第85話:2人の過去 前編
2人の出会いは幼稚園の入学式だった。
席が隣同士になった亮太と絵梨は自然と仲良くなっていき、お互いが近くに住んでいることを知った。
小学生になっても仲の良い友達、親友だった。
そして、中学生。
2人とも幼稚園、小学校のように仲良く、親友として2人で遊びに行ったりしていた。
しかし、2人はもう中学生。恋に目覚めてもいい時期である。
2人とも、相手のことが気になっていながらも、『好き』という感情に気づかないまま月日は流れていった。
これから話すのはそんな2人が喧嘩別れし、疎遠になってしまった出来事についてである。
□□□
中三の6月。
中総体に向けて、部活動生たちは必死に練習している頃である。
「りょーくん、おはよう」
「おはよう、絵梨」
部活でも亮太がサッカー部、絵梨がサッカー部のマネージャー。さらに教室で席が隣の2人は、休み時間などもよく会話していた。
「りょーくん、そのスパイクまだ使ってるの⁉︎」
絵梨は驚いた。なぜなら、絵梨が中一の頃に亮太に誕生日プレゼントとしてプレゼントしたスパイクを未だに使っていたからだ。
「まだ使えるだろ。ほら、ちゃんと綺麗に手入れしてるんだぞ」
たしかに2年ほど使っているにしては綺麗だ。だが、やはりボロい。
「でも、それは捨てて新しいの買ったらどう?」
大切にしてくれているのはありがたい。だが、絵梨もそこまでして使ってくれなくてもと思っていた。
「絵梨が初めてプレゼントしてくれたものだろ。それに、プレゼントした本人がそれはもうボロいから捨てればっていうのはおかしくないか?」
「うーん。おかしいのかもしれないけど、私はそんなに無理してまで使わなくてもいいと思うわ」
「そうかぁ……」
残念そうにスパイクを見つめる亮太。
「結構お気に入りだったんだけどなぁ……」
そんなに言われては、絵梨の方を申し訳なくなってくる。
「ご、ごめんね。気に入ってくれてるのはホントに嬉しいけど…………あっ、そうだ!今度の土曜日に部活が終わってから、スパイク買いに行くのはどお?」
「買いに行くって、俺、金欠」
「大丈夫よ。亮太の誕生日は6月だけど、一ヶ月早めてスパイクをプレゼントとして買ってあげる♪」
「ホントか!」
「うん。一緒についてきて、好きなの選んでね」
そう言い終えて、絵梨が何気なく立ち上がった。
すると、絵梨はふらっとぐらつきバランスを崩し、危うく机の角に頭がぶつかるところだった。だが、亮太が支えてくれたおかげで頭をぶつけることだけはまぬがれた。
「ありがとう」
「大丈夫か、保健室で休んだらどうだ?」
「大丈夫、ちょっと立ちくらみしただけだし、時々こういうことあるから」
そして、あの悲劇は2人でスパイクを買いに行く前日に起こった。
放課後、亮太はいつものように三階の教室を出て、サッカー部室に向かっていたところ、絵梨に出会ったのだ。
「絵梨、お前先に行ったんじゃなかったのか?」
「行ったけど、ホラ、うちの部室にあるスポーツ飲料とか氷とか入れる冷蔵庫、壊れてるでしょ」
「壊れてるな」
「だから、三階の調理室の冷蔵庫に入れさせてもらってたの」
絵梨が両手で抱えているボックスにはサッカー部員一人一人のスポーツドリンクが入っている。
「重いだろ、持とうか?」
「大丈夫。これが私の仕事だし」
「そ、そうか…」
重たそうに持っている姿に心配しながらも、亮太は絵梨の気持ちを優先させた。
だが、その結果、大変な事態を起こしてしまう。
三階から二階に降りる階段を下ろうとしたとき、絵梨はふらっとぐらついた。自分の足で踏みとどまろうとしたが、スポーツドリンクのカゴの重さのせいでさらに階段の下の方へ自分の体は傾いていく。
