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魔導書ライラと集めましょう?  作者: 十六夜の懐中時計
第一章『法の書』を集めましょう?
17/63

魔導書との諦念

切るところが分からなくて文字数多めです。

 ようやく家にたどり着き、遅まきながらライラと共にアフタヌーンティーと洒落込んだ。

 僕はシュークリーム、ライラは例のとろける杏仁を心行くままに堪能する。

「さぁて、どこから濃厚杏仁ちゃんはどこから食べてほしいのかしら? ここは敢えて、手前の方を集中的に責めてあげようかしら?」

 ウフフと笑いながら、杏仁豆腐に対峙するライラ。

 セリフからそこはかとなく卑猥な香りがするのは気のせいであろうか。

 僕は本と杏仁豆腐の百合成年向け合同誌なんて見たくない……

 だがこのモードに入った彼女を止められる者はいない。

 僕はあきらめて、シュークリームの包装紙を捨てて自分の部屋に戻った。

 その間もライラは杏仁豆腐との会話にいそしんでいた……


 部屋のソファーに寝ころびながら、火の鳥との闘いを振り返る。

 頭の中で、もしあの時██していたら、もしあんな風に██していたら、さまざまなIFが駆け巡る。

 いつの間にか、足が震えていた。

 いつしか、全身に鳥肌が立っていた。

 体中が謎の寒気に襲われていた。

 あの戦いは生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。

 今まで平穏という名のぬるま湯につかっていた僕の精神は、戦場という名の死地に順応などできるはずもなかった。

 先刻、死の恐怖に、その責任感に押しつぶされそうなライラへ僕は発破をかけるなどと嘯いていた。

 あの時はまだ興奮していて、死が間近に迫っていることを近くしていなかったのだ。

 あの時はまだ、この恐怖を知らずにいられたのだ。

 死というものが現実味を帯びて襲ってきたのだ。

「どうして、どうして? どうして僕なんだ? 何でこんなことに巻き込まれなくちゃいけないんだ?」

 その問いに答える者はいなかった。


 妹には具合が悪いと伝えて、僕は部屋にこもり続けた。

 今の僕の顔は多分ひどいものであろうから。

「兄さん、晩御飯ここに置いておくよ。何があったかわからないけど、元気出しなよ。ライラちゃんも心配してたよ?」

 もはや、それに返事をする気力も僕にはなかった。

 今僕の中にあるのは無力感、厭世観、自己嫌悪だけだ。

 僕だって主人公にあこがれたことは何度もあるけど、そんなの絶対無理なのだ。

 僕には、小説の主人公のような頭の良さも意志の強さも粘り強さも辛抱さも、何一つありはしない。

 そこにあるのは空虚な英雄願望だけである。

 僕のような平凡な高校生が死の恐怖に打ち克ち、物語を進めることなどはあり得ないのだ。

 僕のような人間はいっそのこと道化として生きたほうがいいかもしれない。

 ここから先は気のふれた人間として生きていくのが、無様な僕にはお似合いであろう。


 カチャッ ギィーバタン

「何こんな部屋で腐ってるのよ、若葉! 童貞の一夜干しにでもなるつもり?」

「それもいいかもしれないね。無様で滑稽で何より道化らしくて僕にふさわしいと思うよ」

 もはや独り言のように、僕は彼女に告げた。

「何言ってるのよ? 若葉ったら本当に大丈夫?」

 心配そうに彼女は僕を見つめている。

「至って普通だよ。ほらいつも通りじゃないか?」

「どう考えてもおかしいでしょ? いつもならすぐに突っ込んできたり露骨にいやそうな顔をするもの」

「別にどうってことはないよ。ただ単に僕は主人公じゃなくて、道化であってちっぽけな虫けらだということを自覚しただけだから」

 そんな僕の自重めいた言葉に彼女は押し黙る。

 そのまま僕に失望して、誰か別の契約者を探してくれ。

 世の中には人間などごまんといるのだから、どうにかなるだろう。

 僕には無理なんだよ……


「若葉、私を殴りなさい! 力強く!」

 突然ライラが叫んだ。

「ちょ、ちょっと待って! 急に何を言い出すんだ」

 彼女の突然の殴れ宣言に思わず僕は慌てた。

「だって、若葉を巻き込んだのはこの私なのだからそのけじめぐらいはつけなきゃ。若葉は、私に巻き込まれたからいじけてるわけだしね。ただし、殴ったらいつもの若葉に戻りなさい!」

