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34. 再始動する

 王令により、閉鎖されていた旧北嶺前線基地および研究所が拡充され再始動することになった。表向きは魔獣の死骸および旧棲息域の処理と調査、前人未到の北の地の探索と資源調査だ。

 魔獣討伐後の祭りが一段落して落ち着きを取り戻しつつあった魔闘士隊はにわかに活気づき、施設の整備に什器や資材の搬入、隊の再編成に人材募集と多忙を極めている。

 魔闘士隊本部の地下廊下で徒歩登山での荷揚げのために背中へ箱を積み上げる歩荷隊とすれ違い、中堅審査官はただただ感心しながら彼らを見送った。

「転移紋使用が許可されなかったら、彼らに背負って運んでもらおうと考えていたよ」

『目の動きは控えて、顔全体を対象に向けてください。精霊は眼鏡の正面の映像しか届けられないので』

 眼鏡のつるの先から遠隔会話が流れてくる。

「まだ慣れなくてね。精霊への指示を繰り返すことに気を取られてしまう。魔導は得意じゃないんだ」

『送信には安定して足りてます。魔術師でもないのに魔能が高いなんて、中堅さんは宝の持ち腐れです』

 異動と称して審査部長が用意した保護施設に匿われて一か月。より安全な施設に移送すると言われた先が北嶺のかつての前線基地であり研究所、再始動する北嶺探査基地だ。

 新米審査官とは遠隔会話で業務を分担してきたが、探査基地異動にあわせて監視用眼鏡を送ってきた。審査部の経費が足りる気がしない高価な代物だ。

「こうやって監視映像を飛ばせてるんだから、持ち腐れていないじゃないか。さて、転移室だ」

 転移室にはすでに数人が集まっていた。中堅審査官同様、本日付で北嶺探査基地に配属される新顔たちだ。

 床の転移紋は星座のような形をしていた。従来は一つの大きな円内に命令の一部始終を描き込んだ融通の利かない紋だった。効率化された新しい紋は体積と重量を計測して必要最小の魔力で転移させるという。

 それでも魔術師でない者にとっては魔導しきれない量の魔力を消費する。魔闘士と魔導士が手際よく新顔たちを連れて行き来し、転移させていた。

「おはよう。名前と所属を」

 凛として簡潔に身分確認しているのは魔闘士隊女性初の副隊長だ。

「魔術省審査部の北嶺探査基地付、中堅審査官だ。以後どうぞよろしく」

「ああ監視役か、よろしく。魔闘士隊の違反をいちいちほじくってたら胃から血を吐くぞ。せいぜい手を抜け」

 ハキハキと手抜き要求して返事も聞かず、次、とさばいた。副隊長には審査部長から身辺保護のための異動を兼ねていると内々に話が通っているはずだが、それを全く表に出さない。

 中堅が東塔派の報復と口封じから逃れるためには、北嶺探査基地駐在勤務は部外者のアクセスが困難な安全性の高い対処といえた。東塔派を離反した中堅を密かに警護し、異例の異動を実現させた何者かは王の腹心に近い者だろう。中堅は新米審査官を疑っているが確信はなかった。

『手を抜けば、東塔派優遇疑惑案件の再審査の時間を取れますね』

 新米は審査部との連絡調整役であり、北嶺探査基地の活動全般を共同で審査する監視役でもある。

「基地職員用ローブをご着用ください」

 自分の順番が来たようだ。転移紋の横に立つ魔導士は自分も今日付けで基地配属になった新人だと言った。魔導しながら、転移の経験は? と訊ねてくる。

「ないんですね。魔導士二名で魔導して、一名が同行しますのでご安心を。一瞬ですし痛くも怖くありません。落ち着いて、」

 それではいきますよ、くらい言い切って欲しかったと中堅は思う。一瞬の光の乱舞の後にはもう見知らぬ部屋にいて、人生初の転移を観察する暇がなかった。

「失礼しました」

 新人魔導士が決まり悪そうな顔をする。

「新しい転移紋の省魔力仕様にまだ慣れないんです」

「ありがとう、助かったよ。デスクワークの身で雪山登山は三日三晩じゃすまないだろうから」

 再建設された北嶺転移室から探査基地入口の門までは融雪装置が働き、デスクワークの脚でも問題なかった。門番の岩壁にはすでに多数の魔闘士隊識別紋章が描かれ、中堅審査官のような探査基地駐在職員向けに支給された識別紋章も追加されている。

