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先生さようなら


 長椅子にブランケットを掛け、その上に座る。

 場所はピエール・ドゥ・ロンサール公園。

 あの時と同じく人の影はない。ここのところ犯罪続きで物騒だから。

 時刻は待ち合わせの三十分前。既に日は落ちている。街灯無しでは歩く事も大変そうだ。

 約束をしたわけではないけど先生なら来るだろう。

 金貨を受け取ってから何も言わなかったし。意外にも律儀な所があるから。

 

 今日の服装はフリルの付いた長袖の黒いワンピース。

 これなら脱がなくても出来る。

 外でするのは嫌だって言いながらも、先生は満更ではなかった。きっと喜んでくれる。

 先生はモテるからね。私ならではの味を見せていかないと飽きられてしまうかもだし。

 …………体が熱い。さっき入った薬湯のせいかな?それともこれから始まる事への期待のせいか。


 サイカとの模擬戦で汗をかいてしまったから、急いでエステサロンに行って身を清めた。

 正直路傍の石程度の認識だったが、剣術の方は相当使える奴だった。

 魔術無しでやったから苦戦してしまった。まあ負ける筈もないけど。

 その後マリーまで触発されたのか模擬戦を挑んできたのは困ったな。

 授業には真面目ではあったけど、あんなに前のめりになるなんて思わなかった。…………先生のせいか。


 マリーゴールド・ルビリス。私の友達。

 家の事が嫌いな私達だけど、学園に内緒で教えあったのが楽しくてつい口にしたくなる。

 マリーも先生の事が好きらしい。今日の様子も露骨だった。手なんか握っちゃって顔赤くして。

 気付いているだろうに、何でもない振りをする先生にも腹が立つ。今日はいっぱいお仕置きしてあげないと。


 ——————ザッ


 砂混じりの土を蹴る乾いた音が近付いてくる。

 どうやら待ち人が来たようだ。


「こんばんは、モルガナ。一応聞いておくけど何の用だ?」


「せんせぇこんばんわぁ。…………わかってるくせにぃ」


 長椅子から立ち上がり先生に近付く。

 背広姿のままだ。学園から直接来たのかな?

 ピシッと着こなしてる癖に、ボヤッとした眠たげな表情が台無しにしている。そういう所も可愛い。

 先生の手を服の中に滑らせ、私の胸に押し当てる。


「どきどきしてるでしょぉ?ずっとこうなの。待ちきれないの。だから…………して?」


「おいおいまたここでか?外でする趣味はないんだけど」


 んっ…………。そう言いながらもカラダを弄ってくる。

 ほんと説得力無さすぎ。前にした時だって最後は先生から組み伏せてきたし。


「もう無理。待てない。準備は出来てるからさぁ。このまま…………ね?」


「仕方のない奴だな」


 先生が服から手を抜き、私の頬を撫でる。

 そのまま顔を近付け、私達の影が重なった。

 

「んふ…………ちゅる、…………ちゅ…………れぉ」


 先生とのキスは切ない。唇を舐め合ったあと、舌先同士でチロチロと触れ合うのだが、私が我慢出来ずに深く突き出すと逃げられてしまう。

 キスしている最中でも御預けをされた気分になる。

 それが切なくて切なくて。喘いでいると今度はいきなり激しく絡め取ってくる。

 ほんとたまらない!キスだけでいっちゃいそう!!

 でも我慢だ。今日は私から攻めるの。

 先生にいっぱいいっぱい食べてもらって。

 頭の中を私で満たして。私だけにして。それで——————


「…………マリーゴールドの事が随分大事なようだな?」


「ッ!?」


 唇を離した先生が笑う。前にこの場所で見た笑顔と同じ。

 私と戦った時に見せた()()()()()


