魔導書との幻影6
西の部屋では、南と同じように外国の子供たちがいた。
場所も南とは大差なく、河原に彼らは集まっていた。
だが、彼らは南の子供たちとは異なり、話し合いをしていた。
詳しい内容は分からなかったが、彼らは川に架かっている橋について話しているようだ。
僕は聞き耳を立てていると、これまで同様彼らのうちの一人が僕に気付いて話しかけに来た。
その子は赤毛の少女で、そばかすのある子だった。
「兄ちゃん、こんなところで何してるんだい?」
この質問に答えるのも3回目だ。
焦ることなく僕は彼女に答える。
「女の子を探しているんだ。ピンクのドレスを着た白髪の子なんだけど、見なかったかい?」
「あたいは見てないよ。ねえ、みんなは見たことある?」
そう彼女が周りに尋ねるが、もちろん誰も答えない。
「みんな知らないみたいだね。じゃあ他をあたってみるよ」
そう言って僕は部屋を出ようとする。
このくだりも予定通りだ。
問題はここからである。僕は気を引き締め直す。
「ちょっと待っておくれよ、今あたい達困ってるんだ。ちょいとばかし、兄さんの知恵を貸してくれないかい?」
「君たちは何に困っているんだい?」
僕は彼女に尋ねる。
「いやー、あそこに大きな橋があるだろう? あれが何回も落ちて困ってるんだ。それを防ぐためにあたいとあいつ、どちらが『アレ』になろうかみんなで話し合ってたんだ」
「『アレ』って何だい?」
問題文らしき重要であろう分に指示語を使わないでほしい……
「『アレ』は『アレ』だよ。賢い兄さんなら話を聞いて居ればわかるはずさ。だから安心してよ」
安心できる要素がみじんも存在しないのだが。
「それでね、あたいが『アレ』にふさわしいと思って立候補したんだけど、あいつが対抗馬として名乗りを上げやがったんだ」
そう言いながら、彼女は金髪の女の子を指差した。
「あのアマのおかげで、『アレ』を誰がやるかみんなで議論になっちまってね。頭のいい兄さんに判断してもらおうと思ったんだよ」
彼女が僕に言う。
「なるほどね、僕は『アレ』とやらにふさわしい子を決めればいいわけだ」
「その通り! 兄さんにお願いしたいんだけど、良いか?」
「大丈夫だよ」
とりあえず、『アレ』とやらが何なのか分かるか否かが僕の命の分け目のようだ。
「やりー! じゃあまずはあたいの主張を聞いてもらうよ」
そう言って彼女は意気揚々と主張しだした。
「あたいこそ『アレ』にふさわしいんだ。あたいが『アレ』になればもう二度と橋は落ちないだろうし、みんな幸せになれるだろうよ」
どこぞの政治家のように、彼女はいかに自分が『アレ』にふさわしいかを雄弁に語っている。
「あの女に『アレ』は荷が重いだろうよ。だって親に甘やかされて育ってきているんだ。あたいみたいな経験豊富な孤児にこそ『アレ』はふさわしい。兄さんもそうは思わないかい?」
『アレ』は現場監督の役職か何かであるのだろうか?
