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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
怒涛の再始動 編
45/50

45. 再会…なのか

 真夜中のたった一時間。それが後輩魔闘士と新人魔導士が魔術省基幹除染室の滞在に許された時間だった。

 後輩のバングルにはめられた超高効率蓄魔晶石に魔力をフル充填し、監視役の中堅審査官を含めた三人の転移に使うことにする。後輩が省魔力化した転移紋なら帰路の魔導も短時間で済みそうだ。精霊が現れるのを待つ時間をできるだけ長く確保したかった。

 亡くなった魔術師が精霊になるのか、特性のない精霊の特性を決めるのか、願いに沿った特性のある精霊を呼ぶのか分からない。けれど兄の願いを強く映した精霊に会えるかもしれないと思うと、妹としては再会のように感じられる。

 精霊がいなかったら? 兄は願いも未練も残さずさっぱりと旅立った、とそれはそれで納得できる。

 精霊がいて、でも無数にいるありふれた火の精霊とかだったら? 兄にからかわれているのか、無関係の通りすがりの精霊なのか悩むだろう。すごく有り得る気がする。

 そしてどちらの場合も『精霊が仲間である』研究を支える事例にはならない。

 けれど強力あるいは特異な精霊がいて『精霊が仲間である』説が強まるとする。それは研究の構造としては良好な結果であっても、精霊目当てに魔術師が害される恐れが強まってしまう。

 後輩魔闘士が治癒促進の精霊と関係していた行方不明の魔闘士を『見つかって欲しいけど見つかって欲しくない』ように言っていたのはこの懸念だったのだろう。

 複雑な思いのまま転移のための魔導を始める。後輩魔闘士の個室に衝立で廊下からの視線を遮る一角を設け、転移紋を描いてもらった。

 転移の精霊と門番の精霊は術者本人が術の対象に含まれていなければ発動しない。他者一人だけを送り出す、ということができない。通行者が魔導しきれない場合は魔導士に同伴してもらう必要がある。個人を識別して通行制限をするという性格上の仕様だと考えられている。

 魔導する魔力が半闇性を帯びて精霊使用に適さない闇堕ち魔闘士と、魔能は高いが魔導が下手な中堅審査官を転移させるには、新人魔導士が一人ずつを同伴して二往復するか、三人まとめて転移する大技しかない。

 魔導超過して倒れたり、魔導に時間がかかって基幹除染室の滞在が一時間を超過してしまわないよう、後輩は距離と体積と重量を何度も計算していた。

「僕はもう…転移の必要対価魔力の計算式を完全に記憶しました…」

 げっそりしている後輩を中堅が憐れみの眼で眺めた。

「あの長くて面倒な式をか。無駄が奇跡に転じることもあるそうだよ」

「フクメロにつけた位置発信石の軌跡鏡を五分ごとに観察する中堅さんの時間は本当に無駄なのでは?」

「それは違う。十分ごとだよ」

 彼らがいつの間にかどんどん仲良くなっている気がする。

 頑健魔闘士への定性調整による固有魔力の枯渇から回復したばかりだ。闇堕ち魔闘士の魔力から有害性を除く調整が何日も出来ていない。彼を転移紋へ手招きすると、ローブの闇性魔力反射機能がバチバチと音を立てた。

「固有魔力の総量を増やせないのかな。後輩さん、前に増強方法があるって言ってませんでしたっけ」

 後輩魔闘士は言い淀んでいる。中堅審査官は生ぬるい眼で後輩魔闘士を見ている。

「俗説ですし、時機…とか心情…などが非常に大切なので…とにかくその質問をされるのが僕であって良かったと思っています。他の人にはしないでください」

「あ、固有魔力増強法を研究テーマにするのは?」

「絶対にしません」

「えー。協力するのに」

「嬉しい申し出ですが個人的に体感できれば満足で僕は何を言っているんだろう」

「だから固有…あ、転移の必要魔力が貯まりましたね。ではバチバチバチさんお願いしバチバチ」

 二人の腕をがっちりつかんで転移紋に踏み込んだ。視界を多色の光の粒が乱舞する。

 一瞬後には薄暗い部屋の中にいた。

 足元でぼんやり光る発動後の転移紋の残滓が徐々に暗くなっていく。まさにこの場所で消えた兄の命のように。

 紋が完全に消え去ってからも床を見続けていたと思う。どこかでバチバチと鳴る音が耳の隅でずっと聞こえていて、あれは何の音だっけとふと我に返り、後輩魔闘士の手を握り締めていたことに気付いた。

