第71話:トラウマ
「マサキ、なんで?」
「部活から帰る途中で、お前が路地裏に駆け込んだのが見えたからさ…」
マサキが俺のことを心配して来てくれたのは泣きたいぐらい嬉しいことだ。だが、マサキが喧嘩してる姿だって見たことがないし、喧嘩が強いと聞いたこともない。
多勢に無勢だ。
「彼氏さんよ、今逃げるなら許してやるが…」
マサキは無言。それが答えになっていた。
「何も言わねぇってことはボコボコにしていいってことだよな」
5人の中の1人がそう言うと、5人で一斉にマサキ1人に殴りかかった。
こんな暗い路地裏には誰も来ないし、大声で叫んでも表通りまで声は届かない。
マサキも初めは殴ろうとしていたが、5人相手に集団リンチ状態で手も足も出ない。
そんなマサキを見て、「俺がどうにかしないと!」と思うのだが、あの5人からの恐怖で体が動かない。マサキを助けたいと思う気持ちはあるのに……
ーーー俺には何もできなかった。
「ったく、威勢がよかったのは初めだけか?」
「ゲホッゲホッ‼︎」
連中から腹を何度も蹴られ、マサキは血を吐いていた。
「こいつもそろそろ限界だろ」
「それじゃ、本来の目的の方に」
「「「おう!」」」
ニヤニヤしながらこちらに迫り寄ってくる5人組。
「いっ嫌だ!来るな‼︎」
全く感覚のない足を必死で動かそうとするが、動かない。
リーダーらしき男が俺を押し倒した。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、
(もうだめだ…)
俺は諦めてしまっていた。あの時のように…
/ピーポーピーポー/
突然パトカーのサイレン音が聞こえてきた。しかも、かなり近くだ。
「なななんだ⁉︎ 警察か?」
「誰が通報したんだ⁉︎」
「「「そうだそうだー!」」」
男たちは完全にビビり、すぐに逃げ出した。
路地の角を曲がった男たちの姿が見えなくなると、俺の体はふっと軽くなった。もう自由に動く!
「マサキッ! 大丈夫か?」
俺は急いでマサキに駆け寄った。
「あぁ、オレは平気だよ。ルナの方こそ、怪我はなかったか?」
「マサキが守ってくれたんだから、大丈夫に決まってるだろ! それよりも、その怪我をなんとかしないと」
「このくらい平気さ」
「いやいや、とりあえず俺ん家に! 救急箱ならあるし。」
俺の家へ運ぶはいいが、ボロボロで歩くこともままならなそうな男子を女子が1人で抱えることは到底出来ない。
「ルナ、肩貸してくれないか。少し支えて貰えば、オレも歩けるから」
「か、肩? もちろん!」
俺はマサキの左腕を肩にまわさせ、支えながら家に向かった。
普段なら15分ほどで着くが、怪我をしまくっているマサキを支えながら、一歩一歩ゆっくりと進むので、倍の時間がかかった。
30分後、ようやく家の玄関前についた。
「着いたよ、マサキ」
「ありがとな、疲れただろ?」
ドアを開けると、リリムが「ルナさん、お帰りなさい!」と笑顔で迎えてくれたのだが、横にいる傷だらけのマサキを見ると、血相をかいてリビングに戻っていった。きっと救急箱を取りに行ったのだろう。
まずはマサキを横にさせないといけない。
俺のベット運ぼう!
「マサキ、今から階段登るぞ?」
「お、おう」
二階にある俺の部屋へマサキを運んだ。
マサキは「痛い」なんて言わないが、顔を見ると苦痛の表情を浮かべている。
これも全部俺のせいだ…
「ルナさん、救急箱とってきましたよ!」
「ありがとう、リリム!」
沈んだ気持ちになっていた俺のところへ、リリムが救急箱を持ってきてくれた。
「えへへ//、ルナさんに褒められると照れます//」
「いやいや、照れなくていいんだよ?」
「すみません…」
「いや、謝らなくてもいいんだよ」
とにかく、まずは消毒からだ。
「リリム、消毒液を取ってくれない?」
箱の中から消毒液を取り出してくれたリリムだったが、急に慌てだし始めた。
「どうしたの?」
「はい、………あの〜、鍋に火をかけたままにしてたので、消してきてもいいですか?」
「あ、そうなんだ。料理しててぜんぜんいいよ。マサキの分もお願い!こっちは俺に任せて!」
「分かりました」
リリムはダッシュで一階のキッチンへと戻っていった。
「さてと」
消毒液とガーゼを手に持つ。
「ちょっと傷にしみるかも知れないけど、我慢しててね」
初めは顔の傷から処置し始めたが、なかなかひどい。切り傷だらけで、口の中も切っている。
「うっ…しみるな」
「だから言ったでしょ。黙って動かないでね」
口の中はどうしようもないが、それ以外で顔の部分の怪我は全て処置を完了した。
次は体だが………
「じゃあ、次は服脱いで」
「おう、わかった」
「あ、パンツは履いたままでいいから」
「当たり前だろ!」
服を脱いでいるマサキを直視できなかった。
男の頃、体育の時間とかプールに行った時とかに普通に裸は見たことがあるはず。
(なんでマサキが服を脱いでいるところを見て、赤面しなければならんのだ!)