「昼間は一生懸命にアピールしてきたからな。まあ惚れられる心当たりもある。だが俺も臨時とはいえ教員だ。手を出すつもりはないぞ?」


「…………こんなキスしといて説得力ない。それに先生でいるのも、あと十日もないよね?そんな言葉じゃ安心できないよ」


 目の前にいるのはもう教師ではない。生徒の為を思って指導はしてくれたカイリ先生ではない。

 いやそもそも生徒の事なんて考えてはいないのだろう。

 私達に与えた助言だって空事だ。

 嘘で塗り固めて作ったものが、たまたま本物と見分けがつかないくらいに綺麗だっただけ。


「信用ないなぁ……。まあ粉くらいはかけとくつもりだった事は否定しない。マリーゴールドの細工技術は素晴らしいからな。だがまだ途上だ。学園長もバックにいるしリスクは冒さないさ」


 マリーゴールドと呼んでいる。マリーが名前を嫌っている事は知っている筈だ。マリーが惚気ながら話してくれた。

 なのにそんな事関係ないんだ。

 マリーの痛みなんて気にも留めていない。

 許せない。それでも同じくらいに愛おしい。

 今夜抱かれに来たのは、マリーを守るためだったのか。それとも先生に愛してもらうためだったのか。

 私には分からない。先生なら分かるのだろうか?


「…………明け透けに言うんだね。本性を隠すのはやめたの?」


「お前には元々隠していなかっただろ?無駄な事はしない。面倒だからな。……それでどうだい?百年の恋も冷めたか?」


「わかんないよ…………」


 先生に抱きつき胸に顔を埋める。

 分からない。分からないけど、もう自分ではどうにもできないことだけは分かった。


「その反応が答えだと思うがな。まあ、お前が思っている様な事は起きない。現状価値がある生徒はモルガナ、お前だけだ。その機嫌を損ねる事はしないさ」


「私の価値ってなんなの?お金があるから?それとも天才だから?」


 自嘲気味に溢すと、先生は金貨を手遊びに弾いた。そのまま空中で金貨を摘みこちらに見せてくる。


「それだけなら程々に遊んでやって終わりだけどな。…………お前この金はどうやって手に入れたんだ?」


「ッ!?…………パパの財布からくすねたんだよぉ。これで満足?」


 私の適当な嘘に笑みを深める先生。

 バレている。この瞳を誤魔化す事は出来ない。


「情報収集が得意な友達がいてね。お前の事も教えてくれたよ。…………夜な夜な犯罪者を闇討ちとはやるじゃないか」


「…………知ってるんだ。ただのトレーニングだよ。稼ぎにもなるしね。それでどうするの?憲兵に突き出す?」


 顔を隠し水術も封じてやってたのにな。

 何となくバツが悪くて俯く。

 情報収集が得意な友達…………カサンドラの事か。ならもしかしたら去年の段階でバレていたのかもしれない。

 悪い事は出来ないね。


「俺は得にならない事はしない。黙っていれば貸し一つだしな。だが気になるな。どうしてそこまで力を求めるんだ?」


「復讐だよ」


 自分でも驚くほどに、何の抵抗もなくその言葉が口から出た。

 誰にも、マリーにすら話した事はない。

 先生に習った力で最強になる。家の奴らが無視できない程の影響力を手にしてやる。

 そしてその血筋を汚してやるのだ。

 先生の事を雑種と嘲笑ったあいつらに報いを受けさせてやる。


()()か。…………それはいいなぁ!」


 酷く明るく楽しそうな声。

 馬鹿にされている!そう思って顔を上げると、感情の無い貌が私の事を見ていた。


「ッ!」

 

