中編
「ただいまぁ……」
俺は玄関の扉を開ける。
さて、この狐のことをどう言い訳したら。
「お兄ちゃん、お帰り、遅かったね。あれ?どちらさま?」
妹は俺から買い物をした袋を取り上げると、すぐ後ろにいた狐(今は女性だが)に声をかけた。
「道端で困ってるのを助けたら、恩返しがしたいって迫られちゃってさ。泊まるところもないから泊めてほしいっていうんだけどさ」
無理矢理だった。
半分くらい正解だが、少し違うな。
「で、OKしちゃったの?」
「どーーーしてもって聞かなくて。はははは」
「ご迷惑はおかけしませんから…」
彼女が頭を下げて頼み込む。
「……………………まぁいいか。家に盗むものなんてないしね」
「おい、人を泥棒みたいな言い方するな!!」
この狐の場合、持ってったところで使い道なんてないのだから確かにその辺については心配なさそうだ。
「ケイくん、なにしてほしい?」
「え…!!いきなりの難題だな」
「そういえば、名前聞いてないよ?」
ふと、妹が言う。
そういえば、こいつ名前とかどうするつもりだったんだ?
「え、えっと」
「この人は、今野 桔音さんっていうんだ!!」
適当すぎだよ。コンノキツネってバカにしてるのか俺は
「そ、そう!!桔音です!!キッちゃんって呼んでもらえればいいですから!!」
彼女も俺にかぶせてくる。
マジでか!
「桔音さん?変わった名前ね」
「よ、よく言われんだよな、桔音!」
「そ、そうね。あははははは!!」
冷や汗がドバドバ流れる。
あまりにも苦しすぎるか?
「へぇ…。ま、お兄ちゃんの知り合いなんだったら、別にいいか」
妹は納得してくれたようだった。
ぎりぎりで耐えきった俺たちは、胸をなでおろすばかりだった…。
――――――――――――――――――――
「………………」
トントンと調子のいい包丁のリズムが鳴り響く。
なんとなく今日は人参をみじん切りにしたい気分だった。
「なによ。あの人…」
とても美人さんだった。
お兄ちゃんと同い年と思われる彼女は、素直に美人といっていい分類の人だった。
お兄ちゃんが何か彼女を助けたのだろう。
それで彼女は、恩返ししたいと迫ってきたらしい。
「―――――ッ!!」
さっきは思わずOKって言っちゃったけど、都合よすぎじゃないか!!
ありえないでしょ!!
お兄ちゃんの行っている学校の同級生だったとしても、お兄ちゃんは男で、彼女は女。
恩返しに異性の家に行くなんて、普通できないでしょ!
そもそも恩返しだってあまりにも大げさだし!!
お礼とかでいいじゃない!
何かお礼ですって言ってくればいいじゃない!
ちゃっかりと家に上がりこんで、私のお兄ちゃんに迫ってきている。
明らかに、何か深い関係があるに違いない!!
暴いてやる!!
絶対に暴いて、お兄ちゃんを取り返すんだ!!
私、浅間 麗香は、ブラコンだ。
正直自覚症状もある。
お兄ちゃんが大好きで大好きでしょうがない。
好きになった理由は、二年前。
お父さんもお母さんも同時に亡くして、私は泣き崩れてた。
無理もない。
だって、まだ小学生だったのだ。
そんな早い年齢で、両親を亡くしてしまった…。
ショックのあまり、何もかもが考えられなくなって、一日中泣き崩れていた…。
そんなとき。私を慰め続けてくれたのはお兄ちゃんだった…。
―――――麗香。麗香。麗香
ひたすら私の名前を呼びながら、頭を撫でてくれた。
私は、お兄ちゃんに抱きついた。
お兄ちゃんも泣いていた。
私たちはあの時、確かにお兄ちゃんに慰められ、そして支えられたのだ。
あのとき、お兄ちゃんがいなかったら、自殺してたかもしれないし、不登校になってたかもしれない。
今でも当然寂しさはあるけど、お兄ちゃんが、私の空いてしまったお父さんとお母さんの穴を埋めてくれているのだ。
だから、お兄ちゃんにはずっと、私がついていたいのだ。
お兄ちゃんは少し迷惑かもしれないけど、私はお兄ちゃんが大好きだ。
いつまでも一緒にいてほしいし、いつまでも一緒にいたい。
なのに……なのに……。
「おにい…ちゃん………」
お兄ちゃんに恩返ししたいのは、私も山々なのに。
なのに……なのに…………
「なによ…あの人っ!!」
なんで、あの人が、お兄ちゃんを…。
あの人の秘密を暴いてやる。
お兄ちゃんは渡さないんだから。
私は、お兄ちゃんの部屋に聞き耳を立てた。
ドア越しに、ばれないように耳を当てて……。
よく聞こえない。
だが……
―――いいか!?これは二人だけの秘密だからな!?
