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27. 精霊も人も操るのか

「『王都へ』にこっ。じゃないんですよ後輩さん」

 新米審査官は東塔が崩落していないか、窓越しにもう一度確かめた。

「闇堕ち魔闘士なんて災害級の魔術的物理的生物的兵器ですよ。お買い物感覚で『王都へ』にこっ。じゃないんですよ、東塔派が発狂しますよ」

 まあまあ、と中堅審査官がなだめる。

「来なかったかもしれないじゃないか」

「研究者肌のくせに変に思い切りのいいあの後輩さんが? あー日付的にもう来てるかも。闇堕ち狩りが始まってるんじゃないでしょうか。自分も加わりたかった」

「さっき東塔の裏手を通ってきたけど、いつも通りの陰険な安穏さだった」

「門番回避で断崖絶壁を懸垂下降して下山するとしたら最短四日…天候によっては祭りに参加できるかもしれません」

「新米くんは人狩りが趣味だったかな?」

「趣味ではありませんが得意です」

「余計に怖いよ」

 新米は記憶石の映像を拡大し、後輩のバングルを観察する。精霊紋は内側に隠されているようで見当たらない。

「思い切りがいい後輩くんと言えば、遠隔会話指輪だ」

「はい、四回の合図で恐らく自身が行動不能になる機能を付けましたね」

「それもあるけど、印章指輪だよ。魔闘士は印章指輪を婚約成立した相手に渡すという慣例があるじゃないか。まあ、やや古風ではある。妹さんは弁償しか気にしていなかったから知らないんだろう」

「そんな慣例がありましたか! 後輩さん不憫…いえ、若い世代の後輩さんも知らずに渡したかも。ちょうどいらない指輪あった転用しよう、という軽い気持ちで」

「確かに雰囲気も演出もなくいきなり、プロポーズよりフォーマルな自爆機能付き印章指輪を渡すとは自爆以外の何物でもない」

「捨て身すぎます」

 後輩くん爆発しろと言ったのは誰だったかなと新米は内心でからかう。

「で、そろそろ驚き疲れてきたんだが、後輩くんは王都に行ったのかな」

 祭れるか再生します、と新米が意気込んで記憶再生水盤に向き直った。

『王都へ』

 気軽に言われて、彼女は冗談かなと首をかしげる。

『え、門番を通れませんよね』

 そうでしたね、と事も無げに後輩魔闘士は答える。

 闇堕ちの固有魔力は半闇性だ。また闇堕ちが大気中の魔力を魔導すると集められた魔力は半闇性を帯びる。精霊は半闇性魔力を霊力に変換できないため、自身の生命維持に利用できない。だから一度でも半闇性魔力を渡されたら、精霊は二度とその術者との取引に応じない。

 彼は闇堕ち後に北嶺の門を通る際、半闇性魔力を使うよう指示されたと言った。門番の精霊を次回から取引不可にして隔離を強固にするためだ。

 火や水のような無数に存在する精霊は二度と取引できなくても使い捨てながら利用することは可能だ。彼はその方法を選ばず、観測機器や加熱調理に蓄魔晶石を組み込むことで純正の魔力を渡せるように工夫している。

 けれど門番は一体しか存在しない精霊だ。

 彼が王都へ行くには断崖絶壁を懸垂下降するか、旧軍事基地である強固な岩窟の壁を破壊するかしかない。彼女は雪の吹きすさぶ断崖絶壁を思い返して絶望的な気持ちになった。

『後輩さん、言いにくいんですが、門番の前の帰路の転移紋は撤去されちゃってます。あそこにたどり着けても歩いて下山するしかないんです』

 彼は知ってます、とうなずいた。

『施設を解体する音が聞こえましたから』

 二度と彼を通さない門の向こうで念入りに帰路を絶たれる音を、彼はどんな気持ちで聞いていたのか。腹の底からふつふつと怒りが沸き、彼女は彼にこんな処遇を与えた人物を探したいと思い始める。

