魔導書との平穏
先ほどもらった剣を携え、我が家の扉をくぐる。
今日はもう家から出たくない。
「杏仁豆腐ー♪ 杏仁豆腐ー♪ 豪華に優雅に杏仁豆腐ー♪」
この時ばかりはライラの能天気さがうらやましい。
とりあえず貰った剣を玄関に置き、ライラと共ににうがい手洗いをして、部屋着に着替える
「若葉ー! 早く早くー!」
ライラは少しの時間も辛抱できないようで、ウズウズしながら僕に杏仁豆腐を催促してくる。
僕が冷蔵庫から2パック杏仁豆腐を出しただけで、彼女は「おお!」だの「きゃー!」だの歓声を上げていた。
スプーンと共に杏仁豆腐を彼女に渡したときの顔は表情筋が全て麻痺したような顔であった。
口からは涎をたらし、目はらんらんと輝いている。
「ウヘヘヘ」
挙句の果てに、彼女は気持ちの悪い笑い声をあげていた。
傍から見たら完全に薬物中毒者である……
彼女がヤクをキメている間に、学校の課題を済ませる。
彼女は3分以上口を閉じていると死んでしまう病を患っているからである。
幸いにも、あの患者は杏仁豆腐を味わうために1パック食べるために45分ほど時間をかけるので、その間に課題を終わらせることは容易である。
自称進学校の課題などたかが知れているのだ。
「んむぅー はぁー」
課題を片付けた僕は、ベッドでストレッチをしていた。
最近スマホの使い過ぎのせいで、ストレートネック気味なのだ。
それに加えて、今までの怒涛のイベントラッシュ。
溜まった疲労を軽減するため、僕は念入りに体を伸ばす。
「若葉! 暇だからこっちに来てー!」
こうして僕の個人的な時間は終了した……
「退屈だし、なんか話したい気分だから私に質問しなさい、若葉!」
勧誘系でも疑問形でもなく、命令形で言ってくる所はさすがライラとしか言いようがない。
「そんなこと急に言われても困るんだけど……」
「何とかするのが若葉の務めでしょうが!」
ついにどこぞの暴君のようなことを言い始めた……
「えぇ…… あ、そうだ。どうしてエルさんと出会った時にすぐに彼女を蒐集しなかったんだい? やっぱり蒐集にも条件があるのかい?」
「そりゃあ、こっちが丸腰なのに、契約者のいる魔導書なんかどうすればいいのかわからなかったからよ」
ごもっともである。
「大体、契約者のいる魔導書なんて今まで30冊に1冊いるかいないか位だったのよ? まさか蒐集した魔導書がいない初期の段階で、そんなのと出会うとは思うわけないじゃない!」
僕もなかなか不幸だと思う。
単純計算で外れが3%のガチャで外れを単発で引くようなものである。
「まずは契約者のいない魔導書を探しに行くしかなさそうだね」
「それが、無理なのよ……」
「ん? どういうことだい? それが許されなかったら僕は犬死確定なんだけども」
「因果律のルールでね、どんな人間でも2種類以上の魔導書と同時に出会うことはないのよ。これは絶対よ、覆すことは不可能だわ。このルールは一種の安全装置として設定されてるの、だって複数の魔導書に襲われたら契約者だろうと誰であろうと対処なんてできるはずないもの」
確かに、一冊でさえ恐ろしい魔導書が足並みをそれて襲ってきたら……
想像した瞬間、筆舌に尽くしがたい恐怖が僕を襲った。
「それが適用されるから、エルを私の中に蒐集するか彼女がヴァチカンに壊されるまでは他の魔導書と出会うことはできないのよ」
「じゃあなんで僕は、君と出会っているのにエルさんとも出会えたんだい?」
派手にルールが覆てしまっている気がするのだが。
「私はカウントに入らないわよ! 私にまで適用したら、どうやって魔導書を蒐集するのよ」
確かに、どんなに頑張っても蒐集対象に会えなかったら何の意味もない。
「あと、例外に禁書もいるけどそれはまぁいいでしょ。あとは蒐集の条件だっけ?」
「それが分かんなくちゃ僕も魔導書相手にどう動けば良いのかわからないからね……」
「随分やる気じゃない! 遂に私の魅力に気付いて、思わず全てを捧げたくなり始めたの?」
遂に身の危険を感じて、思わず焦り始めただけである。
「そんなわけないだろう? それより条件を教えてよ」
「こんな美少女相手に素っ気ないわねー 質問ばっかで疲れちゃうわ。仕方がないから教えてあげるけどー」
ライラが「私に質問しろ」と迫ってきたのではないか……
「蒐集の方法は至って単純よ。相手の同意関係なく、10秒間ずっと私が相手のどこかを触り続けていれば成立するわ。途中で手を放したらやり直しだけどね」
結構シンプルで助かった。
これが『トカゲの粉とセージと月桂樹を、収集する魔導書に三日三晩月光のもとで、浴びせ続ける』とかだったら僕の人生は終了していた。
「だから、不意打ちで触手で縛って蒐集とか昔はよくやってたわよ」
魔導書が触手に縛られる姿は色々危ない気がする……
「まぁそういうことだからそんなに気負わなくて良いと思うわよ」
「そうかな。結構大変そうだけど」
「大丈夫よ! 前も言ったでしょ? なんとかなるわよ」
さすがに楽観が過ぎると思うのだが……
「とりあえず、もう寝ましょうよ。私もう眠いしー」
時計の針はは午後5時30分を指している
早寝早起きの高齢者でもまだ起きている時間だ
「まだ、晩御飯も食べてないでしょ。僕だって眠たいんだから我慢して」
「えー」
本当に自由な魔導書である。
先ほどの話からも分かったが、この平穏はつかの間のものであろう。
しかし、ちょっとアホで残念なライラの世話をする時間が楽しいのだ。
少しでも長くこの平穏が続いてほしいものである。
「そういえば、置きっぱなしだったな。部屋にもっていかなきゃ」
少し感傷に浸っていた僕は玄関に置いたままであった剣を部屋に持ち運ぶ。
その刀身は夕陽に染まって紅く燃え上がるように輝いていた。




