ダンジョン演習準備
タイラント・ドラゴン
通称T・ドラゴン。三ツ星魔獣。全長は十五メートル前後。大きいもので二十メートルを越える場合もある。
気性は獰猛で執念深い。魔力感知に優れており、見つけた獲物に執着し逃さない。
速度は成人男性の走行速度より速い程度だが、持久力があり逃走は非常に難しい。
耐火性の高い湿り気のある硬い皮膚を持ち、生半可な攻撃ではダメージを与えられない。
その一方で寒さと毒には弱いという生態上の弱点を持つ。
体内にガスを圧縮して貯めておく器官があり、火魔術と混ぜて高温のブレスを使用する。これにより獲物を高温消毒し、併せて食べ易い状態にしている様だ。
偶発的な遭遇で対処出来る魔獣ではない。
討伐の際には事前準備が不可欠である。
なるほどなるほど。
しつこくストーキングしていた様だが魔力で探知していたのか。あのまま隠れていたらヤバかったかもな。
殺しておいて大正解。討伐報酬も美味しくてラッキー。ありがとうガルナ君たち。
というかやっぱりお料理だったのか。T・ドラゴン先生の一秒クッキング〜。
「資料は行き渡ったな?これは来週探索予定のダンジョン内にいる魔獣の情報だ。機密であるのでクラス外の者には決して見せないように。演習後回収するのでそのつもりで。くれぐれも写本など作らないように!」
ただいまお昼ごはんも終わり午後の授業の真っ最中。
とはいってもグループワークの前のブリーフィングみたいなものだ。
現在ジェイス先生が眼鏡を光らせ説明中。
簡単に綴じられた冊子ではあるものの、イラスト付きで分かりやすい。俺はT・ドラゴンにしか遭遇していないが特徴をよく捉えている。
他もこのクオリティなら初見でも間違える事はないだろう。
「現在確認出来ている種類はすべて載せてある。イラストも分かりやすく描いたつもりだ。この中から最低一匹は討伐してもらう。間引きの後ではあるし、諸君らが会敵するのはこの内の僅かな種類だけだろう。だがダンジョンでは何が起こるかわからない。よく読み想定しておく様に」
この絵描いたのジェイス先生なのぉ!?んますぎ!
しかし一瞬俺に視線を向けてきたな。
この前のドラゴンハントの事を知っているのか?
情報の要約だけでなく、収集能力の方も優れているみたいだな。
「私からの話はここまでだ。この後の授業時間は班ごとでの調整に使いなさい。疑問に思った事、不安に思った事などは放置せずカイリ先生によく話を聞いてもらう様に。訓練場にはアンジュ先生とアクア先生がいるので、今日に限っては使用の許可はいらないぞ。それでは私は失礼する」
ジェイスにしては比較的に短く説明終了。背筋を伸ばし堂々と退室した。
これからは要するに自習の時間だ。三人のグループごとにダンジョン演習での作戦を確認する。
俺が教室で頭の調整をしてアンジュが訓練場で身体の調整をする。役割分担である。
「よし、ジェイス先生の説明通りだ。僕は教室にいるから相談事があれば気軽に話してくれ」
今日は椅子に座って資料を読んでるだけでいい。楽な仕事だね。
和気藹々とグループ毎にお喋りしている生徒たち。遠足にでも行くつもりなんかな。
しかし随分と仲が良い。ストイックな校風に対して和やか過ぎる。身分差だってあるはずなのにな。
現に貴族と平民の生徒が冗談を言い合って笑っている。
「先生。少し良いですか?」
「勿論。何でも話してくれ」
おっと。少しぼけっとしてたな。この生徒はジュリオか。
モルガナ曰く頭でっかちのジュリオ。火術師だ。
「僕達のパーティは火術師が三人で偏っていて…………いや不満があるわけではないのですが、どの様に役割を決めるべきか悩んでいるんです」
「そうなんです。私達はジュリオほど戦えないし…………」
「俺らじゃ足手纏いになりそうだしなぁ」
イリス。火術師。
ジャスパー。火術師。
何てこった。偏り過ぎだろ。考えた奴頭沸いてんのか?
(考えたのはお前だが?)
