

「真実の瞬間」

 少々芝居がかった楽し気な、それでも真剣な眼差しだ。彼の人差し指が半闇性魔力を紋へ流す。ゆらり、と再び何のためらいもなく紋の周囲で魔力が揺れた。

「食った」

「食べた」

「びっくり」

 そこから数秒間、沈黙を挟む。

「え、魔術史上初だよね? 半闇性魔力がいける精霊」

「悪食」

「それ自分で言う?」

「いやあ…さすが先輩くん。いや、闇がちが精霊に反映された闇がちな精霊ということか?」

「飴も食べさせてみる?」

「さすがに食べない」

「後輩くん、知性すごく落ちてないか? 飴どこから出した?」

「純正魔力も食べない。フィッシュパイは?」

「さすがにそれは持ってません」

「保存食の棚の奥の奥にぎゅっとしまわれてるやつが」

「その記憶だけは封印して欲しかった」

「それで結局、能力は何なのかな」

 また数秒間、沈黙が流れる。

「半闇性魔力だけを受け取ると判明したに過ぎない」

「食べるだけのペットだったりして」

「後輩くんが何らかの得をする可能性があるんだったね」

「足が速くなる」

「赤面バレしなくなる」

「僕の弱点はそういう認識ですか…」

 嘆きのため息をついてから、後輩魔闘士は姿勢を立て直した。

「実はさっき、二回目の魔導量に違和感があったんです。導出と供与と余剰の量が合わない」

 魔導下手には魔導量の細かな感覚は分からない。豪快な魔導が持ち味の新人魔導士にも分からないようだ。

「失礼、しばらく騒がしくします」

 一気に魔闘士の顔に戻って、後輩は大気から魔力を集め始めた。どん、ばん、と岩壁を震わすような特急の魔導が繰り返される。これが出来ないと魔闘士試験を受けることも許されないと言われる魔導の力技だ。

 経緯を知らない医師や魔導士たちが驚きながら見守る中、不意に妹が顔を上げた。

「純正魔力が濃くなってる」

 魔力の質を嗅ぎ分ける感覚には個人差がある。魔力の識別嗅覚に優れる者は闇性度やその濃淡を感じ取れるという。

「そのようです」

 答える後輩も驚きを隠せないようだ。目を見開いている。

「先輩の精霊は対価を超えて渡された半闇性魔力を純化しています。魔導状態のままで」

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