(もうダメだ……私、大怪我しちゃうんだろうな………)
そのとき、
「危ない‼︎」
/ドンッ、ガラガラガシャン‼︎/
ものすごい音を立て、絵梨は階段を転げ落ちる筈だった。だが、あまり痛くなく、床も暖かくて少し柔らかい。よく分からないが、助かったのだと絵梨は思っていた。
しかし、実際には亮太が絵梨の下敷きになり、絵梨をかばったのだった。
絵梨が怖くて瞑っていた目を開くと、目の前に亮太の顔があったのだ。
「り、りょーくん⁉︎」
「痛ててててっ‼︎ 大丈夫か、絵梨?」
「うん、りょーくんのおかげで。それよりもりょーくんは?」
「俺もだ…い…じ…ょ…う…ぶ……と、言いたい……ところだけど……痛すぎる‼︎」
強がろうとした亮太だったが、あまりの痛さに叫びだしそうになってしまった。
「ちょっと待ってて、私、先生呼んでくるから‼︎」
その後、亮太は病院へ運ばれ、背骨圧迫骨折と診断された。
診断結果を知らされた亮太は落胆を隠しきれなかった。これまでサッカーを頑張っていき、中総体メンバーにも入っていたのにその目前でこの怪我だ。
安静が絶対のため、少しの間入院することになった。
その日のうちにサッカー部のメンバーが亮太のお見舞いに来てくれた。
「おい、だいじょうぶなのか亮太」
「お前がいないとなぁ」
「ベストメンバーだったのにな」
皆が亮太同様に落ち込んでいた。
「そういえば、絵梨の姿が見えないが……」
部員も監督も顧問の先生も見舞いに来てるというのに、マネージャーの絵梨の姿がなかった。
「なんでだろうな、部員が怪我したってのに薄情なやつだな」
他の皆には亮太が絵梨をかばって怪我したことも黙っているので、皆は絵梨がなぜ来れないか分からない。だが、亮太には分かる。絵梨は亮太に怪我させてしまったことを気にしているのだ。
(ほんとなら、絵梨と1番話したいんだが……)
サッカー部の皆が帰ってから、亮太は絵梨へメールを送った。
【あんまし、気にすんなよ。お前は何も悪くないんだから】
それへの返信は【うん】だけだった。
それから数日後。
亮太は一日中ベットに横になり、窓の外の風景を眺めていた。
明日は中総体だ。残念ながら出場はできなかったが、亮太は外へは出れないものの、ベットの上から仲間を応援するつもりだ。
幸い中総体期間中は梅雨入りはしないらしく、天候にも恵まれそうだった。
「にしても、風景をボーッと見るのも悪くないな」
夕暮れ時になると、街が茜色に染まっていき、とても綺麗な景色が広がっていた。
亮太の病室にも茜色の夕日が差し込み、真っ白で味気のなかった壁紙は空や街の色と同じく茜色に塗り直された。
/トントン/
夕日に見とれていると、病室の扉をノックする音がした。誰だろうか、夕食の時間にしては少し早い。
亮太は「入ってどうぞ」というと、ドアが開かれた。
扉が開かれ、1人の少女が入ってくる。
少し長めのボブヘア。サラサラしたツヤのある黒髪だ。
パッチリとした目でありながら、幼さをあまり感じさせず、しっかりした子という印象がある。
紛れもなくこの少女は美少女だ。
亮太もなんとなくだが、この少女にそういう感情を持ち始めていた。
「あっ、絵梨‼︎」
来客の正体は絵梨であった。
「絵梨、俺、お前とちゃんと話したかったんだ!」
「ごめん…ごめんね」
絵梨はごめんとだけ言い、見舞いの花と封筒に入った手紙だけを置いて帰って行ってしまった。
まだ、亮太に怪我をさせてしまったと後悔しているようだった。
(なんだよあいつ。俺は絵梨のせいなんて思ってないってのに)
絵梨が1人で抱え込むのを防ぐために、一度2人で話そうとしていたのだが、絵梨は完全に亮太を避けてる。
普段はしっかりしていて、頼りになる絵梨だが、今回はまるで別人だった。




