魔導書との親友
「はじめまして、私は『火打ち箱』と言う。英語では『tinderbox』だけど、どっちも呼びにくいから気軽に火ーちゃんって呼んでほしい」
平坦な声音で、彼女はそう自己紹介してくる。
「丁寧なご挨拶どうも。僕は契約者の熊野若葉です」
「限定開放中の『マザーグース』なんだよ!」
とりあえず僕とグースは彼女の挨拶に答え、自己紹介をする。
「いつもうちの馬鹿が世話になってる。迷惑ばかりかけてすまない。ほら、ライラも頭下げて」
「ちょっと『火打ち箱』ったら、何すんのよ。何で私が若葉に頭下げなきゃならないのよ! って痛い痛い」
『火打ち箱』と名乗った彼女はそう言ってライラの頭を押さえつけながら、僕に礼をしてくる。
「ライラはそのままでいいけど、君が頭を下げる必要はないよ。頭を上げてほしいな」
「そうはいかない。ライラはアホなのは私が甘やかしすぎたから。私にも責任がある」
彼女は帽子の先をこちらに向けながら、そう言った。
なんて出来た魔導書なのだろうか……
僕の契約している魔導書に彼女の爪の垢を煎じて飲ませたい。
そんな人の出来た彼女をこのままの態勢にしておくのは気が引けるので、僕は頭を下げ続けている彼女に言う。
「そう責任を感じなくていいよ。迷惑だけどライラといると楽しいし、案外頼りになる。それに僕はもう死ぬまで彼女と一緒にいるって約束しちゃったしね。だから頭を上げてよ」
「本当? 良かった、ライラも成長したらしい…… では、お言葉に甘えて」
彼女は感慨深そうにそう言いながら、顔を上げる。
その姿はライラの友人というより保護者であった。
「だから言ったでしょ、『火打ち箱』? 私が若葉なんかに頭を下げる必要ないって」
「でも、ライラはいつも『何とかしてよ、火ーちゃん~!』って泣きついてきてたから、私がいない間読み手さん達にすごく迷惑かけているだろうと思って心配だった」
何故だろう? その光景がありありと浮かんでくる。
「ちょ、ちょっと昔の話はやめてなさいよ、『火打ち箱』。私の威厳が無くなるじゃない」
ライラは元からないものを心配しながら、『火打ち箱』さんに言う。
「見栄っ張りなところも変わってない。さっきから私のことを不自然に『火打ち箱』って呼ぶのもそのせい? 火ーちゃんって呼んでくれないのは少し寂しい」
心なしか帽子を萎れさせながら、彼女はそう言う。
「だって、火ーちゃんって呼んだら子供っぽいって思われるじゃん……」
小学校高学年ぐらいになった娘みたいなことをライラはのたまう。
面白そうなので少し口をはさんでみよう。
「でも、友達に『火打ち箱』なんてぶっきらぼうに言われたら、中々辛いし寂しいと思わないかい、ライラ?」
「絶対『火打ち箱』のことを火ーちゃんって呼ぶべきなんだよ、ラーちゃん!」
僕に続いてグースも若干煽りまじりに、ライラへそう提案する。
「そのラーちゃんって呼び方いいと思う。私も使わせてもらう。ラーちゃん、私のこといつもみたいに火ーちゃんって呼んでほしい」
マイペースに『火打ち箱』さんはグースの意見を取り入れつつ、ライラに迫る。
「わ、分かったわよ! ……火ーちゃん、これからも困ったら手伝ってね」
顔を赤らめながら、ライラが『火打ち箱』さんに向かってそう言う。
「もちろん手伝う。私はラーちゃんの保護者なんだから」
「保護者じゃなくてかけがえのない友人でしょ!?」
ライラは声高に『火打ち箱』さんの言葉を否定する。
「いや、保護者でしょ」「絶対保護者だと思うの」
僕とグースは間髪入れずに声をそろえてそう言った。
「読み手さんたちもそう言ってるから」
「納得いかないわ……」
ライラがむくれながら、そう言う。
そんなとき、ふと気になったことがあったので『火打ち箱』さんに尋ねる。
「そういえば、『火打ち箱』さんの能力って一体何なんだい? 禁書の時は火を出したり大きな犬を出したりしてたけど」
『グリモア見つける君』を作るのにどう考えても犬や火は関係ないだろうし……
「あら若葉、『火打ち箱』さんなんて大仰に呼ぶんじゃなくて、もっとフランクに呼んだほうがいいんじゃない?」
恨み晴らすべしと言わんばかりに、にやにやしながらライラは僕に迫ってくる。
冗談じゃない!
グースほど幼くないとはいえ年端もいかない少女に、火ーちゃんと声をかける男子高校生など事案だ。
魔導書は見えないとか、認識阻害装置があるとかそういう問題ではない。
必死に考えろ、僕!
ティンダー ……違う。ヒウチ ……違う。ちばこ ……ないな。
そうだ!
「じゃあ、ウチハって呼んでもいいかな? 濁点は消えちゃったけど、日本風で呼びやすいし」
「日本風の響きが可愛いし、全然構わない」
何とか危機を乗り越えた……
「私はあんまり日本風の響きになれてないから、火ーちゃんって呼ばせてもらうんだよ」
グースは特に悩むことなく、ライラと同じように呼ぶことにしたらしい。
僕もグース並みに幼かったら、火ーちゃんと呼んでも微笑ましいで済むのだが……
いけない、話が横道にそれた。
そう思った僕は再びウチハに質問する。
「それで、ウチハの能力は一体何なんだい?」
それを聞いた彼女がゆっくりと口を開く。
「私の能力は『願望の実現』。願いに応じた時間がかかるけど、望んだものは全て作れる」




