43. 手配する
後輩魔闘士は古株魔闘士の手帳を写した紙をポケットから取り出した。
『彼の研究にはずっと注目してきた。今の研究について聞くと、驚くべきことを話してくれた。だが事例が少なく行き詰っていると。私はこの洞窟に落ちて、彼の研究に貢献できると気が付いた』
「驚くべき研究というのが、『魔獣が殉死者の知識を吸収する』だという前提で話をしてきました。次はそれに加えて『精霊が仲間である』という研究でもあると思って読み直してみて下さい」
『魔術討伐に弱腰な魔術省にはうんざりだ。彼ならきっとやってくれる。王国を闇に脅かされることが二度とない安らかな土地にする。私が君に協力するから、弱気な腰抜けどもの根性を叩き直してやれ』
「…定性調整!」
雷に打たれたようだった、と彼が表現したのが分かる。どうして定性調整という特異な精霊が現れたのか、それが起こるべくして起こった結果だったからだ。
そうです、と彼がうなずく。
「兄の専属精霊として、定性調整で腰抜けどもの根性を叩き直し、説得に応じさせて魔術討伐を実現させた。古株さんが最期にそう強く願ったように」
「そうです。雪と岩で閉塞した壁越しに、先輩は古株先輩がそのつもりだということを知らされていた。だから定性調整というあまりに特異な能力なのに、精霊の能力鑑別を一日で終わらせることが出来た」
「能力の鑑別結果について、鑑別士を定性調整で操作したのかも。特に何もしない精霊だと報告書を書かせておけば、誰にも警戒されずにすぐに説得に利用できるから」
濫用…と二人して呟いてしまった。
「古株先輩は先輩の定性調整の専属精霊になることで、先輩に貢献した。そう思えませんか」
「むしろそうでなければ、こんな都合のいい展開はないと思います。転移も門番も定性調整も」
「僕は強力な精霊や特異な精霊が出現した時期、場所と魔術師の亡くなった時期と場所を照合しました」
魔術省は精霊の能力鑑別に時間がかかるうえに精霊識別子や出自を明かさないため、精霊を特定して追跡するのは困難だった。研究が行き詰まった原因だ。
けれど魔闘士、魔能士が亡くなると付近で数日から数か月の間に精霊が出現している例は確かにある。死因に関連した強力な、あるいは特異な能力を持つ傾向があるという。
「確証を得るのは困難です。それでもこれは明らかに偶然の域を超えている。だから」
後輩魔闘士は決意と熱のこもった真剣な眼差しをした。
「確かめに行きませんか。魔術省基幹除染室、先輩が亡くなったあの場所に、精霊が待っているのかどうか」
瞬き数回分のあいだ、見つめ合ってしまった。
「確かめに…行くって言っても。わたしも後輩さんも、探査基地から絶対移動禁止の行動制限がかかってると思うんですけど」
精霊の出現と特性がそこで亡くなった魔術師と関係しているという驚愕の推測に続いてとんでもないことを言い出され、気の抜けた声が出る。どんなに身構えていたって想像を超えすぎている。
「王都を散歩できなくてすみません。僕は魔術省基幹除染室に直接飛べる転移紋を知っているんです」
それはそうだ。魔獣討伐の日、彼は兄を抱えてその紋を使ったのだから。
彼には冗談を言う余裕があるようで何だか悔しい。
「規則違反だって話です。瑕疵のない基地運営は?」
「瑕疵なく処罰すればいいとか言い切ったのは誰でしたっけ」
「う」
「『魔術省はわたしを無力化できない。違反だと言うなら、瑕疵なくわたしを罰すればいい』…率直に言って最高でした」
彼は少し顔を逸らして片手で顔を隠しているが、赤い耳までは隠しきれていない。
「二度と無茶して欲しくないので二度と言いませんが。最高だった」
すでに二回、最高って言ってるじゃん。と思うが指摘しない方が良さそうなので黙っておく。
「そこで僕は瑕疵のない基地運営のために、審査官を交えて魔術省と正式に取引しました」
きちんと書類にしたらしく、サインを書く仕草をしている。
「今回の頑健魔闘士さんに対する定性調整については中堅審査官さんの助力で、半闇性野獣による襲撃に際して魔闘士たちの闇性魔力耐性強化の必要が緊急発生し、あなたが現場の判断で応えた形として事後承認してくれました」
すでに瑕疵気味な気がするけれど、基地運営の監視役である審査官がいいと言えばいいのかもしれない。
「結果として重い処罰は免れましたが、あなたには今後、魔闘士隊の闇性魔力耐性強化という定性調整も任務に加わることになります」
「望むところです」
「精霊運用については中堅審査官さんと必ず相談しながら計画するように」
「の…望むところです」
「妹さん自身に『慎重かつ計画的な性格になる』って定性調整できないかと考えたんですが」
「望むところではないかな…」
「悩ましいんですが僕もです。倒れるだけじゃすまないほど対価魔力がいりそうですし」
「後輩さんって時々さらっと毒を吐きますよね」
「それで基幹除染室への外出許可については、超高効率蓄魔晶石の製造方法を思い出したことにしました」
そういえば、魔術省研究所に頼まれて兄の超高効率蓄魔晶石を一つ貸したら壊されてしまった。もう絶対に貸さないと言い渡してある。
魔術省はあの技術をとても知りたがっていて、家にある兄の遺品を見られないかとまで言っていた。もちろん断った。
「研究も発明品も、アイディアは先輩で製作は僕。知らないはずがありません。まあ、魔力系健康状態が悪い時はなぜか記憶があいまいになるんですが」
珍しくちょっと悪そうな顔で彼は笑った。
「隠していても、どうせいつかは誰かが合金の配合率も、合金によって石の効率を高める原理も発見するでしょう。情報としての価値があるうちに魔術省との取引に使わせてもらいました。特許申請は中堅審査官さんが代理申請してくれました。僕が使い走りしてもらう立場になるとは…」
そんなことで感慨を覚えないで欲しい。
「十年間の独占的ライセンス契約です。魔術省は妹さんの良い財布になるでしょう」
「えっ、まさか特許の使用料ですか? それは後輩さんのものだと思います」
「先輩のアイディアです。先輩がいなくなって、僕は研究トピックも発明も一人で考えなければいけなくなりました。自分の無能さに愕然とするんですが、とにかく先輩のものです。それに超高効率蓄魔晶石は強力すぎる。容易に製作可能ではいけない。高額な特許料は多少の障壁にはなります」
考えがあってのことなら、とひとまず受け入れておく。
「ただ、良い魔晶石がないと合金によるせっかくの超高効率もあまり意味がありません。石は先輩が持ってきたと言ってありますし、実際そうです。僕が作った完成品は一つだけで、先輩のローブに残されていたたくさんの蓄魔晶石を僕は関知していませんでした。先輩が自分で作ったんでしょう」
超高効率蓄魔晶石の量産を知っていたら、先輩の魔獣への最後の攻撃を予想できたかもしれないのに。
後輩が目を伏せたわずかな時間、そう回想しているのが分かった気がした。
「石の出どころに関しては妹さんが知っているのではと推測していますが、これは大きな懸念と関わっているので伏せておいて欲しいんです」
分かりました、と答えつつ驚いてしまう。自分があの石の出どころを知っているとどうして分かるのだろう。彼が語る驚きは尽きることがないように思える。
「ライセンス契約の対価の一つとして魔術省基幹除染室への特別外出許可を僕と妹さんと二人分、取ることが出来ました。中堅審査官さんの同伴監視が条件です」