「別に僕は君に巻き込まれたことを恨んでいるんじゃない。僕は気づいただけなんだよ。僕は小説の主人公のようにはなれないって。ただの道化なんだって」

「あら、違ったのね。でもどうして若葉はそう決めつけるのよ?」

「だって考えてごらんよ? 小説で主人公が死の恐怖におびえて、部屋の外からすら出たくなくなる話なんてあるかい? しかも一回戦っただけでだよ?」

「さっきから主人公、主人公ってこだわってるけどね。若葉は主人公じゃなきゃいけないの?」

「こんな非日常や命の危険と隣り合わせの状況で生活できる奴なんてそれぐらいしかいないじゃないか! 僕にはそんなことはできないよ!」

「さっきからガタガタうっさいわ! 小説なんて架空のものじゃない。結局のところ若葉はいま自信がなくて怖気づいているってこと?」

「そうさ! 一回現実的な死に直面しただけで怖気づいた臆病者さ。僕なんかにできることは何もないんだよ」

「そんなこと知ってるわよ!」

「だったらもうあきらめて他の契約者を探してきてよ。きっと何処かに不屈の心を持った素晴らしい人がいるはずだよ」

「いやよ! いもしない人間を探したって時間の無駄だわ!」

「なんでいないって決めつけるんだい?」

「逆に若葉は何でいるって決めつけるのよ? ここは現実よ? 超人高校生も不屈の心を持った主人公も全て妄想の産物よ! そんなものと自分を比較したって意味はないでしょ」

「だって、あんな死の恐怖を目の当たりにしながら自らの道を切り拓くなんて、妄想の産物じゃなきゃできないよ!」

「何言ってるのよ? 若葉はもうできてるじゃない? 今、若葉が『火の鳥』の胃の中じゃなくて、ここに存在してるのがいい証拠でしょ」

 そんな都合のいい解釈はできない……

「今回は偶然だって、君もそういってたじゃないか」

「知ってる? 偶然って書いて明日の普通って読むのよ。だから自信を持って誇りなさい。『僕は火の鳥を倒したんだ!』って」

「僕が倒したわけじゃない! 君の力じゃないか」

「私一人で倒せるわけないじゃない、詠唱中に食われるのが目に見えるもの」

 そう言われて少し、希望が見えた気がした。

 だが、自信がついたところで僕はどうにもならないのだ。

 僕の中に救う死への恐怖は消えないのだ。

「次は死ぬかもしれないんだ!」

 思わず言ってしまった。

「じゃあ、若葉は道路も歩けないわね。交通事故で死んじゃうもの。もしくは運悪く飛行機が墜落してくるかもね」

 彼女は何気ないように言った。

「大体、死ぬことを考えたって意味ないわよ。どうせ最後にはみんな死ぬんだから」

「そんなの逃げじゃないか!」

「そうよ? 死の恐怖と向き合える人間なんてそれこそ覚者ぐらいなものでしょ?」

「でも、あんなに強烈なものから目をそらせることなんてできないよ」

「だったらずっと希望の光を見つめていればいいのよ」

「そんなもの僕にあるわけないじゃないか……」

 だから僕はいま自暴自棄に陥っているのだ。

「この私に選ばれた契約者なのよ。それだけで自信になるじゃない? この私がずっとそばにいるのよ? 何が不安なのよ」

 結構不安なのだが。

 主に生活面とか残念なところが......

「大体ねぇ! なんで、また死の危機が来る前提なのよ!」

 エルさんとかカレンさんとか不穏分子が多すぎると思うのだが……

「そんなのは、来た時考えておけばいいの! 今はそれが来ないように考えるのが仕事でしょ!」

 そう言われてみれば、僕は自らすすんで悲観的になっていた気がする。

「あんたは、この私の契約者なのよ! 卑下なんてしないでよ! 私の格まで下がるでしょ?」

 確かに僕一人では何もできない。

 でもそれは皆同じだということを思い出した。

 ライラだって今は気丈に振舞っているが、あの時は不安に押しつぶされていた。

 主人公のようにずっと前向きにひたむきに物事に直面できる奴などいないのだ。

 僕は自らの作り出した英雄の虚像に押しつぶされていたのだ。

 僕は英雄になる必要などないのだ。

「そうだね。僕までクヨクヨしていたら、ライラがまた責任を感じてしおらしい女の子になっちゃうところだったよ。励ましてくれてありがとう、ライラ」

 立ち直るきっかけをくれたお礼とぼろくそに言われた意趣返しを込めて僕はそう言った。

「あ、あの時のことは忘れなさい! あれは、そ、そのちょっとおなかの調子が良くなっただけなんだから!」

 彼女は赤面していた。

「まぁ、やっぱり若葉は笑っているほうがいいわ。これからも笑い続けていなさいよ?」

 彼女は微笑みながら僕に向かっていった。

「そうさせてもらうよ。でも。そういうきみこそ笑みを絶やさないでね。しおらしい君はかわいいけれど、見ると体中がかゆくなるんだ」

「ちょっとそれは言いすぎじゃない?」

「そうかな?」

「そうよ! そこは欲情しちゃうからとか、そういう理由にしときなさいよ!」

「ありえないね!」

「言ったわね! この童貞」

 そんな調子で言い争いを続け、最後には二人で笑いあった。

 いつの間にか夜の帳が降りていた。

 美しい月光が窓からさしこんで、ライラの美しい髪に装飾を施していた。

「これからどうなるのかな?」

 半ば独り言のように僕はつぶやいた。

「さぁね? でも、ひとつだけ確実に言えることがあるわよ? 若葉もわかってるわよね?」

 彼女は僕に問い返してきた。

「もちろん! あれだよね?」

 僕は確信をもって答える

「そうよ! あれよ!」

 僕たちは二人で息を揃えて言った。

「「なんとかなる(ケ・セラ・セラ)!!」」


レヴューを一件いただきました!

ありがとうございます!

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