「あっごめんなさい」

 引っ込めようとした手は振りほどけなかった。

「少しの間、いいですか」

 彼がこちらに向ける目はやけに遠く、自分を通り越して兄を見ている、と分かった。

「あの時、僕はこうして」

 善き後輩は腰を落として片膝をつき、立てた方の片膝に腕を添える。その空の腕の中へ名残惜しそうな眼差しを向けている。兄の最期の姿を伝えてくれている。

 床に座り、彼の腿と腕に背中を預けてみた。心配そうに覗き込む善き後輩の顔が近い。温かい。

「安心できる人がそばにいてくれてて最高の気分です」

 兄は本当にそう感じたと、素直に思う。魔導超過の時に自分がそうなるように、兄も視界が塗り潰されていたかもしれない。苦しかったかもしれない。けれど背中の温かさをきっと感じた。

「…でもちょっと、『君を善くしすぎたかな』」

 善き後輩の喉が、ぐっと鳴る。肩に回された手に力がこもる。

 彼は兄を連れ出してくれた。魔獣との壮絶な交戦地から離れ、兄たちが守ろうとした穏やかな王都の中心地へ、闇堕ちしてまで運んでくれた。

 高い建物にあるこの部屋の窓からきっと王都の風が吹き込んだだろう。鼻が良かった兄はそこにフィッシュパイの香りを嗅ぎ取ってくれたかもしれない。

 最後に安心と温かさをくれたこの人に苦笑しながら善くしすぎたと呟いた、兄の気持ちが分かる気がした。

「この状況じゃ確かに妹のことなんて思い出さないよね…」

「すみません。これは、そういうつもりだったわけでは」

「大丈夫、すごく納得しただけです。もう何の文句もないです」

 兄の最期の場所で自分が何を思うのか不安だった。けれど兄と善き後輩が思いやりを交わしたのだと実感できて、穏やかにわだかまりが溶けていく。お疲れ様でした、がんばったよねと心の中で兄を労わった。安心できる人がいてくれて良かったね、と。

「ありがとうございました。兄に最後まで寄り添ってくれる、善き後輩でいてくれて。そして、いまだに善き後輩でいようとしてくれて」

「先輩の定性調整の効力っていつまでなんだろう」

 急にふてくされた顔になっている。

「先輩はかっこよく魔獣を討ち果たして、死骸処理は僕。先輩は北嶺とか精霊とか謎を発見するだけしておいて、論文に仕上げるのは僕。いつものことだけど。先輩の用事が終わる気が全然しない」

「わたしが兄の代わりに飴をあげますよ。何の味が好きですか」

「そうですね…」

 抱きかかえられたままの頭上から、なんだか舐められそうな視線で見下ろされている。その見つめ合う視線の間を、不意に細かな光の帯が横切った。

「あっ」

「君たち、いいかな? 妹さん、そろそろ帰路の魔導を始めた方がいい時間だ。それにフクメロに動きがないんだ。有袋類は夜行性でね、この時間は採食行動するはずなんだが…」

「精霊! 精霊いた!」

『後輩魔闘士、新人魔導士、基地へ戻れ』

 遠隔会話ピンから魔闘士隊副隊長のきびきびした声が飛んできた。

『霊木ナーサリーにて半闇性野獣の攻撃を確認。数が多く統制されている。一部が基地東坑口に接近中。ただちに迎撃する』

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