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31. 代理してもらう

「今晩は、特許局魔術担当部長殿。魔術省審査部新米審査官です」

 訪ねた相手は明らかに身構えていた。

 魔闘士隊出身の部長は権益を奪い合う狡猾者ぞろいの東塔派の中でうまく立ち回れなかったのだろう。魔闘士隊在籍時に目立った業績もない。除隊後の再就職先として特許局は傍流扱いだ。

「お互い多忙の身、単刀直入に申し上げます。あなたが不正に得た利益全額を正当な権利者に返還し、あなたの派閥の内部情報について余さず提供するならば、内々の処理をお約束します」

「何も、審査部のお手を煩わすようなことは…」

「美しいステンドグラス窓でした。王都中央で買い取って改装中の豪邸、あなたの資産状況では到底買える代物ではなかったはずです」

 ランタンに照らされた部長の顔から血色が逃げていく。

「ヒット商品を見出す目だけはお持ちのようで。鐘でチン! を製造会社に持ち込んだのが部長だという証言は得ています。ライセンス契約書の特許権利者の欄もあなた。迂闊が過ぎませんか」

 ばん! と机に契約書の複製を叩きつけてやると、部長は身をすくめた。

「経済的な成功で派閥内での地位を良くしようとでも思いましたか。古巣の魔闘士隊が激闘の末に魔獣を討ち果たした一方で、あなたは殉死者の遺族から金をかすめ取った。恥を知れ」

「違う。違う。あの先輩後輩魔闘士二人には、特許のことを指導してやったんだ。彼らは次々に特許を取ったから、面倒を見てやった。かすめ取ろうだなんて」

「してやった。見てやった。過去形で話すんですね、彼らがもういないかのように。そう、魔闘士隊関係者は先輩魔闘士さんの殉職と後輩魔闘士さんの隔離を知っています。除隊後であっても、あなたも」

 左手にはめられた識別紋章の印章指輪を凝視してみせると、部長は決まり悪そうに手を引っ込めた。

「形見分けの帰りに代理でやってきた大柄魔闘士氏、彼から申請を受け取ったあなたは添えられた手紙を見て、鐘でチン! は先輩さんが遠征を控えて密かに備えたものだと知った。そして先輩さん後輩さんがいない今、この特許を握り潰しても…特許使用料受取人を書き換えても、誰も把握できないことに気付いた」

「確かに受取人は私だ。先輩後輩は私への感謝の印として受取人に指定してくれたんだろう。私の所へ回ってきた時には、もう既に私の名前になっていたんだ」

「申請書をこちらに。審査部には薬剤で消されたインクを復活させる薬剤があるんです。見たくはないですか? ほら、あなたの名前の下に先輩さんの妹さんの名前が。代理申請した大柄魔闘士氏がやったというなら、代理申請人の欄は取り消し線で、使用料受取人の欄が薬剤で修正されているのは一貫性がありません」

「そんなのは別に…有り得ることだろう」

「あなたの魔闘士隊時代の、かつ東塔派の年少者で立場の弱い大柄氏にお会いして来たところなんですが、口止め料の金額もあなたの人望もずいぶん薄っぺらいようで」

「知らない。あの特許申請品は受付の台に放置されていたと聞いた」

「なるほど。あなたの所に回ってきた時には既にあなたの名前だったと言いましたね。申請受付の台から申請書類と箱を回収し、あなたに渡した職員がいるということです。書き換えたのはその職員かもしれません。どなたです?」

「覚えていない。特許局は日々何十件もの申請を扱うんだ、本人だって覚えていないだろう」

「では思い出してもらえばいいのでは? 特許申請された技術が実際に機能するのか、実際に検分する手順がありますね。加熱器具である鐘でチン! の機能を確かめるために、職員は何かを加熱してみたはず」

「それはそうだろうな。そういう決まりだ」

「大柄魔闘士氏は箱の中身が加熱調理器具だと知った時、検分があるだろうと気をきかせて、妹さんにフィッシュパイを譲り受けています。大柄氏はあなたの前でパイを焼いてみせたそうですが、それは出まかせでしょうか?」

「知らない。パイなど見ていない。渡された時にはただのイモ料理があっただけだ。廃棄した。その男の嘘か、職員がイモ料理で再検分したか、とにかく何かの勘違いだろう」

 新米捜査官の鼻に、舌に、フィッシュパイの風味が蘇る。豊かな海の恵みと大地の豊穣の出会い。王都の最南端まで魚を求めて彼女が通った南部料理の食堂。出来が良かったので大柄氏に自信をもって渡したと得意げだった彼女。帰れたら鐘でチン! で温めませんかと、実現されないささやかな夢を北の隔離地で口にした闇がち魔闘士。

「それは王都育ちが想像するパイ生地を使ったパイではないし、」

 新米は珍しく自分の声に怒りが乗るのを聞いた。

「ただの料理ではないし、ただのイモ料理ではないし、ただのフィッシュパイではない。あなたの公文書偽造、横領、偽証、美食廃棄、ありとあらゆる罪を洗いざらい暴いてやるから地下牢で魚の足の爪でもしゃぶるがいい」

「待て、待ってくれ。分かった。正しい受取人とかいう者にあの買った屋敷をやるから。王都でも誰もがうらやむ一等地にある家だ」

「あなたは家というものも分かっていない。彼女にとってそれは居住する箱ではない。愛と執念から生まれた鐘でチン! がただの調理器具ではないように。王の剣たる魔闘士だったあなたが…何度でも言う、恥を知れ」

 ドン、と机に膝蹴りを入れてやる。部長がびくっと身を縮めて気を取られた瞬間に追尾虫を服の裾から仕込んでやった。追跡魔法より探知されにくい魔法動物だ。虫が残す不可視の糸をたどれば、どこに泣きつきに行くか知ることが出来る。

「ああ、それから」

 部屋から出ながら釘を刺す。

「審査部の懐中時計を鳴らそうと思わないでください。あれはもう、機能を失いました」

 特許局を離れて夕闇の中をしばらく歩く。ややあって、シャツの下のネックレスが身をよじるように跳ねて着信を知らせた。人影のない路地へ曲がる。音の精霊を操るのは苦手だったがいい加減に慣れた。

「はい」

『中堅氏が帰宅途上で襲撃された。中程度の防御創。護衛の魔術省保安官が重傷。介入し襲撃犯を焼却処理。東塔派の雇われ者と推測』

「了解、警護継続。せめて二件の大型再捜査が終わって日和見主義の裏切者が出てくる局面までは生かす。彼に死なれて頓挫するのは避けたい。失敗した再捜査の後始末なんて冗談じゃない」

『痛快でいい。王の耳たる者が新米審査官とは』

「尻が痛いし闇がちに手柄を横取りされた。動物話で集中を乱してみたり、精神鑑定で審査打切りを誘導してみたり、かと言って敵対的な発言ばかり繰り返すわけでもない、あの巧みな内通者を自分が暴くはずだったのに。瞬時に公正な審査官に矯正されちゃって」

『二の矢は放たれる。中堅氏の保護検討を』

「そうだね。彼との会話も楽しめるようになってきたところだったけど」

 新米は鐘でチン! の契約書複製をひらひら、と夕闇に揺らした。

「本来の業務ではないので貸しですよ、後輩さん」

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