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32. 襲われる

「回復のためにもゆっくり休んでくださいって言ったのは五分前ですよ」

 しおりだらけの本、文字や図形で埋められた紙、用途が想像できない金属部品類、彫刻道具などが積まれた作業机の前で、後輩魔闘士は仁王立ちで腕を組んでいる。全く怖くない。

「不意打ち第二弾するって予告したから、まさか早々に来ないだろうと油断してくれると思ったのに。ばれたらしょうがないよね、襲いに来ましたー」

「そこでローブを脱がないでください紛らわしいから。止まって」

「後輩さん、わたし気付いちゃったんですよ」

「何を。下がってください」

「ローブの闇性魔力反射機能の反応で見ると、第一回定性調整後の後輩さんの闇性度は下がっているはずなんです」

「それは認めます。足速い…」

「でも、イコール有害性が下がった、ではない。闇性魔力の有害度って、そもそも測れるんですか。あ、逃げた」

「耳栓しました。聞こえなければ調整無効のはずです」

 耳栓したらわたしが近付く音も聞こえなくなるのに馬鹿なの? と彼女はヒタヒタ追い詰めながら思う。

 隙があるのがいい所の彼はすぐに耳栓の致命的選択に気付いたようだが遅かった。両手で彼の背骨付近のベルトを背後からがっちり捕捉する。

「兄がこうやって後輩さんを家に引きずりこんだ覚えがあります」

「どうして僕はあなたがた兄妹に勝てないんだろう」

 嘆きながら彼は両手を降参の形に挙げた。

「逃げませんからやめてください。妹さんがまた倒れたり倒れる以上のことが起きたら、僕は先輩に顔向けできません」

 と、しおらしく言われてもベルトをつかんだ手を離す気はない。

「あなたはまだ回復しきってもいないし有害性の変化を測れないのに、無理をして定性調整する必要は全くないんです」

「測れなくても有害性があるのは確かですか」

 言いたくないような間があった。

「実感はあります」

「だから足が遅かったり息が上がりやすかったりするんですか」

「そこは僕の基礎身体能力の低さなんですが、有害性が言い訳に使えると今、教わりました」

 こずるくない、悪く言えば要領が悪いのが後輩さんのいい所ですよと言いたいが、こういう人には教えないでおくのがいいと思う。

「時間が取れたらもっと効果的な除染の研究もします。だから妹さんは心配しなくていいんです」

 心配とは少し違う気がした。もっとわがままな理由だ。

「後輩さん、わたしはね…わたしの人生を後輩さんの人生となるべく重ねておきたい。それが最良で、最大で、最善なものであるように。そのために出来ることをやりたいだけ」

 王都の家での、兄と三人での温かな時間を思い返す。

「わたしと兄が後輩さんと人生を重ねることを受け入れてくれてありがとう」

 迷惑なこともあっただろうけど、と小さく付け足す。

「これからも後輩さんが受け入れてくれるなら受け入れてくれる分だけ、ぎゅーっと重ねさせて欲しいって思ってます」

 背中越しだから言えたと思う。一歩踏み出して、彼の背中に額をつける。願いが届くように。いつの間にか速く強くなっていた鼓動を深呼吸で落ち着かせる。

 返事はない。出来ないんだろう、と分かっている。ただ、そんな風に思っている友人がいることを知っていて欲しかった。

「兄の蓄魔晶石を置いて帰ります。後で充填しておきます」

「いきなり聞き分けがいいので警戒しています。石についてはありがとう。とても助かります」

「兄のメッセージが書いてある飴の包み紙だけは持ち帰っていいですか」

「妹さんのものです、どうぞ。審査部も取り上げることはないでしょう」

「聞き忘れていたことがあります、後輩さん。兄の形見、何がいいですか。形見分けの日にだいぶ減ったけど、まだあります。謎の魔術具とか魔闘士隊史の本とか」

「では、妹さんを」

 え、と気が緩んだ瞬間に兄の後輩は拘束を振りほどいて、彼女へ向き直った。

「先輩の忘れ形見でもあるあなたに会えて、思いがけない幸運でした」

 にこりと屈託ない笑みが息のかかりそうな至近距離で降り注いでくる。半闇性魔力の有害性なのか頭がじんじんして気が遠くなる。

「それで? 闇堕ちが堕ちそうなくらいくっついたりして、冷たい除染液を頭からかぶるのと、夜の氷点下の雪山で霊木浴するのとどちらがいいですか」

 ちょっと怖い。

「えーっと…クリームを全身に塗るので許してください。大丈夫、背中の真ん中も届きます。除染室の近くで寝ます。もう襲いません、今日は。ローブ着ます」

「霊木茶というのもあります。効果は高いんですが苦すぎて半数の人が胃から吐くので賭けです。ギャンブルは強い方ですか?」

 怖い。

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