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33. お別れされる

「結局、翌朝に魔闘士隊長が妹さんを迎えに来たのか」

 シャツの袖から覗く包帯をさりげなく押し戻して隠しながら、中堅審査官はつまらなそうに言った。そうなんですよ、と新米捜査官もつまらなそうに返す。

「隊長さんがいたら別れの熱い抱擁もできやしません。涙をこらえて気丈に振る舞う妹さんに、仮面笑顔と社交辞令で自制する後輩さん、隊長さんの気まずそうな顔ったら…その腕、飼ってる魔法動物に噛まれましたか、中堅さん」

「噛んだのは僕なんだけどねえ」

 記憶再生水盤の映像に目を向けたまま、中堅はしれっとそんなことを言う。探りを入れているのか、と新米は内心にやりとする。

 中堅は昨夕に襲撃されたことを言わない。東塔派の再審査を決めたがまだ動いていないこのタイミングで攻撃されれば、口封じなのは明らかだ。

 護衛の保安官が倒れた絶体絶命の時、突然助けに入った者が襲撃者を瞬時に焼き尽くして何も告げずに去ったら、強力な何者かの監視、警護下にあると知らされたと気付くだろう。

 逃亡せず登庁したからには、再審査をやり遂げる意思があり、何者かに対して観念した。そして新米が何者かに属する人間なのか反応を見ているんだな、と新米は瞬時に理解した。

 王の耳たる者、もちろんそんな餌に食いついたりはしない。そうなんですか、と通常通り適度に素っ気なくやり過ごす。

「噛み傷は治りにくいって聞きますよ、お大事に。さて後輩さんが彼女の記憶を一時間後に閉じるように設定して封印。記憶石への出力と審査部への送付を隊長に託しました」

 闇がち魔闘士は隊長にも先輩の妹にもハグや握手さえ求めず、門の前で深々と一礼して二人を見送った。門番の精霊が二人を通し、闇がち魔闘士の姿を岩の向こうにかき消した。

 妹は雪の中、そそりたつ門の岩壁を見上げて立ち尽くしている。ばらばらと残った識別紋章が冷たい風に吹かれている。

『すまねえが、門から先輩魔闘士の識別紋章を削る。ここは一般人が立ち入っていい場所じゃねえんだ。それにな、門番の精霊にしてみれば、あいつがやっと帰路についたんだよ』

 隊長はきっぱりと告げた。

『後輩魔闘士以外、ここに紋章が残ってるのは行方不明のやつらばかりだ。雪崩で雪渓の底か、半闇性野獣と交戦中に滑落したか、吹雪で方向を失って岩陰に避難してそのままか、最期の場所さえ分からない。日が経つと固有魔力も希薄になるからな、魔力探知が得意なうちの隊員でも見つけられねえんだ。こんなのは…消さなきゃいけない。捜し出して、全員帰すんだ』

 ぐし、と鼻を鳴らした隊長は、『今日の北嶺は一段とくせえな』と呟いた。気を取り直して足元に転移紋を光で描くと、妹の蓄魔晶石の魔力を使って魔闘士本部に二人で転移した。

 本部の座標石は地下にあり、同じ室内に応急手当や除染に必要な薬品棚や、武器や防具を収めた棚が整然と並んでいる。魔術具らしき装飾品の入ったガラスケースもあった。

 それを見て、彼女はあっと声を上げる。

『後輩さんに返さなきゃいけないものがあったのを忘れてました。隊長さん、お手数ですが返しておいてもらえませんか』

 おう、と陽気に笑って出した手の平に後輩の印章指輪を乗せられ、隊長は笑顔を失いぱっかりと口を開けて固まった。

『四回握ると後輩さんに良くないことが起きるので、箱に入れておくと安全かと思います』

『妹さん、おまえさんは…これが何か分かってて返そうとしてるんだろうな?』

『はい』

 あーこれはいけない、と映像を見ていた中堅審査官が棒読みに言った。いけませんねと新米も返す。

「妹さんの考えはこうです。『これは魔闘士隊の印章指輪を転用した遠隔会話指輪だけど、後輩さんが魔術具バレしたくなさそうだったから会話機能については黙っておこう』。でも年長世代の隊長にしてみれば…」

「婚約が成立した相手に渡すもの。それを他人経由で突き返す構図だな…」

「しかも四回握ると後輩さんに不幸が降りかかる呪い付き。指輪に切れ目って、絆を切るって意味がありますしね…」

「ついさっき涙をこらえて別れてきたように見えた妹さんが、後輩くんの指輪を王都に戻った瞬間にポイ捨てだ」

「こええ、ひでえ、後輩不憫…と隊長さんの顔に書いてあります」

「この愉快…不憫な誤解の行く末を見てみたいものだが」

 それまで生き延びられるかどうかと考えてるな、と新米は察する。

 そこへ咳払いと共に審査部長が声をかけてきた。

「突然だが中堅くん、君に異動の辞令が出た」

 辞令の時期ではない辞令にも、中堅は想定内とでもいうように落ち着いている。

「どちらに」

「追って連絡がある。魔術省審査部からは出ることになる」

「承諾しかねます。自分でなければ円滑に進まない再捜査案件がいくつもあります」

「中堅くん。組織というのは、代わりがいないという事態を避けるためにあるんだ。すぐに担当案件を整理しておくように」

 中堅は諦めたように鼻で小さく息をつき、分かりましたと答えた。

「不可解な異動です! 東塔派の再審査をしようというタイミングで、異動先が未定なのに転出だけが決まるなんて強引すぎます。中堅さんがいなければ、闇がち魔闘士の審査も自分一人では難しい判断が多すぎます」

「引継ぎになるべく時間をかけよう。並行して闇がちの審査を手助けする」

「黒と言えば黒になる、黒にするのがこんなに早いなんて…」

 記憶再生水盤の映像では、魔闘士隊長が先輩の妹を家に送り届けている。

『数日間も記憶がなくて不安にさせてすまないな。だが心配するな。審査部が公正にやってくれるさ』

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