魔導書との痴話
「落ち着いた?」
彼女の銀色の髪を撫でながら、僕は尋ねる。
「うん」
僕の腹のあたりにうずめていた顔を上げ、彼女は答える。
「じゃあ、外に行こうか。ライラも待っていることだし」
「……うん」
不安そうに彼女はうなずく。
「大丈夫、ライラだってわかってくれるさ。ライラはアホだしさ。とりあえず現実世界に戻ろ?」
実際、杏仁豆腐のことしか考えてないだろうし……
「フフッ、そういわれると安心するよ。今あっちに戻る準備をするね!」
そう言って彼女は僕に向かって手をかざす。
そして今までのように僕は浮遊感に襲われる。
地に足がついた感覚とともに、目を開くとライラの姿が見えた。
「若葉!? 戻ってこれたのね! 本当に良かった……」
ゴーレムを操作しながら、彼女は安堵の声を漏らす。
「あぁ、心配かけたね。この通り無事に戻ってこれたよ」
「そ、それぐらい当たり前でしょ。なんたって若葉は、高貴なハイスペック魔導書である私の契約者なのよ?」
彼女は強気にそうのたまった。
「そんな無茶なこと言わないでよ……」
「それよりも若葉、早いとこ昨日の巨大ゴーレムであいつを倒しちゃうわよ! あいつ契約者がいないくせに『法の書』より強いかもしれないし……」
彼女は真剣な声音でそう述べる。
「それはダメだよ。あと今すぐ出しているゴーレムも消して」
僕は彼女を諭すように言った。
「若葉ったら、気が狂れたの!? そんなことしたら、私たち仲良くお陀仏じゃない」
気が狂れたなんて、杏仁豆腐狂いの魔導書には言われたくない……
「大丈夫、グースは何もしてこないって。今だって彼女は防御しかしてないだろう?」
そう言いながら、僕はグースを指差す。
「そんなもんたまたまよ! あいつは攻撃系の魔導書なのよ? 攻撃系なんてロクな奴いないんだから、手を緩めた瞬間何をしでかすか分かったもんじゃないわよ」
彼女はそう言って、なおもゴーレムによる攻撃を続ける。
「それはないよ。さっきグースと中で話したんだ。きっと、大丈夫だよ!」
僕は声を大にして彼女に主張した。
「騙されてるんじゃないの? 佐々木とやらも『法の書』に洗脳されてたの忘れたのかしら。さっきからやけに、あいつと親しげだし……」
彼女は頑なにグースが善良ではないと決めつける。
彼女の立場からすれば当たり前だと思うが、僕としては歯がゆい。
「そんなわけないよ。ライラ、お願いだから信じてよ!」
あとあと考えてみればかなり胡散臭い言葉を僕は彼女に放つ。
「なんでそう言いきれるのよ?」
彼女は目を細めて僕に問う。
「だって僕は君の契約者なんだよ。洗脳? ありえないさ!」
一度言ってみたかったセリフである。
「どう考えてもかかってる人間のセリフよ、それ……」
ジト目で彼女は僕に言う。
普段、ボケ倒している人に突っ込まれると、自分は本気でやばいことをしてる気がしてキツい……
「冗談だよ。でも、僕は超絶かわいいハイスペック魔導書の契約者ってのは本当さ。だから僕の言葉を信じてくれないかい?」
「ハー 若葉も言うようになったわね…… 私の負けよ。全く誰の影響を受けたのかしら」
誰って言ったって彼女しかいないと思うのだが……
彼女はそう言って、しぶしぶゴーレムを消した。
「グース、ケガはないかい?」
「ありがとう、若葉。『蒐集』はもう大丈夫?」
「大丈夫かどうかは分からないけど、とりあえず話ができる状態ではあると思うよ」
そう言ってライラのほうを向くと、彼女は顔をしかめて何かつぶやいていた。