―――う、うん
「@@@@@@@@@@@!!!」
二人はなにやら、二人だけの秘密を持っているらしい…。
二人だけの秘密って!!二人だけの秘密って!!
―――分かってるよ。だって、私が―――したいだけだもん。君は――――くれたらいいの。だって私、貴方に――られたんだから
―――はぁ。わかったよ。だけど、そんなに――らなくてもいいぞ?俺は君――――だけで十分なんだから…………
「@@@@@@@!!!@@@@@@@@@@@@@@@!!!!!」
あまりにも二人は親密的すぎだった。
私には、家族という固く結ばれすぎた絆がある。
彼女にはそれがないのだ………。
どうせ私には、越えられないのだ。
落胆した表情で、私はリビングに戻ったのだった…………。
――――――――――――――――――――
俺の部屋に、彼女を、今日から名前が桔音の彼女を招き入れた。
理由がある。
これからの彼女の処遇その他もろもろについてだ。
「とにかく、今日だけだからな!?今日だけ、特別に家に入れたんだからな!?」
妹にも、危うくばれそうになっていた。
危ない危ない。
「妹さんには、狐の姿見せちゃダメなの?」
「当たり前だろ!!俺は何とか信じられたけど、あいつがお前のこと信じてくれるかどうかなんてわかんないんだぞ!?」
とにかく、あまり多くの人に桔音の正体がばれるのは避けたい。
「いいか!?これは二人だけの秘密だからな!?」
「う、うん」
なんとか納得してくれたようだ。
こればかりは、恩返しをしてもらう身であっても、言っておかなくてはならない。
「分かってるよ。だって、私が恩返ししたいだけだもん。君は見ていてくれたらいいの。だって私、貴方に助けられたんだから」
「はぁ。わかったよ。だけど、そんなに頑張らなくてもいいぞ?俺は君が喜んでるだけで十分なんだから…………」
あの時に、自分がしてくれたことを喜んでくれる。
これだけでものすごく嬉しいのだ。
「じゃあ、早速、恩返しさせて?」
「え?」
――――――――――――――――――――
「ねえ。何してるの?」
「ぴゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
後ろから声をかけられて、めちゃくちゃ驚いてしまった。
もちろん、声をかけてきたのが、桔音さんだからってせいもあるだろうけど……。
「ビ…ビックリさせないでよっ」
「ご、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて…」
「で……なんのよう?」
「なんだか元気ないように見えたから…」
そう見えていたのだろうか。
気分が体からにじみ出てしまっているようだ。
「だ、大丈夫だよ。気にしないで……」
私のことは気にしなくていい。
お兄ちゃんを奪われたショックが大きすぎる。
「そう?無理しないでね?」
どうやら、私の願いが通じたのか、桔音さんはスルーしてくれた。
これでようやく、家事に集中できる。
「おい?大丈夫か?」
今度はお兄ちゃんが、声をかけてくれた。
「桔音が、具合悪そうっていうから心配になってさ」
別に気にしなくていいって言ったのに!!
「本当に大丈夫?顔青いぞ?」
「大丈夫、だから……」
「あまり無理するなよ。休んでたら?俺がやるよ、洗濯物くらい…」
「―――――ッ。も、もういい、よ。大丈夫だから、気にしないで」
「気にするっつーの!家族だろ!?俺たち」
何が家族だろ、よ。
もっと親密な人がいるじゃない。
あの人のそばにいたらいいじゃない。
私なんかより。私なんかより…っ。
「良いって言ってるでしょ!!お兄ちゃんのバカっ!!」
「バ、バカってなんだよ!!人が心配してるのに!!」
「うるさいっ!!バカバカバーーーーカっ!!!」
私は何を言ってるんだ。
お兄ちゃんは悪くないじゃない。
何でお兄ちゃんに八つ当たりしてるんだ。
バカなのは、私じゃないか…。
「っ!!!!!」
自分のバカさ加減が恥ずかしくなって、玄関を走り出していた。
草履をはき、玄関を飛び出す。
もう日が傾いている外を、一心不乱に走っていた。