 何もかもが抜け落ちた様な。まるで死人の様な表情だ。

 先程の声は別人のものだったのか?そう思わせる程の食い違い。

 視線だけは全く動かずに私の瞳を捉えている。

 いつもの様子とはまるで違う。

 だが初めて私の事を見てくれた。何故だかそんな気持ちを抱いた。


「なるほどなるほど復讐か。ちょっと応援したくなっちゃうなぁ。よしよし、頑張るご同輩に一つアドバイスをしてやろうか…………マリーゴールドは捨てろ」


「は?」


 は?マリーを捨てる?何を言っているんだ?どうして私の復讐とマリーが繋がる?意味が分からない。


「人間、楽しみは大事だからな。レクリエーション程度に付き合うならいいが、お前にとってマリーゴールドはそんなもんじゃないだろ?だから捨てろ。弱くなってるぞお前」


「捨てる?捨てるって何ッ!?マリーは関係ないでしょ!私は弱くなんてなってないッ!!」


 思わず先生の胸倉を両手で掴む。

 表情に色が戻り、一瞬煩わしそうにこちらを睨むと、再び愉しそうに口角を上げた。


「弱くなってるだろ。お前アンジュに負けたじゃん?」


「今更そんな話持ち出さないでよ!あれは私が油断してたから!マリー達を信じなかったから負けたんでしょッ!?次やったら私達は負けないッ!!」


 それを教えてくれたのは貴方だ。なのに何でそんな事を言うのか。

 傲慢な私を壊して視野を広げてくれた。

 私は強くなったんだ。強くなったはずだ。


「確かにチームとしては強くなっただろうな。仲間を信じた連携。素晴らしい事だね。だがお前らは何回やってもアンジュには勝てないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………なんで」


 なんでそんな事を言うの。

 先生ならそんな事は言わない。先生ならそんな貌で笑わない。先生なら————。


「…………んッ!??」


 突然、先生が私の顎を掬い上げて口付けをしてきた。

 なんで?なんでいきなり。

 あんな話をしている最中で…………なんで!

 なんで私は拒めないのッ!!


「…………ふぅ。目は覚めたか?」


「…………なんのつもりなの?わけがわからない。優しくしたり否定したり。キスしたり。私は貴方のオモチャじゃない!」


 先生は薄く笑うと手のひらを私の頭に乗せてきた。

 ああ…………違う。この人は()()じゃないのに。


「その顔だよ。俺越しに見てる誰かさんはあんなキスしないだろ?」


「あ…………」


 バレていた。私が()()の代わりとして見ていた事を。

 …………怖い。何もかも見透かされているみたい。

 マリーに忠告した事は間違っていない。先生は本当に怖い人だ。

 でも私が一番怖いのは先生じゃない。

 嘘だ…………こんな時でも、()()()()()()()()のが怖いだなんて。


「お前の過去に何があったかなんて知らない。だがな、俺はお前の気持ちを慰めるだけの存在でいるつもりはない。俺はお前の復讐を尊重する。助けになってやる。…………だから俺を見ろモルガナ。俺の影に誰かを映すのはやめろ」


 そう言って先生が抱き締めてくる。

 強く、壊れてしまいそうなくらい強く。

 ()()はこんな風に私を抱き締めなかった。


「さっきは酷い事を言って悪かったな。マリーはお前の友達なのに。だが話した事は嘘ではない。俺はお前のために言ったんだ。…………わかるな?」


「…………うん」


 ()()()の言うことは分かる。仮にマリーを人質に取られたら私は何も出来ないだろう。復讐の為なら距離を置くべきだというのは理解出来る。でも…………。


「あまり考え過ぎるな。極端な事を言った自覚はある。…………俺も復讐に囚われていた時期があってな、つい感情的になってしまった」


「先生も?」


 思えば私の事を同輩と呼んでいた。

 カイリも復讐に生きていた事があったのか。

 あの強さの背景には仇への憎しみがあったのか。

 私と同じなんだ…………。


「ああ。お前の気持ちが分かるとは言わないけどな。……っと風が冷たくなってきた。ここで長話はやめておこう。良い宿を教えて貰ったんだ。一日くらい学園をサボっても問題ないだろ?」


「…………もぉ。それ教師の言うセリフなのぉ?」


 私に差し出された手を掴み、そのまま引かれるように彼の後を進む。

 "この道を進んではいけない"

 ()()ならきっとそう言うだろう。

 だが歩みを止める事は出来ない。

 飲み干した毒があまりにも甘過ぎたから。

 

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