よくわからないが、とりあえず金髪の子の主張を聞くために、赤毛の子に彼女を呼ぶよう僕は頼んだ。
「えー、あたいじゃダメなのか」
「両方の意見を聞かないと不公平だからね。それに誤った判断をしてしまっても困るし」
僕の身としても非常に困るし……
「ちぇ、おいナナ。話は聞いてたんだろう? こっちに来て兄さんに話せ」
「はいはい、『アレ』になるためならいくらでも話しますとも」
そう言って金髪の少女がこちらを向いてお辞儀する。
「はじめまして、お兄様。私はナナといいます。絶対に私こそ『アレ』にふさわしいんですよ!」
自己紹介を終えるとともに彼女は自己PRを始めた。
「私はお父様やお母様からの英才教育を受けて育っていますから、『アレ』になることに対する恐怖や緊張は全くないんです。両親も私が『アレ』になることを全面的にバックアップしてくれるのですよ!」
どうやら彼女は裕福な家庭で英才教育を受けているようだ。
その経歴が『アレ』にふさわしいらしい。
「私自身『アレ』になることは私に一番向いていると思うのです。私はあまり成績優秀でもなく、誇るべき経歴もありませんが、『アレ』に対する熱意と才能ならだれにも負けません。ぜひ、私を選んでください!」
双方の意見を聞き終えた僕だったが、未だに『アレ』の正体がつかめずにいた。
悩んでいる僕に赤毛の少女はこう言った。
「兄さん、もしかして『アレ』が分からなかったのか?」
「そんなわけないでしょ。お兄さんに失礼よ。『アレ』が何か分かっているけど、どっちにしようか迷ってるんでしょ?」
「あぁ、まぁ。そんなとこだよ」
僕は歯切れ悪く答えた。
「えー、本当か? わかっていないんじゃないか?」
「お兄さんがそんな賢くないわけないでしょ?」
「じゃあ、兄さん『アレ』について言ってみてよ」
僕は分からないので押し黙る。
これはまずいかもしれない。
赤毛の少女は愉快そうに笑いながら言った。
「やっぱりわかってないじゃん! お兄さんが『アレ』にふさわしいかもね」
「そうね、みんなおいで! お兄さんが『アレ』にふさわしそうよ!」
ん? 彼女たちのセリフが何かおかしい。
その違和感で僕は『アレ』が何なのかひらめいた。
クスクス笑いながら、彼女達は僕に迫ってくる。
彼女たちはすでに勝ち誇った気分でいるようだ。
そのおかげでこんな言葉を発してしまったんだろう。
彼女らの油断が僕を救ってくれた。
「『アレ』のことだろう? 僕知ってるよ」
「「嘘つかないでよ。なら『アレ』が何なのか言ってみなさいよ! 」」
彼女らは口をそろえていった。
「人柱のことだろう?」
僕は簡潔に告げた。
瞬間、彼女たちの顔は青ざめる。
今まで僕に迫ってきていた子供たちは、いつの間にか二人を囲み始めた。
彼らは二人を拘束しながら歌い始めた。
ロンドン橋が落ちまする
落ちまする
落ちまする
ロンドン橋が落ちまする
聖母様 聖母様
人柱をささげましょう
ささげましょう
ささげましょう
人柱をささげましょう
聖母様 聖母様
「何で、何であたい達なんだよ。クソがッ!」
赤毛の少女が叫ぶ。
「あと少し、あと少しで助かったのに、どうして気づきやがるんだこの野郎!!」
金髪の少女が喚く。
だがその威勢の良さも、子供たちによって橋の上に連れていかれると消え去った。
「やめてよ! さっきああ言ったけど、孤児だって死ぬのは怖いよぉ」
「家族の目を引くための嘘なのよ! 本気でなりたいんじゃないんだよぉ……」
他の子供たちはそんな命乞いなど気にも留めない。
彼らの手は止まらない。
彼らは彼女達を突き落とす。
「「ギィヤァァァ」」
彼女達は叫びながら川面に激突した。
あっけなく、彼女達は人柱となったのだ。
彼女たちが落ちた水面から、泡沫だけが浮かび上がってきた。
非常に胸糞が悪い……
子供たちが達成感を顔に浮かべながらこちらへ戻ってくる。
「お兄さん、これあいつらが持ってたの。勝ったお兄さんのものだよ」
子供たちの中の一人が僕に鍵を渡してくれた。
「あ、ありがとう。じゃあ、僕は女の子を探しに行くね」
そういうと、彼らは手を振って僕を見送ってくれた。
その時の彼らの笑顔を、僕は一生忘れることができそうにない。




