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38. 経過観察される

「後輩魔闘士くん、君の知恵を借りたい」

 半闇性野獣の一群の駆除は夜が明けてからようやく完了した。

 学習能力の高い半闇性野獣に攻撃手法を覚えさせないよう、一頭ずつ引き離してから一撃必殺で倒す。雪の中で中距離の速い移動と強攻撃を繰り返した魔闘士隊員たちは疲労が激しかった。

 治癒促進は回復促進でもある。除染処置を施されて除染室に転がる隊員たちに魔導士たちが治癒促進術をかける。その集団から離れた場所で休んでいた後輩魔闘士に中堅審査官は声をかけた。

「横になったままで聞いて欲しい。フクメロのことだ」

「フクメロとは」

「温厚先輩に噛みついてたやつの仲間っすー」

「昨日、怪我を治して放してあげた子ですー」

「命名は彼らだよ。そんな目で見ないで欲しい。研究所時代と探査基地になってからの通算三か月の記録を見せてもらった。野獣の目撃数と襲来数と頻度は一貫して増加している。君はどう考えているのかな」

 そうですね、と彼は疲れのにじむ声で答える。

「霊木自生地に侵入する野獣を駆除してみたら、半闇性ではない通常の野生動物だった、という事例が増えていて…」

「フクメロのように、だね」

「闇性魔力の強弱の推移との関連を調べたいと思っているのですが」

 時間がないのだろう。魔獣の死骸の調査と旧魔獣棲息域の奥の探査において、闇がち魔闘士の特性である高い闇性魔力耐性は有用だ。この一か月で彼の魔力系健康状態が急速に悪化したのは汚染地域での活動が多かったせいだろう。

 今のところ審査部は、闇性魔力の真の発生源である北嶺の研究を任せられる、信頼できる研究員を選出できていない。彼を研究に専念させたいが、魔闘士隊から外せない状況だ。

「フクメロを含むあの有袋類は習性として、すみかとする灌木群生をめったに離れないものなんだ。それが霊木ナーサリー近くにいた。半闇性野獣に追い込まれた可能性と、霊木にやって来たところを鉢合わせた可能性もある」

「霊木を襲う半闇性野獣、霊木の効能にあずかろうとする野生動物。ですか」

「あるいは半闇性野獣さえ霊木の効能にあずかろうとしているかもしれない」

「今までは霊木自生地が一か所でしたし、複数の野生動物の活動範囲内なので、野獣が自生地に接近する目的は明確にできませんでした」

「だが魔闘士隊長の指示で霊木ナーサリーが造成され、そこにも生活圏を離れた動物たちが訪れるようになったんだね」

「僕が貸せる知恵なんて、中堅さんには必要ないのではないでしょうか」

 若き研究員兼魔闘士の唇が満足げに笑う。

「研究員になるのはいかがですか。あなたを時々、学会でお見かけしました」

「君と先輩くんの初対面を覚えているよ。東塔の防衛評価だ」

「研究員の世界は狭いんです。あの日、前列にいるのに寝そうなくらいつまらそうに聞いていた見慣れない学会員が誰なのか、すぐ名簿で調べました。昨日の配属発表後の挨拶で初めましてと言うべきか、実は迷いました」

「だから『北嶺探査基地へようこそ』だったのか」

「はい。そして研究界へもようこそ、ですか」

「努力してみよう。動物たちの行動が、唯一の能動的な除染手段である霊木の新たな知識を教えてくれるかもしれないからね」

 そして、と声を潜める。

「闇性魔力に対する野生生物の本能的行動が、闇がちとなった者の気質、体質の変化過程とその対応策も明らかにする可能性がある」

「はい」

 即答したということは、彼もその可能性を考えていたのだろう。

「闇がちとは?」

 聞き間違いかと思ったのか、控えめに聞き直された。

「ああ、癖になっていた。堕ちたと思ったら、闇堕ちと呼び直すよ」

「お気遣いありがとうございます。けれど警戒してください。有害性とその影響は測れていないんです」

 離人感、不眠、焦燥感、熱感、動悸、口渇など闇堕ち後の彼には不快な症状が多数あるという報告がある。それらの症状が心理的外傷からくるのか、闇堕ち特有の症状なのか、どれほど有害なのかはまだ経過観察の段階だ。幸い、昨日の定性調整後には改善が見られているようだ。

 定性というものは数値化しづらいため、定性調整の精霊の能力鑑別は難航し、ほとんど明らかに出来ていない。魔術省は妹に重い行動制限と監視をつけ、闇がち魔闘士の健康状態改善を優先させる決断をした。

「ところで後輩くんは、魔闘士が識別紋章の印章指輪を他人に渡すのがどういう意味を持つのか知っているのかな」

『中堅さん、大変良い質問です』

 ずっと沈黙を保っていた新米審査官がいきなり活気づいた。

 はい、と若き魔闘士は戸惑ったような返事をした。

「身分証明である印章指輪ですから、他人が悪用すれば詐欺や文書偽造の…」

 そこへ、新人魔導士から治癒促進術を受けていた魔闘士がばたばたと割り込んできた。

「おい後輩! 先輩の妹さんがおまえの指輪してんだけど!」

「はい」

「なんでだよ!」

「必要だと判断して渡したので」

「必要っておまえ、涼しい顔で…闇堕ちしてもか?」

「したからこそ、です」

「なんていうかおまえ…すげーな…勇気あるよ…」

「公にするつもりはなかったのですが。彼女の身の安全のためです」

「狙ってたヤツいたからな。そうか、分かった…闇に負けるなよ」

「もちろんですが…狙ったヤツとは?」

「おまえ闇討ちでもする気か。闇堕ちだけに。笑えないぞ」

「彼女が標的になれば、僕は行動不能になってでも事態を阻止する覚悟です」

「怖! 重いぞおまえ!」

「当然の措置だと思いますが…」

 面白すぎるので放置しましょう、と新米審査官が主張するのでこの件も絶賛経過観察となった。

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