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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
怒涛の再始動 編
40/48

40. 跡をたどる

「元より、霊木が北嶺山頂付近に限定的に植生する現象について、分類系統的に近似している灌木類の分布から推測すると生育に適した環境とは必ずしも言えず」

 朝、中堅審査官の話を聞きながら、先輩魔闘士の妹はあくびを嚙み殺す。

 大量の除染クリーム撹拌作業を風の精霊に行わせている除染研究員のために魔導している。そして横からなぜか中堅の研究を聞かされている。

 頭を使った作業をしているわけではないが、だからといって聞いて理解することに集中と努力がいらないわけでもない。頭がいい人の『ちょっと聞いて』にはもっと警戒すればよかったとすでに悔いている。

「野生動物もまた闇性魔力への抗力を本能的に知覚し、本来の活動範囲を離れて霊木林へ往復するという行動を取る、これを仮説とし、実証するため追跡術などの検討を」

 研究語りは同じなのに、なぜ後輩魔闘士の語りは伏せがちのまつ毛や呟く唇をどきどき眺めながら聞けて、中堅の語りは魔導士研修座学並みに退屈なのか。

「一匹ずつ位置発信と闇性魔力値測定の紋を刻んだ蓄魔晶石を取り付けるには、小粒で軽量で良質な魔晶石が必要なんだ。妹さん、君はザレ場から良石を拾ってくると評判だ」

「さすが審査官さん。よく知ってますね…」

 測定機器や武器、調理器具に調合まで、あらゆるものの動力が人による魔導から刻紋蓄魔晶石へ置き換えられつつある。

 特に北嶺探査基地は人員が限られていて、それを補える蓄魔晶石は圧倒的に不足している。王都でも同様に蓄魔晶石は品不足で高騰し、魔闘士隊本部に発注しても在庫確保の見通しが立たないと言われてしまう。

 それなら自力調達でしょ、と山頂付近の岩場で拾ってきたら魔闘士隊員たちに怒られた。

「足場が悪いし、半闇性魔獣の目撃情報があるので、隊員さん同伴じゃないとだめって言われました」

「同伴する隊員を手配すれば探してもらえるかな」

「えーみなさん忙しいのでは…」

 ここで協力したらこの先ずっと研究を強制聴講させられる、そう思って婉曲に嫌がってみたが中堅審査官の手配は早かった。すぐに後輩魔闘士ともう一人を連れてきた。

「研究界へようこそと言った責任を取ってもらえるそうだよ」

 そんなつもりじゃなかった…と顔に書いてあった後輩だが、行先が西の岩稜と知ると表情が変わる。行動計画表を書き、装備を整え、先導してくれてしまった。

『君の鼻は良い魔晶石を嗅ぎ分けるから。それで生きていける。魚の嗅ぎ分けなんて腹が減るばかりだ』

 兄は不意に時々、そんな風に言うことがあった。今になってみれば定性調整だったと分かる。妹の能力を伸ばして、生活費を得る手段の一つになり得るように。

 蓄魔晶石の需要増加を見越していたのだろうか。自分の不在に備えてくれていたのだろうか。ピッケルで雪をどけ、斜面を掘り返しながら泣けてくる。力任せに掘っていると、小石の間からブーツが出てきた。

 なぜブーツ? と深く考えずに発掘してみると、ブーツの中を埋めているのが石ではないような気がする。もっと肉感がある。

 後で聞いたところによると、その時の叫び声はこだまして基地の歩哨の隊員にまで届いていたらしい。

 すぐさま探査基地の全魔闘士隊員が駆け付け、捜索が始まった。指示を飛ばし終えた副隊長にがっちりと腕を回される。寒さと不安に震えが止まらないのがばれたと思う。

「えらかった。よく見つけてくれた。後は任せてくれ」

「副隊長、それはハグではなく立派なヘッドロックです。一般人にかけるのは危険かと」

 一般人じゃなくても危険な腕力だろう。

「後輩、おまえの分も妹をハグしといてやろう」

「死ぬ死ぬ副隊長さんこれ頭割れるから」

 頭の痛みで不安が逃げて行った。きっとこの効果を分かっていてやってくれたのだろう。隊長、副隊長、後輩もみんな善い人だ。兄が守りたかったのも分かる。

 後輩魔闘士に基地まで送ってもらう。途中、彼は岩場を振り仰いで呟いた。

「西の岩稜、キレットの南側」

 最近、どこかで聞いた言葉だ。記憶を探る。

「隊長さんが精霊を拾った場所ですよね? 精霊は戦場跡の魔力に惹かれてくるって…あ、そうか、あのブーツはもしかして野獣駆除の途中で行方不明になった魔闘士さんの…」

「だといいんだけど。本来、そうだといいんですけど」

 重い口調で口数少なく答えた彼は、基地まで送ってくれた後、すぐに捜索現場に戻って行った。

 捜索三日目でようやくブーツの主は発見された。西の稜線を埋める急な岩場の死角に横穴があり、そこから年を経て厚い雪が下方の斜面にブーツを押し出したのだろう、とのことだった。

 所持品からやはり八年前の大規模な半闇性野獣駆除作戦の際、天候の急変後に行方不明になった魔闘士隊員と判明した。

 医師の検視によれば生前に怪我を負っており、風雪と野獣から身を隠すために横穴に潜み、そのまま寒さに飲まれたのだろうという。

 遺体と遺品を下山させるため、魔闘士隊長と隊員数名が駆け付けた。

「やっとあいつを家族の所に帰してやれる。ありがとうな、妹さん。俺たちはおまえさんの兄貴を帰してやれなかったのに、おまえさんはあいつを見つけてくれた」

 隊長が大きくゴツい手で両手をぎゅうぎゅう握ってくる。魔闘士隊管理職は力加減を間違っているとしか思えない。あまり握ると後輩の印章指輪が発動してしまう。四回に達する前にどうにか手を引っ込めた。

「兄のことは兄の選択なので、どうか気にしないでください。それから、あの隊員さんを発見したのは後輩さんだと思います」

 少し離れた場所でバングルを気にしていた後輩魔闘士が顔を上げた。

「わたしは西の岩稜ならどこでも良かったんです。あの斜面を選んだのは後輩さんでした」

「彼を発見したのは隊長です」

「何の話だ、おまえややこしいぞ」

「隊長があそこで精霊を拾ったから、彼を見つけられたんです」

「分からんが分かった。また後で詳しく聞かせろ。まずはあいつを下ろして、門から識別紋章を削る」

 八年の時を経て任務を終えた隊員の帰途を、探査基地の全員の礼で見送った。

 連日の捜索で疲労困憊の魔闘士隊員たちが休憩を取ろうとした時、基地内に警鐘が鳴り響いた。

『第二霊木ナーサリーで雪崩発生。上方に半闇性野獣の集団を目撃。集団がナーサリー破壊を目的に雪崩を誘発したとみられる。集団は雪崩の脇を第二ナーサリーへ接近中。野獣の学習レベルにおいては最大の警戒の上、隊員は東坑口へ集合せよ』

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