30. 除染しまくる
魔闘士隊長と後輩魔闘士の行動を、彼女は遠隔会話指輪越しに聞いていた。
彼らはまず北嶺の転移紋跡地にある座標石に転移した。隊長が道路融雪装置を使わずに豪快に雪漕ぎし、研究所の門前にたどり着く。
『この程度で息上げるだと。鈍ったもんだなてめえ鍛え直す』
『申し訳…ありません。自主トレ…します』
門の岩壁に隊長が自身の識別紋章を描き足す。隊長は魔導で、後輩は蓄魔晶石の純正魔力で門番を通過した。旧魔獣棲息域に直行し、奥地へ走り込み持参した酒を手向ける。次は好きなやつ持って来てやるから今日はそれで我慢しろ! と叫んで走り戻る。
『遅えぞ後輩。転移の精霊はおまえの脚を落としてきたのか?』
『申し訳…ありません。落として…ません』
初耳のからかい方だな、と彼女は勉強した。
くせえ、くせえと咳き込みながら除染室に転がり込んできた隊長を後輩は下着一枚に剥いで除染液を頭からぶっかけ、霊木クリームを塗りたくり、毛布で巻いて座らせた。ふうと息をつく後輩は明らかにげっそりしている。
「お待たせしました…。妹さん、こちらの魔闘士隊長にはお会いしていると思います」
毛布ぐるぐる巻き二人であいさつする。
「はい、兄の葬儀と形見分けの日も。お久しぶりです」
「先輩の妹さんか。何でこんなとこで除染…じゃねえなあ、臭くねえ。魔力を使いすぎたか。よく休めよ。で、何から聞くべきで何を話したいんだ、後輩」
腹の探り合いのない直球の質問だ。
「長くなりますので」
後輩は暖炉に薪を積み足して、その前に三人の席を整え、温かい飲み物と菓子を用意した。その自然な世話の焼き方に、後輩が魔闘士隊でも使い倒された気配がした。
後輩は順に説明した。彼女が北嶺に来ることになった経緯、理由、彼女の兄の最期、兄妹で同一の固有魔力、定性調整の精霊と超高効率蓄魔晶石。闇性魔力の真の発生源、魔獣が殉職魔闘士から学習する能力、古株魔闘士の手帳。
「北嶺の闇性魔力発生源の早急な究明と対処を進言します。何者かが王に上がるべき情報を止めて王国の安全を阻害してきました。犯人捜しの一方で研究所を拡充し、王に直に報告できる体制を組むべきかと思います」
「なるほどな…何と言うか世界は深いな。魔窟の奥にいるのが魔獣ってもんだと思ってたら、ヤツは扉に過ぎなかったわけだ」
魔闘士隊長という役職は魔獣討伐の英雄の筆頭だっただろう。それに冷や水を浴びせるような話でも隊長は落ち着いて、古株魔闘士の手帳をぽんぽんと優しく叩きながら聞いていた。
「おまえと先輩の名誉回復は望まないのか。俺はさんざん掛け合ってるんだが、すまねえ。俺は魔獣退治にかまけてて省内政治には疎くてな」
後輩は彼女と顔を見合わせる。
「先輩だけはどうか」
「後輩さんの気持ちは嬉しいです。でも命令違反して闇堕ちして後輩さんまで巻き添え堕ちさせて」
「僕の意思です」
彼がどう言おうと英雄認定は無理だな、と妹は心の底から納得していた。きっと兄自身も関心がないだろう。
「たぶん定性調整を無断使用しまくって、兄に関しては回復どころか罰が増えるだけです。ただ後輩さんの隔離措置は人道的ではないと、どこに訴えればいいでしょうか」
「研究するには集中できて良い環境でした」
兄の後輩はさっぱりとしたものだ。そんなに静かな研究環境を欲していたのか。集中をぶった切って帰宅に付き添わされ苦手な魚を食べさせられたんだな…と彼女は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
隊長は、そうかと天を一度仰いだ。
「それよりやる事がある、か。よし、俺も先を見るぞ。魔闘士隊に霊木自生地の整備と、移転も視野に入れて候補地を探させる。これから除染の需要が一気に高まる」
「はい。自生地付近の半闇性野獣が増加傾向にあり、駆除と霊木の保護が僕一人ではもう手が回りません」
「対策班を作る。転移紋を省魔力化できるか。門番は」
「転移紋は王の権限です、許可を仰いで頂ければ最優先で着手します。門番は機密で見ることも不可能です」
後輩と隊長は凛として次々に言葉を投げ合い、今後の課題と対応と優先順位を決めていく。王の剣である魔闘士隊の力強さ、物事が一気に動き出す予感に彼女は圧倒されて手を握り締める。
「観測データを見るまでもなく巣の奥のくささは確かめた。闇性魔力の発生源が魔獣の死体じゃねえのは間違いない。おまえの報告書を持って緊急に王の謁見を願い出る。おまえも着飾って行きたいだろうが今回は任せておけ」
「お願いします」
後輩は隊長の転移の魔導負担軽減用にと、彼女の蓄魔晶石を一つ借りる許可を得た。隊長は除染液びしょびしょの下着と全身クリームまみれの毛布姿で光る転移紋に立った。
「じゃあ妹さん。兄貴の弔い合戦に、ぼっ…奮起する隊員どもを見とけよ」
にっと笑い、毛布の裾をなびかせて隊長は転移していった。
「隊長さん、かっこいい…」
「えっ」
「救国英雄詩によれば、背丈の長さと胴の幅がある大剣で魔獣を貫いたとか」
「そんな剣ありません。隊長はあんな筋肉ですが精霊三体同時使いする特級魔能士ですよ」
「兄と似たものを感じます」
「ああそれなら…分かります。隊長に報告を託せて安心しました。僕も次に向けて準備しなくては」
太陽が雪山の稜線に隠れて急速に気温が下がり、二人は除染室から所内に移動した。足取りにもうふらつきはない。食べて寝ることで回復させていた今までと比べると格段に早い回復だった。
「だいぶ回復しました!」
よかった、と優し気な笑顔を向けられる。
「では明日には帰れますね」
「いやです」
脊髄反射の速さで答えた。
「第二回後輩さん不意打ちを企画してるのに」
「僕の期待を返してください」
「会心の企画だから見て欲しい…!」
「ごはんをねだりに窓辺にやって来た小動物みたいな顔をしないでください」
野生動物に餌付けしちゃいけませんと叱られた子供のような顔で困られてしまった。
「あなたをここに連行した魔能士がかけた記憶封印術を明日、僕が閉じて審査部に提出します。法令や情報統制を考慮して公正に審査し、問題のない部分をあなたに返してくれるでしょう」
「待って。だって、まだやりたいこと終わってない…」
「僕からの話でなくていい。先輩の雄姿があなたに残るよう、必ず伝えておきます。あなたが先輩をふさわしく労われるように」
慈しむような表情でも、彼との距離を感じる。彼が手を離そうとしているのを感じる。
「北嶺の闇性魔力に対処する機関は正しく組織されなければいけない。正しい情報が正しい者に正しい時に伝わるように。反目者に付け入られる瑕疵があってはいけない。小さな隙間でも突き拡げれば、堅牢な塔も倒れます。正当な審査を受け、正当な手順を経て、憂いなく王国民に対する脅威に対峙しなければいけないんです。僕は受けるべき処罰を受け着任の是非を仰がなくてはいけない」
「正論過ぎて言葉が出てこないから、出てくるまであと何日か待ってもらえませんか」
呆れているのか感心しているのか微妙な緩やかさで彼は笑う。
「あなたは時々すごい瞬発力がありますね。待ちません」




