魔導書との幻影5
「若葉、二つ目の試練お疲れさまー!」
ロビーに戻ると、先ほどのようにグースの声だけが響いてきた。
「若葉はお人よしっぽいから、一緒に歌っちゃうと思ったけど生きて帰ってこれたね。私のヒントが役に立ったのかな?」
グースがさっきの部屋の出来事について、そう評した。
「でも試練はあと一つだから、頑張ってね」
「君を見つけるのも試練じゃないのかい?」
「私を見つけるのは簡単だから試練じゃないのー」
グースは軽い口調で僕の質問に答えた。
「簡単なのかい?」
つい、僕は思ったことをそのまま口にしてしまった。
今まで難易度調整を間違えすぎたステージを作っているご本人が、簡単だって言っても僕は信じられないのだ。
「だって、私がいる部屋はロビーに接しているんだよ?」
つまり東南西北のうちの部屋のどれかに彼女は隠れているわけだ。
東と南は試練の部屋であった。
そしてもう一つ試練の部屋があるはずなので、残った方角の部屋に彼女は隠れているのだろう。
「なるほどね、じゃあ簡単だ」
こんな消去法で見つかる場所に隠れることをかくれんぼと形容するのもどうかと思うが……
「というわけで、最後の試練頑張ってね。応援してるよ!」
グースは快活そうな声でそう言った。
彼女の言った通り最後の試練である。
彼女の口ぶりから分かる通り、多分西と北どちらの部屋を選んでも、中にはグースではなく試練が待っているのだろう。
その辺は、うまいこと3つの試練を乗り越えた先でグースの隠れる部屋にたどり着けるように彼女が操作しているのだと思う。
だから僕は特に悩むこともなく、西の扉を開けることにした。
東、南と来たら西じゃないといけない気がしたのだ。
僕もライラのことをとやかく言えたもんじゃない……
「若葉、私のこと見つけられるかな?」
私は天井を見上げながら、考える。
彼は、今まで会った人間達とは全く異なる性格をしていた。
大抵、人間というのは私の力を欲しがって媚びを売るか、私の力を恐れて下手に出るか、私を罵倒するかのどれかだった。
長い間現世を渡り歩いてきたけど、それ以外に当てはまる奴は今まで見たことがなかった。
私は人間にとって便利な道具ぐらいでしかないのだろう。
今まで私に媚びていた契約者も、自分の目的が達成されれば私を容赦なく打ち捨てる。
ひどい人だと、散々私の力を利用した後、私をヴァチカンに売って儲けようとした契約者までいた。
初めのうちは、人間はこんなのばかりじゃないと、めげずに頑張れた。
だが人間と契約するたびに、私は人間の欲深さと薄汚さを見せつけられるのだ。そして傷つけられるのだ。
私は、人間と契約を結ぶことが嫌になった。
いつしか、傷つくことを恐れた私は幻影世界を改造して、その最深部に自分自身を閉じ込めるようになった。
表面的には狂人を装って、人間たちから逃げ続けた。
幸い、私は魔導書として強いほうらしく契約者なしでもどうにか生きてこれた。
ヴァチカンの連中も、幻影世界に引きずり込むことで対処した。
私はそうやってずっと一人で生きてきた。
ただ、長い時を無意味に生き続けていた。
そうしているうちに、私は孤独が恐ろしくなっていった。
自分から人を拒絶したのにひどい矛盾だと我ながら思う。
でも、私は寂しかったんだ。
本当はよき理解者とともに、笑いあって過ごしたかったんだ。
こんな暗くて狭い幻影世界の最深部にこもっていたいわけじゃないんだ……
妹は、そんな私の矛盾した感情を理解して長い間一緒にいてくれた。
だが、妹はうまく世渡りをしているらしく、契約者を得て楽しそうに暮らしていた。
姉がそれを邪魔するわけにはいかないと思い、私はこの町に来たんだ。
この町はなぜか『火の鳥』や『焚書官』、『法の書』、挙句の果てに『蒐集』まで魔導書絡みの連中がそろい踏みだった。
私はこの異常な町に期待をしていた。
こんなに魔導書の関係者が集まっているのならば、もしかすれば、もしかして、私の孤独を癒して、本当の私を見つけ出してくれる存在がいるのではないか?
だから若葉に会ったとき、私はすごく喜んだ。
彼の心は今までの欲深な人間どもとは違い、澄んでいた。
彼のような善良な人間なら私を理解してともに笑いあってくれるかもしれない!
彼が『蒐集』の契約者であることなんて関係ない。
私は彼を幻影世界に呼ぶことにした。
多分この選択は間違いではないのだろう。
『蒐集』は彼に契約者以上の思いを寄せているのか、先ほどから怒り狂いながら私を攻撃している。
それは彼が『蒐集』にとってよき理解者であることを示しているんだと私は思った。
ますます私の期待は高まっていく。
だが、自分から幻影世界の罠を緩めることはできなかった。
鍵を緩めようとすれば、私の頭の中で「どうせまた裏切られる」という言葉が笑い声と一緒に響く。
自らこの部屋を出ていくこともできなかった。
内側から扉を開けようとすれば、私の手足が震える。
「どうか、どうか私を見つけて……」
身勝手に私は祈った。
彼がここまで来てくれたのなら、彼の善良さを信じて全てを打ち明けられる気がするのだ。
たとえ、彼が『蒐集』を優先するのだと頭でわかっていても、私は彼の良心にすがるのだ。
私は暗い部屋の中で天井を見上げながら、祈った。