「何よ、さっきまで『お兄さん』って呼んでたのに、もう『若葉』って呼び捨ててるの? ぽっと出のちんちくりんのくせに……ッ!」
「若葉、本当に『蒐集』大丈夫なの? 凄い顔して私をにらんでるんだけど」
彼女がおびえながら、僕の袖にしがみつく。
「キシャァー 私の契約者に何やってるのよ!」
そんなグースの姿を見たライラは、ゴーレムを彼女に再びけしかけようとする。
「ストップ、ストップ! 落ち着いて、ライラ」
慌てて僕は、彼女をなだめる。
「フシュー フシュー シャー!」
その間も彼女は猫のような声を上げながら、グースを威嚇し続ける。
彼女が落ち着くまでに数分を要した。
「ゼーハー それで、その泥棒猫は私に何を言いたいわけ? 何? 喧嘩なら買うわよ?」
ライラが戦闘中に張ったらしい『人払い』の効果が切れそうだったので、僕らは家に戻って話を再開した。
何が気に障ったのか、彼女は先ほどからずっと興奮しっぱなしである。
「ち、ちがうの。私、人に裏切られ続けてて、人を避けてたんだけど寂しくかったの。それで期待も込めてこの町に来たの。」
「そうなのねー」
興味がなさそうに彼女は相槌を打つ
「そしたら若葉と出会ったの。彼は幻影世界でこんな一方的に都合を押し付ける私を許して、一緒にいてくれるって言ったの。それで、ライラとも相談して解決策を探してみよって言ってくれて……」
「ハハーン それでうちの若葉に一目ぼれしたってわけね」
「そ、そんなんじゃないの! ただ、若葉といると何だか胸がポカポカしてきて、キューって締め付けられるの」
顔を赤らめながら彼女はそう言った。
魔導書にも動悸や心臓疾病が現れるようだ。あとで彼女には『救█』を渡しておかなくては。
「若葉、貴方今なんか変なこと考えてないかしら? 魔導書に心臓病って概念は適用されないからね。間違っても『█心』なんて飲ませるんじゃないわよ!」
何故か彼女に考えを見透かされてしまった挙句、怒られてしまった……
「そんなだから、若葉は童貞なのよ! ってそうじゃないわ。『子守唄』が若葉に惚れちゃったのよね。でも残ー念、若葉はこのやんごとなく清らなるライラ様の下僕なので、渡すことはできませーん!」
そう言って、彼女はクスクス笑いながら僕の腕を抱きしめる。
何でこう、彼女はトゲのある言い方しかできないのか?
あと伸ばし棒のおかげで、当社比3倍のウザさを実現している。
「でもでも、若葉は一緒にいてくれるって言ったもん。契約は断られたけど居てくれるって言ったもん!」
ライラのせいで、涙目になっていた彼女が若干ムキになりながら言う。
「ハー? あんた、若葉に契約を迫ったの? どういう神経してんのよ!」
「それを言うなら『蒐集』だって、こんな優しい若葉のこと下僕だって言うなんて信じられない! どういう目をしてるの?」
段々と言い合いが白熱してきた。
これは杏仁豆腐を持ってきたほうがよさそうだ。
そう思い僕は立ち上がって冷蔵庫に向かう。
「あれは本心じゃなくて、本当は若葉凄い優しいし大好きだもん。って何言わせんのよ!」
ライラは体をくねらせながら、ブツブツとグースに言っている。
内容は聞こえないが、早く落ち着きを取り戻してほしい。全く話が進まない……
「『蒐集』ってば素直じゃないね。そんなんじゃ若葉に見捨てられちゃうよ?」
「大きなお世話よ! それよりさっきから若葉若葉って何で呼び捨てなのよ? なれなれしくないかしら」
「私の勝手だからいいでしょ? 若葉はダメって言ってこなかったもん」
「この女狐め!」
結局、杏仁豆腐を与えるまで彼女が冷静になることはなかった……




