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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
怒涛の再始動 編
42/50

42. 火の番してた

 爽やかで香ばしい煙の匂いがする。薪のはぜる音がする。ひゅん、と不意の冷たい風が前髪を揺らした気配がする。

 重いまぶたを引き上げ、瞬きを繰り返して視界を整える。除染室だ。北嶺探査基地の中庭にある除染室から見上げると、建物の辺に切り取られた四角い夜空に星が散在していた。

 正面の大きな屋外用暖炉には白い灰が溜まり、長く継続して燃やされていたようだ。頭の脇の少し離れた場所で後輩魔闘士が肘掛椅子に座っている。薪を膝の上に持ったまま、上体を崩して眠っている。

 徹夜慣れしているはずなのに。何日も定性調整していないのに、ローブの闇性魔力反射音が小さい。どれだけ長く除染室にいたら、これほど闇性魔力値が下がるんだろう。

 貴重な寝顔を見ていたかったけれど、薪が崩れて飛ばされた小さな火が彼の髪の先に触れそうになった。

「火で散髪ですか、後輩さん。撃たないでください」

 きゅん! と音がしそうな速さで上体を起こして視線をめぐらせた彼に先制白旗を上げておく。

「相談しなくてごめんなさい。怒ってるって分かってます。頑健魔闘士さんどうなりましたか」

 彼はゆっくりと椅子の中で体勢を整える。その間に目に宿るものは警戒、安堵、観察、安堵、不機嫌と次々に移ろった。

「怒ってるね。怒る気にもならないくらい怒ってる。数値的に切り抜けたって診断だけど、念のため魔術省基幹除染室に移送された」

「それはつまりやっぱり怒ってるんですよね。切り抜けてくれるといいですね」

「怒ってるってば」

「ごめんなさい」

「後悔してないくせに」

「反省はしてます」

 後輩は膝から落ちていた薪を拾って暖炉に投げ入れる。小さく鼻先でつくため息が、本当かなと言っているように見えた。

「体調はどうですか」

「魚と一緒にフィッシュパイにされて鐘でチン! されてる夢を見てました。暑いのに動けないからそんな夢を見たんだと思います」

「毛布を巻き付けすぎたかな。緩めていいですか」

 彼は何かをまたぐような脚の動きをした。不思議に思って下を見れば苗まで使って除染室はびっしりと霊木の鉢が詰め込まれている。

 野獣や霊木ナーサリーがどうなったか聞くと、魔闘士本部からの応援を得て野獣を駆除あるいは追い返し、ナーサリーの一部は再建中だという。襲撃は落ち着いたが一部の野獣は追い払ったにすぎず、依然厳しい警戒下にあるようだ。

「暑い以外の気分はどうですか」

「目が覚めたら安心できる人がいてくれてて最高です」

「真面目に聞いています」

「真面目に答えてます」

 呆れたような困ったような諦めたような、複雑な表情で彼は長いため息をついた。

「きっと先輩もそうなんでしょうね。もし会えたら、魔獣を倒せて気分爽快だとか言うんです」

「で、よし帰るぞ家まで送れと」

「ちょっと闇堕ちしちゃって疲れてるんですよ僕も、と」

「妹がフィッシュパイ焼いて待ってるぞ?」

「何の魚でしょうね。あの時期なら、側線が赤い魚でしょうか」

「海の旬に詳しくなるほど連れて来られて…」

 後輩魔闘士は少し間を置いた。

「作っていたんですか、あの日も」

「はい。花壇の肥料になりましたが」

「じゃあ今度は、先輩を待たせてやりませんか」

 暖炉の火の温かな色を映す瞳が、じっと見入ってくる。

「先輩が爽快だった気分を害するくらい、待たせてやりませんか。二人で。労わって、思い出話とか文句とか好き放題言いながら」

 彼にとって大事な問いかけらしいことは分かる。はい、と答えるだけで動悸がする。

「定性調整しまくりますけど、いいですか。相談するようにします。ほんとに」

「不意打ちでも殴打でも、もういいです。魔導の限界をわきまえてくれさえすれば。問題はそこなんです、手段ではなく」

「定性が数値化できないものだけに、どれくらい対価魔力が必要か分からないんです。言い訳じゃないです」

「僕の闇性魔力の有害性については測定できる手段を探します。魔闘士隊員の闇性魔力耐性の上方調整は数値化できそうなので…そうでした、その話をしないと。まずはあなたが回復してから」

