魔導書との安堵
「よ、よくわからないけど逃げようかー、武人!」
間延びした口調とは裏腹に足早に走り出す黄髪の女性。
右腕を失った糸目の男と蒼い髪の少女もそれに続いていく。
「あ、この、待ちなさい!」
「急に逃げるとか卑怯なの!」
ライラとグースはそう叫びながら、連中を追って行く。
だが、彼らは何らかの能力があるのかすぐにいなくなってしまった。
「カレンさん、カレンさん、何ぼーっとしてるんですか!? 僕のことは置いといてあの連中を追ってください!」
僕はさっきからずっと僕の肩を掴んで震えているカレンさんに呼びかける。
「痛いのはダメ、痛いのはダメなんだよ、若葉君! あんなのはお姉ちゃんが何とかするからすぐお医者さんに行こう……」
涙を目に浮かべながらカレンさんは僕に訴えてくる。
「でも、あんなの野放しにしたら……」
「大丈夫よ、連中も逃げるのに派手に能力使ってたからしばらくは動けないと思うわ。それに読み手の右手はもう治せないから、義手とか対処法を考えるまで戦闘なんかできっこないだろうしね」
「念のためにしっかり壊しておくの!」
心配そうに僕がつぶやくと、ライラがグースとともに戻ってきてそう述べる。
グースは落ちている糸目の男の右腕を自動小銃で蜂の巣にしていた。
自動小銃の乱射音が止まるころには地面に右腕は残っておらず、ただ赤い液体と肌色の肉片が混ざった何かが落ちているだけであった。
これ、どう処理するんだろう……
まぁ、上級焚書官であるカレンさんがもみ消すのだろうが。
「だからね、お姉ちゃんと一緒に病院いきましょ、若葉君。私がしっぽりと看病してあげるから」
カレンさんはなまめかしい声でそう僕に言う。
なんかおかしい擬音が混ざっていた気がする……
「その必要はないわ、この淫乱焚書官! 若葉を助けてくれてありがとうって感謝しようとした私が馬鹿じゃない!」
ライラが珍しく素直なことを言いながらカレンさんに怒鳴る。
「え、でも、それ以外に若葉君の肩の傷を治す方法はないと思うよ?」
カレンさんがきょとんとした顔をして首をかしげる。
糸目の男の右腕を切ったときの凛々しさは微塵もなかった。
「連中と違ってこっちには『子守唄』がいるのよ。『子守唄』、若葉の傷をお願い」
「勿論なんだよ!」
ライラに頼まれたグースが張り切って詠唱を始める。
「さぁさぁ、ともに歌いましょう? 唄は貴方の目の前にあるのだから。声を枯らしても、血を吐いても、喉が焼き付いても歌い続けましょう? ステージは貴方の目の前にあるのだから。 叶え、童たちの願いよ!」
瞬間僕の肩に光が集まり、刺さっていたナイフと痛みが消えていく。
「ありがとう、グース。それにライラとお姉ちゃんも助けてくれてありがとう……」
素直に感謝の気持ちを述べるのは恥ずかしく、顔を赤らめながら僕は彼女たちに言う。
「これぐらい当然なんだよ! 私は若葉に救われたんだから、もっと頼ってくれていいの!」
グースが快活な笑みを浮かべながら僕に言う。
「『子守唄』の言う通りよ! 若葉は超絶有能美少女のこの私の契約者なんだから、一人で抱え込むんじゃないわよ。若葉が死んだら私……」
ライラが少し目に涙を浮かべながら僕に言う。
「若葉君は弟なんだから、そんな堅苦しい感謝なしでもっともっーとお姉ちゃんに甘えてほしいな」
カレンさんが涎を垂らしながら僕に言う。
「うん、心配かけてごめんね、ライラ、グース」
僕は姉を名乗る不審者を放置して、シリアスな空気を貫くことにする。
「ちょ、ちょっと若葉君、私は!?」
そう叫びながら、不審者が治りたての僕の肩を掴んでくる。
「ライラ、今回はお姉ちゃんがいなきゃ僕はまずかったけどさ。何故かもうこれ以上お姉ちゃんに感謝したくないんだけど……」
僕は本音を包み隠さず口にする。
「何でよー、お姉ちゃん今回頑張ったのよぉ……」
カレンさんが年不相応に間延びした口調で僕に言う。
そういうところが僕が素直に感謝できない理由だ……
「……一応さっき若葉は「ありがとう」って言ったからいいんじゃないかしら」
ライラが目頭を押さえながら、僕に助言してくれる。
「らめっ、もっと褒めてくれなきゃお姉ちゃんやだー! 若葉君が撫でてくれなきゃ若葉君をおうちに帰さないから!」
ライラの言葉を聞いたカレンさんは僕に抱き着きながら、こう駄々をこねた。
ライラ達と違って結構豊満な胸があるせいで、自制心に定評のある僕でも流されそうになる。
「若葉? まさかとは思うけどこんな状況で焚書官の駄肉に興奮してるんじゃないでしょうね」
じとーっ
鋭い視線でライラが僕をにらんでいる。
危なかった……
目の前のライラの鋭い視線のおかげで平常心を取り戻した僕はどうにかカレンさんを振りほどこうとする。
だが、彼女の怪力に僕がかなうはずもなく、カレンさんはオナモミの如く僕に引っ付いたままであった。
仕方がない、奥の手を使おう。
「お姉ちゃん、後で目いっぱい頭撫でてあげるけどここじゃ恥ずかしいから家帰ろ?」
目のハイライトを消して僕は彼女に言う。
「うん、分かったよ若葉君! うへへ……」
明らかにやばい笑みを浮かべながら、ようやくカレンさんが僕から離れてくれた。
こうして僕らはなんとか家路につく。
「なんか、こんなんに右腕を切られた糸目の男が可哀そうなの……」
誰もいない夜道にはグースのつぶやきが響いたのだった。




