28. 裏切者と罵られる
「では転移の精霊が取引に応じてくれるか、試してみます」
後輩魔闘士が蓄魔晶石を掌に乗せると、その足元に眩しい光の紋が出現する。
「あなたが覚えないように、眩しくして見えないようにしてみました」
「隙があるのが後輩さんのいい所なのに」
「えっ」
「帰りの分の純正魔力は足りそうですか? 忘れると雪山登山ですよ」
「フル充填済みの石なので二往復だって出来そうです。それでは行ってきます、妹さん」
彼の姿は多色の光の乱舞にかき消され、一瞬後にはもう何も残っていなかった。間髪入れずに彼女の指輪にぐるり、と温かさが回転した。
『転移できました。あなたのおかげです』
印章指輪の遠隔会話装置から彼の声がする。嬉しそうだ。彼女は教わった通りに指輪ごと手を一回握って会話機能を発動させた。
『どういたしまして。ちゃんと魔闘士隊本部に着いたんですか』
『はい。人目を避けて隊長を』
『裏切り野郎、どうやって檻から抜け出してきやがった』
『…見つけるつもりが見つかりました。しばらく静かに…隊長、突然に失礼致しました。ご無沙汰しております』
低く不穏な隊長らしき声に、彼女は思わず息を潜める。
『俺の魔力索敵も馬鹿にされたもんだなあ…裏切者を見逃すとでも思ってんのか』
『隊長にご報告があって参りました。侵入した身ですが攻撃する意図はありません』
『いいか俺はな、撤退命令を無視したてめえの先輩も、俺の制止を無視して闇堕ちしたてめえも俺は毎日! 一生だぞ! 弔ってやるからなあ! ゆっくり眠らせてやらねえぞ!』
『僕は元気に生きてて毎日寝てますよ。お気遣いありがとうございます。隊長もお元気そうで何よりです』
『元気? 闇堕ちが何言ってんだ! あの陰気な北嶺基地なんぞに一人で…補給員の荷物にいい本をねじ込んでおいたぞ、おまえのがカビる前に使えよ』
『隊の習慣で除染室に置きましたが本日撤去しました。今後はどうぞお気遣いなく、ありがとうございました』
急に和んだ雰囲気になってきた。遠隔会話に耳を澄ませていた彼女は緊張を解き、隊長さんは差し入れしてくれた良い人らしいと思い始めた。
『礼を言うってことは使ったんだな、よしよし。魔術師名門のお坊ちゃんも所詮は男。記憶石再生水盤があれば映像も送ってやれるんだが、補給員の荷物は食料でギチギチらしくてな』
『使っていません。映像も結構です。本題に入らせて頂いていいでしょうか、隊長。それから官給ローブを着用願います』
『必要ねえだろ。闇性魔力の匂いがしねえ。おまえ、すげえ臭かったのになあ』
『固有魔力の闇性汚染がひどかった、と表現して頂けるよう僕の精神衛生のためにお願いします』
『あんな世界の隅で闇堕ちを一人で耐えてる野郎の精神衛生がそんなんで折れるか。臭くないならハグしていいんだな? うちの生意気な裏切り野郎を』
『なぜ隊長までハグしたがるんですか。僕は今ハグ警戒中なんです。安全のためにローブを着てくださいってば。あーもうそんな図体でどうしてそんなに足が速いんですか』
『で、魔術省に殴り込みに来たんだろ? 上のやつらの事なかれ主義には隊員どもも腹に据えかねてるんだ。あいつらがイビキかいて寝られるのは裏切り野郎どものおかげだってのに』
『社会的精神的に殴りに来たのは確かです。審査部には一打入れられたと思いますが、審査部は魔術省内の組織です。自浄作用は有限で緩慢でしょう。はるか頭上からの痛打を賜れないかと』
『王か』
『はい。まずは、この手帳を隊長にお渡しすべきだと思いました』
『こいつは…古株のじゃねえか! 一体どこで見つけた』
『旧魔獣棲息域の奥です。包んであった古株先輩のローブもここに』
『巣の奥だと』
後輩魔闘士は古株魔闘士の手帳を発見した経緯と手帳の内容について話した。
『はー…古株も、おまえも、おまえの先輩も、なんで俺を無視して行くんだよ。隊長をなんだと思ってんだよ。裏切り野郎どもが一人増えやがった』
『ご命令に従えず、申し訳ありませんでした』
『おまえなんか北嶺で謹慎にさせてやるからな。懲罰勤務でタダ働きだぞ』
『すでにしているようなものですが』
『何でそんなシレッとしてられるんだよ、おまえが闇堕ちして隊員どもの方がよっぽど落ち込んでるってのに』
『北嶺の観測と探索で忙しくしていて』
『古株が書いてる、もう一匹の魔獣ってやつか。詳しく報告しろ』
『北嶺の闇性魔力発生源の特定と対応にむけ、観測データと地形調査と考察をまとめました。まずは隊長には実地にて現状をご確認頂きたく、ご足労願えないかと参りました』
『よっし、北嶺登山か。雪漕ぎは任せておけよ、お坊ちゃん』
話の早さに感嘆する。自分は手帳を読んでしばらく動けずにいたのに、隊長は現場慣れしている魔闘士の迅速さで判断していく。
『転移でお連れします。女性を待たせてしまっているので』
『闇堕ちがおかしなことを言い出したぞ、おい。おまえ手先が器用だったからな、人形でも作ったのか』
『想像ではなく、隊長も会ったことのある女性です』
『そのコの人形でカビないようにしてるわけだな』
『生身です。してません。お行儀の悪いヒゲは燃やしますよって副隊長に言われてましたよね?』
『やめろ妻に怒られる。で、どうする気だ。おまえは先輩を運ぶときに精霊に闇性魔力を食わせた。もう二度とおまえの転移に応じない…はずなんだが、そういえばどうやって来たんだおまえ。座標石の前にいたな』
『その女性は魔導に優れていて、純正魔力フル充填の超高効率蓄魔晶石を用意してくれました』
『ほお。他人様が用意したデカ盛り飯を精霊に食わせるわけか…待て、その何とか石はどこから出てきた? その子、実在してるのか? 魔導士が北嶺に登ったのか?』
『研究所に向かいながらお話しします。出発前に一つ用事を済ませてきていいでしょうか』
『壊すな殺すな見つかるな。おまえの身分は研究所預かりだが、魔闘士ってのは肩書じゃねえんだ。心意気だよ。だから隊長さまの言うことは聞けよ、今度こそ』
ふ、と後輩魔闘士の笑う息が聞こえた。
『壊すな殺すなは守ります、隊長。見つかるな、は僕が鋭意努力しても実現しない場合もあるので』
『研究員上がりの屁理屈野郎が…』
『隊長は僕が世界の隅で闇堕ちを一人で耐えていると言いました。僭越ながら違います。最初からずっと、違っていました』
『俺や隊員どもが心配してやってんのに、おまえはやっぱり裏切り者だよ』