頭ではわかっていても、やはりマサキの方を見ることはできない。
「ルナ、なんでそんなに顔赤くしてるんだ?」
「べ…べべ…別に赤くしてないし」
「そうか?」
「そうだ」
案の定、俺の予想していた通りに服を着てたので切り傷などはないが、打撲やあざ、内出血している場所が多数あった。
「しみると思うけど、我慢しててね」
「わかってるよって言っても、やっぱりシミーな!」
「『シミーな』ってなんなんだよ!」
冗談混じりな雑談をしながら、傷の処理をしていき、20分ほどかかってようやく終わった。
「これでよし! 終わったよ」
「本当にありがとな。でも、カッコ悪いなオレ…」
マサキの声のトーンが下がった。
「急にどうしたんだよ?それよりも、先に服を着てくれ」
「そうだったな」
服を着る際、腕をあげるのがキツそうだったので、手伝ってやった。もちろん、できるだけ目線は反対を向けながらだが。
「ルナを助けようとしたのにさ…結局はボコボコだ」
「何言ってるんだよ。そりゃ、相手が5人もいれば負けるよ!」
「しかも、あいつらを追い払ったのはこれだぞ…」
マサキは俺にスマホの画面を見せた。そこにはYo○Tu○eのパトカーのサイレン音の動画が。
「そうか。本当に警察が来たとかじゃなくて、マサキが鳴らしてくれたんだ」
「バレたらやばかったけどな」
「それならなおさら、マサキは落ち込むことないよ!結局はマサキが助けてくれたっていうことと一緒なんだからさ」
「いや、カッコ悪い。喧嘩ではボコボコに負けて、最後にずる賢い手を使ったんだ」
「ずる賢くてもなんでもいいよ!俺はマサキが来てくれて嬉しかったんだ、ホッとしたんだ、安心したんだ‼︎」
「……?」
「俺、ものすごく怖かった。叫んでも誰にも聞こえなさそうな人気のない奥の路地で5人に囲まれて……。すごーく怖かったんだ!」
あの時のことを思い出し、涙がポロリと頬を伝っていく。
「怖かった」
涙がどっと溢れてきた。
怖かった、寂しかった…
あの時、目の前が真っ暗になった。魔城の魔物たちに襲われそうになった時のように……
俺は明らかにあの時の事がトラウマになっている。
絶望の闇の中に一筋の光が差してきた。
それがマサキだった。
「ぐすん……、マサキ〜〜〜‼︎」
「お、おいちょっ‼︎」
いつの間にか、俺はマサキの胸の中に抱きついていた。
「ごめん、俺のせいで…」
「誰がお前のせいなんて言ったんだよ。オレはお前を助けたいから来ただけだ」
「マサキ……」
恥ずかしいという感情は不思議となかった。それよりも、胸がマサキの優しさや温かさでホクホクになっていった。
こんなに幸せで、安心で、ホクホクで………あんなに恐怖心で染まっていた心が綺麗に浄化されていってるような気がした。
「おい、ルナ。そんなに泣いてどうしたんだ?」
「マサキ、もうちょっとこうしててもいいかな?」
「構わないが…」
マサキはそう言いながら、俺を不器用ながらも、大きな手で俺の頭を撫でてくれた。
実はこの時、リリムは食事の支度ができたと伝えに来たのですが、2人の様子を見て、邪魔してはいけないと一階のリビングで2人が降りてくるまでずっと待ってました。