 頭は動いてるので聞きます、と促す。

「あなたが寝ていた間に少し手配をしました」

 闇堕ち隔離措置中だというのに、ちょっと出かけますと言って王都へ転移しちゃった人だ。少し手配という控えめな表現に油断しないようにしよう、と身構える。

「どこから話そうか…、古株魔闘士さんが魔獣の巣に転落して手帳を遺した一年前に話を戻します」

 意外な話題に戸惑う。

「僕はあなたに、魔獣が殉死者の知識を吸収するという研究をしていたと話しました。だから古株先輩は敗北の暗示を与えるために、魔獣に特攻したと。それだけでなく、もう一つ理由があったと考えていました」

 彼は腕を組んで少し首を傾けながら話す研究者形態に移行している。

「当時、僕と先輩はもうひとつ行き詰まった研究を抱えていました。例の『野良精霊の考察 強力精霊ゲットだぜ』です。古株先輩が先輩からこの研究の話も聞いていたとしたら、古株先輩の手記が全く違う意味を持つことに気付きました」

 強い精霊は強力な魔力に惹かれて、強い魔力が大量に使われた戦場跡などにどこからか訪れるとされてきた。けれど未曽有の凄まじく強く大量の魔力が渦巻いたはずの魔獣討伐の跡地には精霊が現れなかった。

 疑問に思っていた時、ある発言が転機をもたらす。

『固有魔力が半闇性になっても、ローブ内側の防御術は後輩さんって変わらず認識してるってことですよね。門番や防御の精霊にとっては、闇堕ちしても後輩さんはちゃんと味方なんですね』

「隔離措置中にこっそり王都に転移で行った時の話ですよね」

「そうです。僕はあの時、雷に打たれて目の前が開けたような気がしました。門番や防御の精霊が味方、本当に仲間なんじゃないかと気付いたんです。先輩が魔闘士隊史を持っていたと知って、それは確信に近付いていきました」

 かつて魔獣が暴れると雪崩が発生し、それに伴う雪崩風、土石流は闇性魔力を帯びていて山岳地帯の土壌や動植物を汚染していた。

 中でも闇性魔力を浴びて闇堕ちした動物は恐怖と混乱、心身に有害な闇性魔力によって狂暴化し、村々や北嶺前線基地まで襲撃することがあった。

 二十年前の雪崩で基地は多数の半闇性野獣に襲われ、駐屯していた数名の魔闘士のうち二人が殉職した。後の調査でまず入口の扉を破られ、奥の魔獣棲息域付近に追い込まれて、前後挟み撃ちの状態で落命したと分かった。

 話を聞きながら彼女は背筋を正す。今いるこの場所が命のやり取りの現場だったという生々しい現実が体温を下げる。

「その直後だったそうです。二柱の精霊が基地に現れました。能力が特異すぎて全容解明まで十年、安定運用までさらに五年かかりました。それぞれが唯一無二であり、たった一体で複雑で有益な作業をこなす転移の精霊と門番の精霊です」

 直感的に理解した。首筋で常識が飛散する。

「魔術省は転移と門番の精霊の出自を明かしていません。けれど扉を破られた魔闘士が亡くなって門を守る精霊が現れる。挟撃で逃げ場を失い、飛べたら逃げられるのにと無念に思ったに違いない魔闘士が亡くなって転移の精霊が現れる」

 門番や防御の精霊が味方、本当に仲間なんじゃないか、という彼の言葉は言葉通りなのだ。

「こないだの、八年前に行方不明になった魔闘士さん。戦場となった西の岩稜に精霊が惹かれて来たんじゃなくて…逆なんですね。怪我で亡くなった魔闘士さんが、治癒促進の精霊を…精霊に…」

 続きを言えない。人は亡くなれば天で永遠の安寧を得られるのではないのか。精霊は自然物に宿る精が強く凝り集まった、人間の隣人であるが全く異なる生命ではないのか。

「古株先輩の手帳の遺書は、精霊が仲間である可能性を裏付けているかもしれないんです」

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