39. 相談してもらえない
闇堕ちの固有魔力が半闇性で有害という特性上、後輩魔闘士は北嶺探査基地に個室を与えられている。狂暴化の懸念から扉は取り払われ、バリケード作成に使えるような什器は置かれてないため、小さな机にも床にも本や部品や器具が積みあがっている。
配属から幾日か経ち、先輩の妹である新人魔導士はフル充填の固有魔力専用蓄魔晶石をローブに隠し持って、夜中にそっと彼の部屋を訪ねた。
「…のは、八年前で間違いありませんか」
ランタンが点き、潜めた話し声がする。相変わらず睡眠時間が短いようだ。
仕事中に不意打ち定性調整するわけにはいかない。そっと廊下を後ずさるが、目ざとく見つけられてしまった。手招きされる。どうぞと身振りで言われた椅子に座る。彼は廊下に近い位置に移動する。警戒されている。
その間にも彼は片手の遠隔会話ピンに向かって話し続け、もう片方の手には魔闘士隊史の本を持っている。
「隊史によれば、八年前は魔獣による大雪崩があったとあります。影響を受けて発生した半闇性野獣の大規模な駆除作戦が展開されました。急な天候不良もあり壮絶だったと…。その実施後だったんですね」
『行方不明者を出しちまった、ってんで前隊長が引責したんだ。あの人のせいじゃないんだがな。とにかく急な引継ぎで、くっそ忙しくて記憶も飛び飛びなんだが、』
遠隔会話の相手は魔闘士隊長のようだ。
『精霊を拾ったのは初めてだったんで、そこは覚えてんだ』
「場所は…西の岩稜ですか。範囲を絞れる目印はありませんか。キレットの南側ですね。治癒促進の精霊だと、なぜすぐ判明したんですか」
『門番の試験運用中で精霊鑑別士がたまたま基地に駐在しててな。治癒促進は希少だが特異ってわけでもねえ。だが基地周辺で発見された精霊としては、その場で鑑別された珍しい例ではあるな』
ありがとうございました、と言ったから後輩の用事は終わったらしい。
『ところで後輩おまえ、再支給の申請ってどうなってんだ、あの子満面の笑顔で配属されてくし俺はもう訳が分からねえ』
「それでは失礼いたします。良い夜を!」
なんだか強引に終わらせた気配がする。
「仕事中にお邪魔しちゃってすみません」
「不意打ちじゃなく相談してくださいってお願いしましたね」
「相談に来ましたー」
「夜に? 足音を忍ばせて」
「基地内で定性調整について知ってるのは副隊長さんと審査官さんだけなのでこっそりが望ましいですし、皆さんお休み中ですし、そりゃ足音も忍ばせますよ」
「僕がいつでも逃げられるように動いたら、生餌の逃亡を見たフクメロみたいな顔してましたよ」
「え、あの子たち木の実をかじってるのでは」
「木の実がない時期は虫だそうです」
そんなことを知っているあたり、なぜか中堅審査官と話す機会が多いようだ。
何とかごまかせないかと辺りをさりげなく見回すと、開かれた冊子があった。兄の名に目を奪われる。
どうぞ、と視線を察してすぐに差し出された冊子は魔術学会誌だった。後輩魔闘士と共著の研究発表が載っている。学会誌は持ち出し制限があり、兄が研究をしていることは知っていても、論文を読める機会はなかった。
「『野良精霊の考察 強力精霊ゲットだぜ』…」
読み上げた研究タイトルを聞いて、後輩は頭を振って嘆いた。
「先輩が。先輩が書きました、共著になってはいますけど。僕に何の相談もなくひどいタイトルを…そうだった相談しないのがあなたがた兄妹の特性でした」
「やけに短い論文ですね」
「ワーキングペーパーです」
ワーキングペーパーとは公開することで意見を募ったり、こういうものを書くつもりですよと周知するための作成中の論文らしい。
「先輩は締め切りに間に合わず、とりあえずワーキングペーパーでも出しとけばいいだろと、そんなつもりだったんでしょう。僕は他に抱える研究があり放置していたんですが、やってみようという気になって」
火、水、風、音、光など能力の弱い精霊は多数いる。猛火、奔流、疾風などより強い精霊は数が少なくより高い魔能を求められるが、弱い精霊を束ねるより魔力効率が良い。
結果、魔術師たちは常により強い精霊を求めていて、それらを発見する手段は連綿と研究されてきた。
今までに判明しているのは、強い魔力が大量に使われた場、つまり戦場跡に強い精霊が現れやすいということだ。精霊が魔力を霊力に変換して生命維持に使う特性を持つことから、魔力が渦巻く場を好むのは当然とされる。
特に専属精霊となる精霊は個人に固有の魔力を嗅ぎ分け、わざわざ姿を現して寄ってくるため、精霊は強力な魔力に惹かれてどこからか訪れるとされてきた。
「だけど、魔獣討伐の跡地には精霊が現れなかったんです。僕は通算四か月、ここで観測し続けてきました。未曽有の凄まじく強く大量の魔力が渦巻いたはずなのに」
彼は珍しく眉根を寄せ厳しい顔をしている。
「強い精霊が現れるのが戦後、戦場跡であるのは統計的に有意ではあるのですが、とりわけ特異能力持ちに関しては事例が少なく…つまり、先輩が研究に行き詰まった原因に僕もぶち当たっているわけです」
「後輩さんらしくないですね、そんな難しそうな顔をして。いつも着々っと粛々っとぶつぶつ呟いて進めていくのに」
「すみません。うるさい、これ食って黙れと先輩によく飴を投げられました。いえ、栄養補給だと分かっています」
ほんとに単にうるさかったんじゃないかな、と妹は思うが言わないでおく。
「あなたがた兄妹は直感的な観察眼が鋭いんです。だから僕はいつも先輩に研究テーマをもらっていました。先輩が気付いて、僕が書く。実はこの研究はあなたの一言が突破口になったんですが」
行き詰まっていた研究が少し進んだ割には、彼の表情は冴えない。
「研究者としてどうかと思うけど、たぶん僕は仮説が当たって欲しくないんです」
なんだか悩んでいるようだ。研究がんばってください、とも言いづらい。
「直感が鋭い研究者ですーって定性調整しましょうか?」
冗談のつもりだったのに、彼の表情をますます厳しくさせてしまった。
「相談してください。不安なんです」
珍しく怒ったように言われて、すごすごと退散した。




