魔導書との幻影7
「最後の試練お疲れー! あとは私を見つけるだけだね」
グースの声が元気よくロビーに響く。
「見つけるといっても、消去法でグースは北の部屋に隠れているのが丸わかりじゃないか」
というか、ほかに部屋がなさそうだ。
愚痴っぽく僕は言ったのだが、グースの反応がない。
「グース? どうしたの?」
「い、いや何でもないんだよ! 早く私を見つけてね。応援してるね!」
彼女は慌てた声で僕の声かけに答えた。
それを聞いて、僕も北の部屋へと歩いていく。
『お願いだから、最後の仕掛けに気付いて……』
僕が北の部屋のドアノブに手をかける直前、グースの囁き声が頭に響いた。
普段のはつらつとした声とは似ても似つかない、掠れた祈りの言葉だった。
どういうことだ?
ドアノブに引き寄せられていた僕の手が止まる。
「グース、最後の仕掛けっていうのは何のことだい?」
僕は彼女に問う。
「ッ!? 罠なんてないんだよ。だから早く私を見つけてよ。お願い、私の歌を思い出して!」
先ほどから彼女の様子がおかしい。
声のみしか聞こえないが、言葉に今までの彼女の意志ではないものが混ざっているのは確かだった。
そいつは、まるで僕に助けを求めているようであった。
そいつの言うことを信じるなら、北の部屋には何か罠があるのだろう。
もしかしたら、北の部屋自体が罠なのかもしれない。
彼女は一度たりとも、北の部屋にいるとは言ってない。
よくよく考えてみれば、消去法で正解を見つけられるなんてうまい話あるだろうか?
先ほどまでの悪辣な部屋の作成者が、そんなわかりやすい場所に隠れるだろうか?
だが、北の部屋が外れだとすると、正解の部屋が存在しなくなる。
周りに階段もなく、別の階があるわけでもなさそうだ。
ロビーに隠し扉でも存在しているのだろうか。
そう思い、周りの壁を片っ端から押してみる。
一部分がへこんで新たな扉が現れる、なんてことはなかった……
少し疲れたので、僕は座り込んで考える。
『私の歌を思い出して!』
グースは確かそう言ったはずだ。
彼女が歌った歌といえば、南の部屋に行く前の時のものだろうか。
確かあの時、彼女はヒントと称して『お母さんが私を殺した』を歌っていた。
僕は記憶を頼りに歌ってみる。
「お母さんがわたしを殺して
「お父さんがわたしを食べたの
「兄弟たちはテーブルの下にいて」
「わたしの骨を拾って床下に埋めたの」
口ずさんでいて、僕は気付いた。
彼女は南の部屋についてでなく、彼女の居場所についてを表すためにこの歌を歌っていたのだ。
「床下だ!」
僕は、下に敷かれているカーペットを取り払う。
そこには、正方形の扉があった。
いや、ふたと表現するほうが正しいかもしれない。
その中には、はしごがかかっている。これで降りられるようだ。
僕は意を決して、はしごを降りていく。
明かりはどこにもなく、僕の体はおぞましい暗闇に包まれる。
視覚はすでに意味をなさず、手元のはしごから伝わる触覚のみが頼りであった。
長い、長い暗闇の中、地に足がついたのを確認して、僕ははしごから手を放す。
辺りを見渡せば、ポツンと松明が燃え盛る姿を見つけることができる。
僕は、火の光をめざして歩き始めた。
地面は固いアスファルトのようで、踏むたびに足音が響く。
僕は荒い吐息と足音を響かせながら、ようやく松明のかけられている場所までたどり着く。
そこには、無機質な鉄の扉があった。
上のほうには『東』とい表札が貼ってあった。
素直に東の部屋の鍵を差し込んで回す。
鍵が開いたようで、僕はゆっくりと扉を押す。
扉の中は何かの施設のようで、天井に蛍光灯が灯っていた。
一直線の廊下の脇には鉄格子が並んでいた。格子の中には多種多様なテディベアが置かれている。
彼らの顔はぬいぐるみらしい笑顔ではなく、何かにおびえるような今にも泣きだしそうな顔であった。
何となく不気味に思った僕は奥に進む。
奥にはシャッターが降りていて、僕を阻んでいた。
そのシャッターには『南』と書かれており、先ほどのように南の部屋の鍵を差し込んで回してみたら、シャッターを上げることができた。
中には先ほどと同じように一本道の廊下とその両脇に鉄格子があるだけだった。
だが、中の様子は先ほどと少し違っていた。
多種多様なテディベアが一体ずつ鉄格子の中にはいるのは先ほどと変わらない。
しかしここでは、それに加えて人種年齢様々な人々が一人ずつテディベアの横にいた。
彼らは皆、拷問器具を持ってテディベアを傷つけていた。
ある人はてこの原理を利用した道具でクマを引き延ばす。
ある人はクマの首にフォークをつけ、無理やりクマに石を抱かせている。
ある人はクマをトゲだらけの椅子に座らせ、鞭でたたいていた。
テディベアは傷つかないようだが、皆苦悶の表情を浮かべている。
僕が何を言おうとも、人々は笑みを浮かべながらクマをなぶり続けるのであった。
僕はクマに申し訳なさを覚えながら、さらなる奥に進むのであった。
進んだ先には、重厚な扉があった。
よく監獄などで使われているような厳重な扉であった。
そこには『西』という文字が描かれていて、今まで通り開けることができた。
扉を開けると、ドレスを着た少女が床でうずくまっていた。
部屋の壁紙は白く、家具はベッドぐらいしかない。
殺風景な部屋であった。
僕は少女に声をかける。
「見つけたよ、グース」




