第70話:バド勝負
俺は今、体育館前に来ている。体育の授業や集会などではしょっちゅう来ているが、部活でくるのは随分と久しぶりだ。
中に入るとみんな一生懸命練習している懐かしい光景があった。
「あっ、ルナ! 来てくれたんだ‼︎」
俺が来たのをすぐに察知した明里は駆け寄ってきた。
「採寸は終わったの?」
「うん、いまさっき終わったとこ」
「そっか。ーーそうだ!練習が終わるまでまだ30分くらいあるからルナも久しぶりにやろうよ!」
「それはいいけど、ーーーたぶん下手くそだよ?」
「仕方ないよ。とうぶん来てなかったんだし…」
というわけで、久しぶりにバドをやることになった。
「じゃあ行くよ!」
明里がサーブを打ち上げた。それに応じて、俺は自然にコートの後ろへ軽いステップで移動した。
女になって間もない頃、初めてバドをやった時も、初心者にしてはかなり上手くできていた。というか、手慣れていた感じだった。俺が男の頃は一度もバドミントンをしたことがないのに…。
ーーいったい俺は何処に行って、いまの俺はいったい何なのだろうか……
全く辻褄の合わない、謎だらけの暗い霧が俺の心を覆っていた。
「イテテッ‼︎」
シャトルが脳天に落ちて、俺は意識を現実に戻した。
「ちょっとルナ? ボーッとしてたけど大丈夫??」
「ごめんごめん! 少し考え事してただけ…」
「もう…ちゃんと集中してよね!じゃあ、今度はルナがサーブしてみなよ‼︎」
「分かった。いくよ、それっ‼︎」
スカぶることなく、上手くサーブを打つことができた。
(今は難しいことを考えるのはやめよう。それよりも、目の前にある楽しいことを思いっきりに楽しんだ方がいいはずだ。)
【20ー20】(明里対ルナ)
なかなかの白熱した試合になってしまった。俺自身、明里には本気で試合すると負けると思っていたのだ。だが、俺の実力もなかなかのものらしく、毎日欠かさず練習し、女子バド部のなかでエースにもなっている明里と互角の勝負を繰り広げていた。
「ルナ、やるわね」
「うん、こっちもびっくりしてるとこだよ」
通常は21点ゲームなのだが、お互いが20点だとデュースと言って、2点差をつけるまでは勝負は決まらないのだ。
【20ー21】
【21ー21】
【22ー21】
【22ー22】
【22ー23】
そして、いよいよ勝負が決まる時が‼︎
リードしているのは俺。あと1点取ればこっちの勝ちだ。
まずはサーブを打ち上げる。ここからだ。明里はそのサーブをどう返してくるのか?
このゲームの間に明里はスマッシュが得意なことはだいたいわかった。となれば、いきなりスマッシュを決めてくるかもしれない。対してこちらはスマッシュは苦手。スマッシュを打とうとしても、少し強めのドロップになってしまう。なので、コートの四隅に打ったりして、明里をたくさん動かして勝っていくしかない。
「ルナ、いくわよ!」
強烈なスマッシュが俺の左側を通り過ぎようとした。だが、これを止めなければまた振り出しに戻ってしまう。
「バックでスマッシュ打ち返すのは苦手なんだけど…」
苦手なバックでどうにか強烈スマッシュを打ち返した。その後も数回のスマッシュが連続で俺を襲う。だが、こちらもひたすらに粘り強く打ち返した。そして、チャンスはきた!
明里は連続のスマッシュに体力を消耗してしまったのだ。さらには少しバランスも崩し、ひょろひょろしたシャトルがこちらにきた。
「討ち取ったり!」
俺はそれを容赦なく、明里のコートに打ち付けた。
結果…
【22ー24】
「やった!勝った‼︎」
「すごいねルナ。久しぶりなのにこんなに強いなんて」
「ふっふーん‼︎まぁ、これは俺がバドの神に愛されているってことなのかなぁ〜」
「もう、すぐに調子にのるんだから!」
/キンコンカンコーン、キンコンカンコーン/
チャイムが鳴った。もう部活を終えなければならない時間なのだ。
俺と明里はかたずけを済ませ、彩香の家へ向かった。
「寒くなってきたね」
「うん、そろそろ部活でもウインドブレーカー持ってこなくちゃね」
夏が終わり、秋の文化祭の季節になると、夕方の風の冷たさを感じるようになる。
夏をこっちで過ごせなかったのはもったいなかったな…
「ねぇねぇ、ルナに聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「ルナは倉田くんと尾羽くんのどっちが好きなの?」
「えぇ‼︎⁉︎ 2人とは別にそんなんじゃないよ!」
「ほんとうにぃ?」
明里はニヤニヤしながら聞いてくる。このイジワルが‼︎
「ほんとだよ!マサキは親友だし、お祓い屋とは…………ただの知り合い?だから」
マサキとは親友というのは本当のことだが、「お祓い屋との関係は?」と聞かれると正直、回答に困ってしまう。だって、お祓い屋が俺の命を狙ってきたのが、ファーストコンタクトなのだから。それ以降は敵対することは無くなったが、別に友達というわけでもない。
「あれぇ? 尾羽くんの時は少し間が空いたね。本命は尾羽くんじゃないの?」
「ちがわい!」
ついついむきになってしまった。
そうこうしているうちに彩香の家に着いた。
\ピンポーン♪\
インターホンを鳴らすと、すぐに彩香が扉から顔をのぞかせた。
「あっ、2人とも」
