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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
怒涛の再始動 編
44/50

44. 言い当てられる

 先日の半闇性野獣の駆除の際に誤って闇性魔力を魔導超過した頑健魔闘士は、闇性魔力耐性を瞬間的に引き上げる定性調整で闇堕ちを免れた。

 頑健で雪山任務に慣れているという理由で配属されたそうだが、今回の失敗で精神的なもろさを露呈した。副隊長はこの魔闘士を基地勤務から外す決定をした。審査官として異論はない。

 この定性調整の結果、先輩魔闘士の妹である新人魔導士が固有魔力の枯渇により二日間の回復を要した。眠る彼女を横で見守りながら語る後輩魔闘士の話は、王都の記憶石再生水盤で彼を見ていた頃を彷彿とさせる、驚きに満ちたものだった。

「中堅審査官さん、あなたが眼鏡を通じて審査部に僕の話を転送する、という前提でお話しします」

「魔闘士の魔力探知は噂通りだね。魔術具はバレると言ったんだが」

「中堅さんは魔能は高いようですが魔導の訓練をしていないのでは。魔術具自体がバレていなくても、不安定に継続する不審な魔導があればバレます。挙動でもバレます。魔闘士隊員はみんな気付いています」

「バレ方をバラすのは得策ではないよ。通達されていない監視方法に怒る魔闘士隊をなだめられる方策を飲ませるつもりかな」

「ご存じの通り基地配属の魔闘士が一人減りました。すぐに増員されますが、有事の際にあなたが武器で身を守りながら眼鏡で状況中継できたら、全体の被害が小さく済むかもしれません」

「研究界にようこそ、の次は魔闘士隊にようこそ…とはいかないよ。僕の得意はデスクワークなんだ」

「デスクワークというのが書類仕事という意味ではないと思っています」

 彼は腕組みをして警戒を漂わせている。話す時には気が張る、というのはお互い様だろう。

「記憶石で見ませんでしたか。攻撃刻紋付き武器を試作したんです」

「妹さん用のアームガードだったね。君は外堀を埋め尽くしてから投降を呼びかけるタイプだな。下手な魔導で君の話を転送するとして、何を聞かせてくれるのかな」

 彼は魔術師の死と、強力で特異な精霊の出現について話した。野獣に基地の扉を破られて戦死した魔闘士と門番の精霊、魔獣に挟撃されて戦死した魔闘士と転移の精霊、魔獣の巣の奥で弱腰魔術省の説得を願った古株魔闘士と定性調整の精霊、怪我で殉職した魔闘士と治癒促進の精霊。

 そして、魔術省基幹除染室に先輩魔闘士と関連する精霊の有無を確かめに行きたいこと。

「先輩に関係する精霊が基幹除染室で見つかってもなお、魔能士や魔闘士が強力で特異な精霊の出現に関わっていると立証できるものではありません」

 彼は眉根を寄せてはっきりと懸念を示した。

「それでもこの仮説が広まれば、精霊を得るために魔術師を害そうとする者が現れるでしょう」

「同意見だ」

 そういった者こそを闇堕ちと呼ぶべきだ。

「かといって僕らが隠したとしても、いずれ精霊と魔術師の関連に気付く者は出てきます。魔術省が精霊の識別子を明かさず個体の追跡を困難にしているのも、これに気付いた先達がいてそういう仕様にした可能性があります」

「有り得るね」

「精霊運用は規制が困難です。精霊に直接作用する運用管理、拘束の手段が乏しい現状では、描紋からのアプローチがまずは有効だと考えています」

「魔術省が紋の使用を監視できるシステム作成や管理者の許可権限を持つなどの対策が必要ということだね」

 はい、と答えながら後輩魔闘士であり若き研究者は複雑な表情をしている。

「いえ…誰かと研究の意見交換をするというのが懐かしい感覚で」

「先輩くんか」

「九割は聞き流されていました。それでも話の整理には役立ちました」

 先輩の話をする彼の目線は遠い。彼がまだ年若い青年だということを時々失念しがちになる。寄り添えと新米に言っておきながら、と内心苦々しい。

「残り一割の、先輩くんの反応はどんな様子だったのかな」

 彼は少し気恥ずかしそうに一呼吸置いた。

「…僕は魔術師名門一族として、褒められることに慣れていなかったので」

 元東塔派閥の人間には分かる。互いを監視するようにライバル視し、他人の成功には便乗しようとするくせに、成功するまでは足を引っ張ろうとする。褒める文化などない。

 表現は良くないが、先輩は九割聞き流して一割褒め倒して後輩の心を掌握したようだ。

 それから彼は超高効率蓄魔晶石のライセンス契約の対価の一つとして、魔術省基幹除染室行きの許可を挙げた。このあたりのしたたかさは、さすが東塔で過ごしただけのことはある。

 監視役として後輩魔闘士、その先輩の妹である新人魔導士の基幹除染室への特別外出に同行することにした。

「監視があなた一人でいいんですか」

 後輩魔闘士は年相応の若干の生意気さをにじませて、挑発するような笑顔を見せる。

「魔闘士として若輩ではありますが、それでも僕が逃げようとしたらあなた一人で止められるとは思いません」

「君は逃げないよ」

 彼が逃亡について口にすること自体、逃亡を計画していない証拠ではあるが、そう見せかける思惑だという可能性もある。疑い始めるときりがない。互いの信用を探り合ういい機会だろう。

「少なくともしばらくは。君が優秀な研究者だから」

「北嶺や精霊の研究への探究心があるからですか」

「少し違う」

 彼の表情に話を聞こうとする謙虚さが戻る。

「君は先輩くんとの研究で魔獣討伐を成し遂げ、刻紋蓄魔晶石で人々の生活を変え、結果として大きな成功体験を味わった。成功体験というのは祝福の魔法であり奈落の呪縛だ。全ての生物にとって抗えない生存本能と言っていい」

 食物を得るための狩り、縄張り争い、集団内での地位の奪い合い、繁殖の相手。己の生存と種の保存のために、成功体験を追う本能は生命に組み込まれている。

 先輩を失い、闇堕ちし、ここに至るまでに彼は壮絶な体験をした。苦労してつかみとった成功体験ほど忘れられない。

「君の前には魔獣の死骸、闇性魔力を放出する北嶺があり、その向こうには未知なる資源、未知なる魔力、未知なる生物が潜む前人未到の大地が広がっている。近隣諸国にはもうこんな場所は残されていない。君はそれらに背を向けて生きることはもう出来ないんだ」

 諦観のにじんだ苦笑が彼の顔に浮かぶ。

「先輩くんに与えられなくても、研究トピックはそこら中に転がっている。全てを研究し尽くすには、闇がちの寿命がどれほどか分からないが、一人の一生では恐らく足りない。つまり君はいつでも逃げられるけど、もう逃げられないんだ」

「同意見です」

「君は僕が思うより気まぐれで狡猾で、妹さんを連れて逃げるつもりかもしれないね。けれど肝心のその彼女が、君を善い後輩と定性調整し続けてしまうんだ。相談しろと言う君を無視して」

「そうですね。仮に狡猾でいたくてもいられません」

 爽やかに穏やかに、慈しむように笑う彼に嘘の気配はなかった。

「幸い僕にとってそれは呪縛ではなく祝福の魔法です」

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