魔導書との歓談
ライラがエルさんを『蒐集』した。
充さんの拘束も解除したようで、彼がこっちに向かって歩み始めた。
「何をするつもりだろう」と僕らが身構えていると、突然彼は倒れたのであった。
「だ、大丈夫ですか?」
今まで敵だったとはいえ、魔導書の居ない今、彼はただの一般人である。
思わず僕は駆け寄って、救急車を呼ぼうとした。
だが、ライラの声がそれを阻んだ。
「必要ないわよ。ただの記憶の混濁が原因の昏倒だから、そのうち目を覚ましてエルと会う前の生活に戻るわよ」
彼女は医者でもないのに、流ちょうにこの現象を説明する。
「記憶の混濁だって? なんだってそんなことが起こるのさ?」
「私が『法の書』を蒐集したということは、あれがやらかしたことは全て架空のものであったことになるのよ。ほら、公園もきれいに元通りになってるでしょ?」
彼女の言う通り、ゴーレムが僕を投げつけた壁も彼らが破壊しつくした遊具も何もかもが戦闘前の状態に戻っていた。
「その一環で、彼のエルさんに関する記憶が消えたからぶっ倒れたってことでいいのかい?」
「ええ、魔導書に関しての知識がきれいに消えたわ。これで彼は元に戻るわよ、元にね」
どういうことだろうか?
僕が首をかしげているのを見た彼女は少しあきれたように言った。
「気づいてなかったの? 彼は似非純情ビッチに本来の性格を封印されてたのよ。見ればわかるでしょ」
男子高校生にどんな観察眼を求めているのだ……
「大体、魔導書のほうが主体になっているのなんてどう考えてもおかしいでしょ」
ライラ以外に出会った初めての魔導書だから、ただ単に充さんは消極的な人なのだろうと思っていたが、そういうことだったのか
「しっかし、案外簡単に蒐集できたわね」
簡単だったであろうか?
僕は、ゴーレム相手に苦戦していた記憶しかなかったのだが……
「一応、負けてもすぐに逃げられるように火打ち箱製『絶対逃げる君ω』を用意してたけど使わなくてよかったし」
また安直なネーミングである。
もう少し火とひねり加えてもいいのではないだろうか?
「そういうことは先に言っておくべきじゃないかな?」
「使ったら、甘ったれの若葉は安心してすぐ窮地に陥るでしょうが!」
そういわれると僕は何も言い返せない。
なので、話をすり替えるついでにライラがエルさんたちに使っていた呪文が何なのか聞いてみる。
すると、彼女はありふれた事実を述べるように僕に言った。
「あれは、私の特権の一つよ。戦力にならない代わりに『蒐集』補助のために与えられている私の切り札よ」
「そういうの先言ってくれないかな!?」
「乙女は秘密と杏仁豆腐でできてるんだから文句言うんじゃないわよ!」
ひどい言い分である……
というか、乙女とは杏仁豆腐で構成されているものなのか?