「今度はじっくり体験してください」

 親切な新人魔導士が慎重に門を通してくれたおかげで、中堅は岩の組成が音も重さもなく変わるさまを間近に見ることが出来た。

 王令から一か月、短期間に大量の資材が運搬されてきたはずだが、岩窟の基地内は整頓されていた。新配属の職員たちを引率する魔闘士隊副隊長のきびきびした足運びを見れば、その理由が知れる。

 岩窟の廊下を奥へ進むとやや広い場所に出た。食堂のテーブルと椅子を畳んでホールにしてある。そこで基地配属の魔闘士隊員たちが待っていた。彼らは規律正しく正面に視線を固定し二列に整列していたが、一人だけ距離を取って壁際に立っている。

『いました、後輩さんが』

 遠隔会話術具である眼鏡から流れる新米審査官の声は美味しいものを目の前にしているかのようだ。

『どんな顔をするか、ちゃんと眼鏡でとらえてくださいね』

 副隊長が隊員たちの前に新職員たちを誘導し、配属を周知する。

「左から、魔術省基幹除染室から出向の研究員。次、魔術武具工房より彫金職人。次、魔術省審査部の審査官」

 顔は固定し視線だけ動かして、後輩魔闘士が中堅審査官を見た。記憶石再生水盤で見ていた一か月前より彼の髪はさらに伸び、少し雪焼けしたようだ。隊長に鍛え直されているのだろう。

 彼は表情を変えなかったが、かすかに目礼をした。

「次、」

 と呼びあげる副隊長の声に合わせて、彼の視線が中堅の隣へ移る。瞬時にその目は見開かれ、唇は何かを言いかけた。

「北嶺探査基地専属魔導士。我らが先輩魔闘士の妹である」

 直立不動だった隊員たちは言葉を発しなかったが、ざわりと空気が動いて彼女に集まる視線が濃くなる。

「伝達以上。解散し各自持ち場へ」

 途端に彼女は隊員たちに取り囲まれた。

「妹さん、魔導士だったのか!」

「隊長さんからお話を頂いて、魔導士になったんです。一か月、新人研修して来ました。よろしくお願いします。みなさん形見分け以来ですね、お元気そうで嬉しいです」

「似てないなあ、いい意味で」

「せっかちな兄貴が母親の腹に忘れたものを彼女が持って出たんだな」

 先輩の妹を歓迎する輪の後方で、整列休めの姿勢のまま後輩魔闘士は動かずにいる。その姿を見つけて近付こうとした彼女のローブの裾がバチバチと鳴った。

 後輩は手の平を向け、彼女を明確に制止した。

「すみません。僕は官給ローブと相性が悪いんです。離れていてください」

 足を止めた彼女の背後で、魔闘士隊員たちに静かな緊張が走る。事前情報によれば、北嶺探査基地内で彼が闇堕ちと知っているのは魔闘士隊だけだ。それ以外の職員には現時点では伏せられていて、身体的接触を極端に嫌うと説明されている。

 彼女は戸惑いの色が混じる微笑を浮かべた。

「後輩さん、お久しぶりです。怪我したりしてないかって心配してました」

 しばらくぶりです、と答える彼の表情が硬い。

「先輩の葬儀に参列できず失礼しました」

 視線は彼女の肩、手首、足元を走ってローブが適正サイズか見たようだ。

「このローブは闇性魔力反射機能が強化された最新型なんです」

 彼の視線に気付いた彼女はローブの前をきっちり閉め、フードを手早く襟の内側に押し込んだ。にっこりと両腕を広げる。

「兄の忘れ形見を届けに来ました。ハグできるずらし方も習ったんです。わたしのローブ、痛いと思いますがどうぞ」

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