彩香は俺たちの訪問をおどろいていた。ま、急に来たんだから、驚くのも当然だけど。
「彩香、大丈夫?」
「心配だからお見舞いに来ちゃった。風邪なんでしょ?」
「うん。ごめんね、しょっちゅう風邪ひいちゃって。」
「いーよいーよ気にしなくて。学校はまだ来れそうにない?」
「明日からはこれると思うよ」
「ホント⁉︎ 良かった‼︎」
「ごめんね、心配させちゃって」
「いやいや、あっ、そうだ!ルナも帰ってきたし彩香も風邪治ったなら、今度の週末に3人で遊ばない?」
「私はぜんぜん大丈夫だよ。ルナちゃんは?」
「俺も特に用事はないし、行けるよ」
「俺?」
彩香は不思議そうに首を傾げた。
「あっ、俺っていうのは…」
「なんかね、ルナ帰ってきてから自分のこと『俺』って言ってるのよ。変でしょw」
「おい、笑うな!」
俺が『私』から『俺』に戻した理由を、マサキや明里には調子のいいことを言ったが、ほんとはそんな理由じゃない。
今まで俺は、みんなから変に思われないように、女の子を演じようと自分では努力してきたつもりだ。だが、少しずつ内面も女子に変わってしまっているような気がしてたまらなくて、このままだと『夜月亮太』が消えてしまいそうな気がしたのだ。だから…だからこそ、男だった自分を忘れないためにも『俺』に戻した。
その後も3人で立ち話に花を咲かせた。女になり始めの頃は、女子の話に全くついていけなかったが、今ではほんの少しだけではあるが、付いていけるようになった。嬉しいような悲しいような…
「2人とも立って話すのもなんだし、上がっていく? コホッコホッ」
「いいよ、咳も出てるし、ベットでゆっくり休んだほうがいい」
「そうだよ、早く病気治して明日学校で話せばいいんだから」
せっかく治ってきている風邪を悪化させるのも悪いので、俺たちは彩香に「また明日!」と言って帰ることにした。
「彩香、風邪良くなってきたみたいで良かったね」
明里がホッとしたように言った。きっと、すごく心配してたのだろう。
「うん、寒くなってきたし俺たちも風邪ひかないように気をつけないと」
「そうね、特にルナは! 文化祭の日に休むようなことがあれば、みんなが泣いちゃうわ‼︎」
「俺ってそんなに期待されてるの……。それより、休んでほしくないなら、そんなフラグっぽいこと言うなよ! そう言った時に限って、ほんとうに風邪ひくんだからさ」
「あっごめんごめん。」
彩香の家を後にし、10分ほど歩くと大通りに出る。そこの信号を渡った向こうが俺の家、信号を渡らずにまっすぐ歩いて行く道が明里の家だ。
「じゃあ、また明日!」
「また明日! 健康管理しっかりしてね‼︎」
帰り際にまで、健康管理に念を押されてしまった。これは、本当に風邪ひくとあの3人(渡辺さん、木下さん、坂口さん)からもやかましく言われそうだな。ただ、あの水戸の野郎には、ドレス姿は見られたくないが…
空を見上げると、すっかり暗くなっていた。太陽も十分の一しか顔を出していない。もう夜だ。
オレンジ色に染まり、輝いていた街も薄暗くなり、代わりに街じゅうを電気の明かりが彩った。
横断歩道の信号が青に変わった。この時間帯は学校帰りはもちろん、仕事帰りの時間帯でもあり、横断歩道も大勢の人が渡っていく。
仕事で疲れきった顔の人。2人でイチャイチャしながら帰る男女の学生。
そして、夕飯の買い出しにいっていたお母さんと男の子………。男の子は子供番組の歌を歌いながら陽気に歩いている。母親が「歌、上手ね!」と微笑むと、男の子も母親を見上げてニコッと笑った。
「そういえば、俺も小さかった時はお母さんに手を繋いでもらって、買い物によく付いて行ってたっけ。」
頬を何かが伝っていった。
「あれ、俺泣いてるのか?」
俺は涙を流していた。急に虚しく悲しい気持ちが俺に襲いかかり、胸が張り裂けそうになる。
周りの人に見られては恥ずかしいと思い、俺は横断歩道を走って渡り、大通りから裏路地に入って行った。
人通りのないところで涙を拭おうと思ったからだ。だが、それが仇となってしまった。
「どうしたんだい、そんなに泣いちゃって?」
「俺たちと一緒に来ないか? 楽しいぞ」
「ま、拒否権なんてないだけどな」
いつの間にか、男たち5人組が俺を取り囲んでいた。
「ごめんなさい、これから用事があるんで」
俺はぺこりと謝り、男たちから逃げようとしたが、肩を掴まれてしまった。
「オイオイ、待てよ」
「とりあえず、俺たちの車に乗れ」
「こんな上玉の女、久しぶりに見たぜ」
下卑た笑みでこちらを見てくる男達。
俺は急に動けなくなってしまった。足がガクガクして動かない。怖いのだ。きっと、あの魔城での出来事がトラウマになっているのだろう。
「おいおい、そんなビクビク震えなくてもいいんだぜ」
「子犬みたいで可愛いな」
もはや、声も出すことができない。怖くて怖くてしょうがない。男たちに取り囲まれるのが怖い、男が怖いっ‼︎
「オイ、その娘を離せよ!」
聞き覚えのある声が聞こえた。こんなに怖くてたまらないのに、その声は俺の心を安心させた。まるで、暗闇を照らす一つの光のように。
「ルナ、大丈夫か!」
「マ、マサキ⁉︎」
「なんだお前?」
「おとなしく帰ったほうが身のためだぞ」
「帰るわけにはいかない。ルナはオレの親友だ!」