「ともかく、私は特別にその辺の浮遊精霊を操ることができるようになってるのよ!」
だから、あんな変なだるまさんが転んだが成立したわけだ。
「『火の鳥』とかは周りに結界を張ってくれるおかげで、浮遊精霊が入ってこれなくて使えないんだけどね」
結構致命的な欠陥を持つ能力である……
「まぁ、なんにせよ。無事解決したからいいじゃない?」
「そうだけどさ…… エルさんのほうは大丈夫なの? あんなにライラに命乞いしてたけど」
あんなに余裕をかましていた割に簡単に誇りを捨てていたし、かませ犬や小物キャラの典型であった彼女だが、僕はどうにも憎み切れず心配してしまった。
「あれは、『牢獄』に入るのがどうしてもいやだったのよ。あいつったら、昔一度あそこに入って以来トラウマになってるらしいわ。」
「『牢獄』? なんだいそれは?」
「私は『蒐集』した魔導書の脅威度に応じて、そいつの住居や待遇を変えるのよ。その中のランクの一つが『牢獄』よ。このランクだと環境が劣悪だし、拷問とか折檻とかも定期的にあるから、あいつがあんなに嫌がったのよ」
さらっと『蒐集』がおぞましい待遇であることが彼女の口から語られた。
これは、エルさんに同情を禁じ得ない……
「なるほどね、そのランクで蒐集されることが嫌だったわけか」
「そうよ。だったらそれを行動で示せばいいのに、魔導書っていうのは破天荒な奴ばっかだから、それより私を殺したほうが早いって考えるわけだけど……」
珍しく彼女が正論を唱えている。
しかし、これからもそんなヒャッハーな魔導書が襲ってくると思うと少し憂鬱である……
「そういえばほかにどんなランクがあるんだい?」
「好待遇順に、『王城』『市街』『牢獄』『煉獄』『地獄』ね。 下に行けば行くほど、セキュリティも厳重なんだけど地獄に落とさないといけないのはごく少数よ」
『牢獄』の劣悪な環境で第3階級なのか……
「全く、牢獄如きで何を嫌がってるのかしらね?」
「如きで済ませられるレベルの待遇じゃないと思うよ……」
「何でよ? せいぜい梨を咥えるか、牛の中に入るぐらいの拷問を受けるだけなのよ?」
「一応確認するけど、食品の梨と牛を言ってるんだよね?」
「え?」
彼女はキョトンと首をかしげた。
「え?」
沈黙が公園を支配する。
「とりあえず帰ろうか、無事勝ったんだしね」
僕は何も聞かなかったことにして、彼女に帰宅を提案する。
「そうね! 若葉711マート寄るわよ! 勝った記念にとろける濃厚杏仁買わなきゃ!」
いつの間にか、勝利記念に高級杏仁を買わされる羽目になっていた……
まぁ高級と言っても税抜き140円なのだが。
そう言って、僕らは家路についた。
「少年よ、大丈夫か?」
私は、██公園で倒れていた彼に声をかける。
「はい。なんとか……」
彼はそう言って起き上がる。
「どうしてこんなところで倒れていたんだ?」
私は、彼に尋ねた。
「それが、分からないんです。交通事故で亡くなった妹の葬式の帰り道だったことは覚えているんですが……」
「そうか、すまないね。悪いことを聞いたな」
「いや、僕が倒れていたんですから、質問するのは仕方がないですよ」
「そう言ってくれるとありがたいよ。私は仕事があるからついていけないけど、後でしっかり病院に行くんだぞ?」
「はい、こちらこそありがとうございました」
そう言って私は彼と別れようとした時、私の鼻に忌々しい匂いが香ってきた。
その匂いは彼から放たれているようだ。
さほど強いものではなく、彼の安否を気にしていた私は今まで気づかなかったようだ。
多分奴らの残り香であるだろうが、念のために私は質問する。
「最後に一つだけ、君は魔導書というものを知っているかい?」
「グリモアですか? すいません、ちょっとわからないです」
嘘を言っているわけではなさそうだった。
やはり彼は奴らの契約者ではなく、巻き込まれた側の被害者であろう。私と一緒だ。
「呼び止めてすまないな。体に気を付けるんだぞ!」
「はい、ありがとうございました! お姉さんもお元気で!」
そう言って彼は公園を出ていく。
一体この公園で何が起こったのだろうか?
本部から突然ここに奴らの巨大な反応が2つも現れたというから、急いできたのだが……
公園には何一つ被害はなさそうで、周囲にも何かが壊された形跡は見つからない。
本部のレーダーの故障を疑うほど、平和な公園そのものであった。
実際、それが現段階の有力説である。
だが先ほどここで少年が倒れていたのだ。
私には彼と巨大な反応が無関係であるとは思えない。
そう思い、私は部下たちに彼の身辺調査と公園の鑑定を命じた。
作中で出てきた梨と牛は苦悩の梨とファラリスの雄牛という有名な拷問器具です。作者は好きです。あと、エクセター公の娘も好きです。




