魔導書との危機
「それが叶わぬ願いならば、時をとどめてしまおうか。止まれ時計の針よ詩とともに」
蒼い髪の少女がそう詠唱した瞬間、黄髪の女性を襲っていた猟犬と重機関銃とゴーレムのすぐそばに紫色の球体が出現する。
その球体は彼らに触れた瞬間、彼らの体に溶け込んでいった。
すると、突然彼らは動きを止め爆発四散した。
「チッ、こうなったら略式詠唱でやるしかないわね……」「援護は私に任せるんだよ、『蒐集』!」
まるでそうなるのがわかっていたかの如く、ライラ達は素早く戦況の立て直しを図る。
そんな中僕は思わず後ずさりしてしまっていた。
すると、僕の肩に何かが触れた。
「おや、いけませんね。日本男児たるもの敵を前にして後ろに下がるなんて、ほめられたものじゃないですよ、貴方」
振り返ってみれば、そこには先ほどまで女性たちと一緒にいたはずの糸目の男性がいた。
彼は微笑みながら僕にそう注意してくる。
あまりの事態に頭がついていけず、僕が硬直していると彼は言う。
「ふむ、無視はいけませんよ、無視は。挨拶は日本人の美徳なのですから。ほら、握手をしましょう」
彼は丁寧な物腰のままそう言って、僕に手を伸ばしてくる。
こういう狂人に逆らうとろくなことにならないと昔誰かが言っていたので、固まった体を無理やり動かし僕は彼の手を握る。
カチッ チクッ
彼の手を握った瞬間、僕の手に痛みが走る。
それとともに体中の筋肉が引きつり始めて体が言うことを聞かなくなる。
「な、……にを」
どうにかして僕が言葉を口から絞り出すと、糸目の男は微笑みながら言う。
「いえ、ちょっと仕込んでおいた針で神経毒を注入しただけですよ。これを入れると、ずっと笑みを浮かべてくれるから便利ですよ」
彼は楽しそうに言う。
「わ、若葉どうしたの!? ちょっと待ってなさいすぐ行くわ! 『子守唄』少し頼むわね……」
「任せとけなんだよ!」
ライラは契約の証から何かを感じたのかグースにそう告げて、黄髪の女性との戦闘を無理やり中断してこちらへ走ってくる。
「んー、そんなの私が許すと思う? 『わらべ唄』やって」
そう言って彼女は蒼髪の少女に指を振る。
「止まれ時計の針よ詩とともに」
すると、僕のほうへ走っていたライラが突然黄髪の女性達の近くにまで移動した。
「この下種めが……!」
ライラが黄髪の女性を睨みながら言う。
「いやー、そんなに褒められるとあたし困っちゃうなぁ、エヘヘ」
彼女はライラの視線を受け流しそう嗤っていた。
「ふむ、貴方は契約した魔導書に愛されているのですね。私感動しました」
彼は硬直した僕に向かってそう続ける。
「感動しすぎて、思わず痛めつけたくなりますねぇ!」
瞬間、彼は僕の肩にナイフを突き刺す。
「ぅぐぁあ」
僕は体がけいれんする中、声にならない叫びをあげる。
「エクセレント! いい笑顔ですよ。苦悶の笑顔というのはいいものですねぇ」
彼は大声で叫びながら、涎を垂らしそう嗤っていた。
「「若葉!」」
ライラとグースがこちらを向いて叫び走り出す。
だが、先ほど同様僕の近くに来たと思ったら、彼女たちは必ず元の場所に強制移動させられるのだった。
「いやー、若葉君愛されてるねぇ。だから、『蒐集』達にはそんな愛しの若葉君が壊れる瞬間をしっかりと目に焼き付けてもらわないとね」
黄髪の女性は隙だらけのライラ達を攻撃する代わりにそう嗤い続けた。
「オーディエンスが二人も居るし、私も張り切っていきましょうか! 次は一本ずつ爪をはいでみましょう!」
そう言って彼が、けいれんを続ける僕の手をつかむ。
その時だった。
ヒュン
風を切る音が聞こえたと思うと、ボタリと何かが落ちる。
それは糸目の男の右手であった。
目線をあげてみれば、彼の右腕のひじより先が綺麗になくなっていた。
断面からは骨や筋肉が露出しており、ボトボトと大量の血が滴っている。
「腕がぁ、僕の腕がぁ、イタイ痛い!」
彼は半狂乱になりながら泣き叫ぶ。
体の麻痺と肩に刺さったナイフで何もできない僕はただ彼の醜態を眺めることしかできなかった。
「次はどこがいい? 目をえぐってやろうか、手足をもいでやろうか、耳を切り刻んでやろうか、選ばせてやる!」
糸目の男への攻撃主であろう人が凛とした声でそう叫ぶ。
「ひっ、ドグラ・マグラ! 早く時間停止であの赤髪を殺せ!」
彼はしりもちをつきながら、必死に黄髪の女性に叫ぶ。
「そ、それがさ、私もまさか上級焚書官が出てくるのは予想外でねー 八握劔の対策はしてないんだよねー」
彼女も先ほどの余裕はどこ吹く風と言わんばかりに汗を垂らしてそう述べる。
後ろにいるであろう声の主は、糸目を追うために僕を抜き去っていくと思いきや此方を振り返って僕の両肩を掴む。
「若葉君、その肩どうしたの!? すぐに抜いてぺろぺろして治してあげるからね!」
カレンさん、肩がすごく痛いです……