『だけど僕は魔闘士隊本部の座標石に飛ぶ紋を当然覚えています』

『紋があっても転移の精霊はもう取引してくれませんよね? 兄を転移させる時に闇性魔力を使って渡しちゃったはずです』

 キラン、と擬態語がつきそうな様子で彼が楽しげに掲げたのは蓄魔晶石だ。

『呼び出すことは出来ます。鐘でチン! が使えるのと同じ原理です。あなたが充填してくれた超高効率蓄魔晶石から純正の魔力を渡すなら? 転移の精霊は闇堕ちの僕とでもまた取引するでしょう。門番の精霊もです』

 そうだ、と映像を見ていた中堅審査官が茫然と呟く。

「理論的にはそうだ。今までは転移や門番の精霊に渡せるほどの大容量の蓄魔晶石がなかったから実現しなかった」

 新米も呆気に取られる。

「なるほど。妹さんが先輩さんのローブを着て来たから可能になった。大容量の蓄魔晶石に、大量の純正な魔力を魔導できる妹さん。彼女はまさに」

「まさに神の杖を持って舞い降りた白い鳥…!」

「持ってたのは蓄魔晶石です」

「まさに神の贈り物、賢者の石を持って舞い降りた白い鳥! 純粋なる魔力に包まれ彼の枷が弾け飛ぶ。籠の鳥だった闇がち魔闘士は解き放たれ、一筋の黒い矢のように高い空に弧を描く、一路、王都へ…王都へ」

「思春期ロマンに戻りましたね」

 再生中の記憶映像では、彼が官給の魔闘士ローブを羽織っているところだった。

『外側の闇性魔力反射機能は切ったんです。僕の半闇性固有魔力と相容れないので。内側の防御術は動いてるから、精神操作術と窃盗くらいは防げるでしょう』

 王国のスリは絶対に魔術師を狙わない。ローブに手を入れた瞬間に腕がなくなる。

『固有魔力が半闇性になっても、ローブ内側の防御術は後輩さんって変わらず認識してるってことですよね』

 彼のローブ姿が懐かしくて、彼女はどきどきしてしまう。

『門番や防御の精霊にとっては、闇堕ちしても後輩さんはちゃんと味方なんですね』

 後輩魔闘士が驚いたように立ちすくんで、彼女は戸惑った。

『後輩さん? あれっ、金縛りの防御術でも発動しちゃったのかな』

『いえ。動けます…けど、雷に打たれたような、爽快な万能感があります』

『なんか怖いこと言ってる。そのローブに兄の『眠れないほどやる気が出る白い錠剤』みたいな機能でもついてるんですか』

『本当にやばいから後で全部没収させてください、白い錠剤シリーズを』

 えーと言いながら彼女は自宅の薬品庫にいっぱい残っていることは黙っておこうと思った。

『白いと言えば王都のお土産、今なら戦勝記念の魔獣型砂糖菓子が人気ですよ。付属の小さなハンマーで粉々に割って食べるんです』

 ふ、と彼は微笑んだが目は笑っていない。

『妹さんは、僕がこのまま逃亡するとは思わないんですか?』

『全く思いません』

 何の気負いもない即答に今度こそ彼は微笑んで、霊木浴の寒さ対策で毛布ぐるぐる巻きの彼女を眺めた。

『そうですね。逃げるなら、あなたが速く走れる時にします』

 映像を見ていた中堅審査官が両腕を広げた。

「逃げる時は君も一緒だよ宣言か、後輩くん!」

「我々は闇がち魔闘士逃亡リスクの根拠として、このやり取りを王に報告する羽目になるんでしょうか」

「彼女を逃亡の際の人質にするという狙いかもしれない」

「一般市民の彼女に人質の価値はありません。ただ一点、定性調整の専属精霊がいるという比類なき脅威を除いては」

「彼女という強力な武器を北嶺に残しておくということは、この時点で彼に逃亡の意思はない」

「後輩さんは先輩さんの専属精霊の能力が定性調整だと、早い段階で気付いていました。妹さんが先輩さんの専属精霊を使えると知った後輩さんが、周囲を自分に有利に調整させる目的で彼女に好意を抱かせようとしているなら」

 新米審査官は息を吸って、映像の中で微笑む闇がち魔闘士を見下ろす。

「自分は少々、彼に厳しい審査をするかもしれません」


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