46. 苦戦する
東坑口を挟んだ交戦の音が岩窟の廊下を震わせ響いてくる。後輩くんの攻撃刻紋石付きアームガードの使い方を習っておくべきだった、と医務室前に築いたバリケードで様子を窺いながら、中堅審査官はため息をつく。
半闇性野獣の学習能力が高いことはもはや疑いようがない。先日は雪崩を起こして霊木ナーサリーを攻撃した野獣たちは、今回は組織立って動いている。東坑口で魔闘士隊と交戦している間に、別の集団がナーサリーを破壊しているようだ。
魔術省基幹除染室からの転移は急な帰還命令で慌ただしく行われた。それでも先輩魔闘士の妹である新人魔導士は後輩のバングルの蓄魔晶石からの消費を最小限にとどめ、自らが魔導超過することもなく、三人まとめての転移をやってのけた。
彼女はナッツバターを舌に塗り、時々涙目で吐き戻しながらも霊木茶を飲み下して魔導力の回復に努めている。その横で自分は強力なはずのアームガードをただ持て余している。
魔導する魔力が半闇性を帯びて精霊に渡せない闇がち魔闘士は、戦闘を物理的な武器か、バングルの蓄魔晶石に貯められた純正魔力に頼るしかない。彼女が後輩魔闘士のバングルの魔力を温存したのはそれが理由だ。
彼は先輩から受け継いだ超高効率蓄魔晶石を間違いなく基地内のどこかに隠し持っている。魔術省が捜索したがローブの中にさえなかった。彼は交戦に直行していたから、石を回収する機会はなかったはずだ。
戦闘に使うなら、あの印章指輪の遠隔会話装置で先輩の妹に回収を依頼するのではないか。そう考えて彼女から目を離していないが、今のところ霊木茶に苦しむ彼女の背を恐る恐るさすり、武器の扱いに惑う挙動不審な同僚でしかない。
魔術省は超高効率蓄魔晶石の十年の独占的ライセンス契約を得たが、技術を活かせる大容量の高品質魔晶石はわずかしかない。隠し持った超高効率蓄魔晶石で膨大な魔力を一気に使える後輩の優位性は変わっていない。
反響していた交戦の音が少し遠のいた。野獣たちを押し戻したようだ。後輩魔闘士が駆けて来て、先輩の妹にバングルの蓄魔晶石の充填を頼んでいる。
「戦況は?」
潜めた声で聞くと、彼は自分たちにだけ分かる程度にわずかに首を振った。
「先日の頑健先輩の事故が響いてます。闇性魔力の誤魔導を恐れる魔闘士が遅れがちで、本来の力が発揮出来ていない。副隊長が隊長に応援要請を出しましたが、外は吹雪です。到着は難航するでしょう」
「石は。僕が回収しに行く。必ず君に渡す」
切迫した状況で腹の探り合いはしていられない。単刀直入に聞いた。
「仮にあっても攻撃は連携なんです。僕だけ強くても意味がない」
彼は魔導士たちに礼を言うと駆け戻って行った。
『後輩さんにはこんな状況でも間違えずに蓄魔晶石の存在も意味も認めない冷静さが残っているようで、頼もしくもあり怖くもあります』
眼鏡型の遠隔会話装置から新米審査官の声が流れてきた。
『後輩さんが超高効率蓄魔晶石を出してくる可能性はいったん忘れた方が良さそうです。魔闘士隊の攻撃が連携技だというのは噓ではありません』
後輩は風の技、先輩は火炎技を得意とした。だから二人が共同開発したのが両方を合わせた火炎旋風だった。けれどナーサリー周辺で風や火の強力な技を使うと霊木の苗にも甚大な被害が出てしまう。
自生地とナーサリーを破壊されたら霊木を原料とする除染ができない。除染手段を奪われたまま北嶺の闇性魔力が増大と放散を続けたら、王国は終わる。
そこで魔闘士隊が用いるのが凍結破砕だそうだ。まず足止めも兼ねて野獣を凍結、そこに超狭小範囲の風を破砕弾としてぶつけ、衝撃でばらばらにする。
凍っているうちに死骸を拾い集められれば除染が楽なうえ、汚染が少なくて済む。いかに低温で凍結できるかと破砕弾の正確性が重要らしい。
『凍結に関しては副隊長が得意だそうです』
凛とした副隊長のたたずまいを思い返し、そんな感じだなと納得する。
『そもそも先輩さん、後輩さん、妹さん以外は蓄魔晶石を経由して精霊へ魔導する方法に慣れていません。転移、門番、戦闘にも使えるほどの大容量の蓄魔晶石は魔術省内でさえ流通していないからです。魔術師たちは半端な石を使うより自分で魔導した方がはるかに効率的です』
戦闘中に蓄魔晶石を配り、使い方を教え、実地で学べというのは大きな隙を生むだけだろう。
北嶺に満ちる闇性魔力の誤魔導を恐れる魔闘士にとって、攻撃刻紋蓄魔晶石付きの武器はどれほど心強い助けになるだろうか。明日にでも間違いなく発注がかかるだろう。
『君は良い蓄魔晶石を嗅ぎ分けるから、それで生きていける…先輩魔闘士さんが妹さんに言っていました。先輩さんの罰金がどれほど残ってても、彼女は払えるでしょう』
先輩魔闘士にも後輩魔闘士にも先を越される理由が分かる。審査官は過去の出来事を判断する職業だ。彼らは敵の動きを予見して先手を打つ。とっくに先を行かれている。
「中堅さん、兄を鑑別します。力を貸してください」
霊木茶のせいか魔導の負担か、新人魔導士の眼は充血している。気迫に満ちた彼女は床に大きな紙を押し広げた。精霊紋がびっしりと描かれている。
「兄の精霊は転移にもついてきました。北嶺で、基地で役立つのかもしれません。後輩さんが一覧を用意してくれてたので、片っ端から試します。わたしは魔能が低いのでオエッ…た、耐える」
「君は休んで。僕がやろう。今ほど魔能が高くて良かったと思ったことはないよ」
後輩が用意したのは既知の精霊紋を並べたものだ。精霊を呼びだして魔力を味見させる実行アルゴリズムらしい。精霊が魔力を食べるために反応した紋で、能力が特定できる仕組みだ。
端から順に下手な魔導で紋へ魔力を流していくが、火、風などどこにでも無数にいる精霊の反応しかない。恐らく通りすがりの精霊だろう。
『隊長より、北嶺転移施設外で交戦中。遅れる、悪いな、踏ん張れ』
基地内の遠隔会話装置に連絡が入る。増援は門番の手前にある転移施設で別の半闇性野獣の集団に足止めを食らっているようだ。
やべえな、と背後で若手魔導士が呟いた。