まあ適当に決めたしな。
だがそんなもんでいいんだよ。結局のところ戦いの場では自分と敵しかいないのだ。仲間なんてものは自分に有利な状況を生む環境情報でしかない。
バランスよく役割が振られていれば楽だがね。そういう楽をするといざという時死んじゃうぞ。
「そうは言うけど君達の火力は必要十分にある。自信を持った方がいいよ。資料通りの魔獣分布なら問題はないだろうね」
「そうでしょうか…………」
「うーん…………」
二人とも自信無さ気だな。こいつらも不出来なわけではないのだが。
まあモルガナとは比べられんが、ジュリオも優秀だ。同じ火術師なら比較してしまうか。
「それで役割だったね。こう言うのはどうかな?イリス君とジャスパー君が前方で90度ずつわけて索敵。魔獣を発見したらすぐにジュリオ君に伝える。そしてジュリオ君は攻撃か逃走か判断し指示を出す。君は指揮官だ。基本的には攻撃しない。後方が手薄な陣形になるからね。そちらに意識を割きながら全体を見て行動するんだ」
「なるほど…………指揮官か」
満更でもない顔で呟くジュリオ。
こいつの家は上級軍人を多数輩出している貴族だ。
そういう事に憧れはあるだろうし経験も必要だろう。
「あとは耳の痛い事を言うけど、君は高威力の火術が使える反面持久力に乏しいよね。だからいざという時の為の温存という意味での役割でもある」
「…………僕の弱点ですね」
「君が持久力に乏しいのは、絶大な火術を使う上での単なる制約だ。そう考えて卑屈にならずに頑張っていこうか。幸い持久力なら工夫やペース配分でなんとかなりやすいしね」
「はい!」
考え過ぎのジュリオは自分に肯定的な考えを見つけても、すぐに反証が浮かんでしまう。
外から認めてあげれば安心するだろう。
あとは他二人のフォローだな。
「確かに君達二人の戦闘技術は高くはない。しかし火力は充分に高いんだよ。自信がないなら今回はそれをジュリオ君に預けてみようか。自分の実力を客観視出来るはずさ」
「…………私やってみます!」
「俺もやるよ!だから火術師三人パーティだったのか。確かに同じ属性なら指示も出しやすいよな」
三名様はご満足され机に戻っていった。
いや、普通に面倒だったからアルファベット順で纏めただけだけどね。モルガナパーティ以外は割と適当だ。
後付けの説明会もこれで二度目だが、俺もこの三週間で大分馴染んだ。
こいつらにとっては若くて面倒見の良い先生ってところだ。それっぽい理由をこじ付けてやれば疑われもしない。
だがまあ、本人達が納得してくれたならそれで良いのではないでしょうか?真実が二つあってもいいじゃない。
(時々三つや四つになるのがお前だが?)
真実が三つや四つや五つあってもいいじゃない。
しかし教員生活も残すところ三分の一だ。ダンジョン演習に付き合った後反省会をやって終わり。
報酬の割に楽な仕事だったな。ここは良い街だし、学園の空気も楽しめた。
刺青問題の方の進展は殆どないが、それはそれで良いだろう。
黒幕探しは俺の仕事じゃないし、依頼が終わったらバイバイだ。好きに犯罪していてくれ。
それより"力の石"の方が気になるね。ゲットしたらそれと引き換えに"カサンドラなんでもしてあげる券"貰えるらしいし。
(幻術使ってコスチュームプレイでもすんのか変態?)
そうだな。黒髪ロングで大きい瞳を眠そうに隠した東方顔の小柄な女学生とか指定してやってみるか。
(死ねッ!しねしねしねしねしね変態変態変態!!それやったら呪い殺してやるからな!!)
半分冗談だよぉ〜。たぶんしてる途中で骸骨思い出してシュン……ってなると思う。
(半殺しにしてやろうか!?)
いやいやほんまほんま。服装はともかく、顔まで変えさせてエッチしたら絶対ブチ殺されるからしません。
それに"力の石"は刺青案件とかち合いそうだ。
カサンドラを駒にできるのは魅力的だが、進んで調べる程ではないな。
また機会もあるだろう。
「だから私達が斥候役で…………」
「言いたい事はわかるけどぉ。私が先頭の方が安全なんだよねぇ…………」
「結局それだとお前が魔獣殺して終わりになるだろうが」
何やら言い争いの声。
この平和空間で誰が?と思ったらやっぱりモルガナグループ。君は本当に問題児だね。
「私の目の良さは知ってるでしょ?それに地術で罠を張る事だって…………そうだ、先生にも意見を聞いてみようよ!」
こちらの視線に気付いたのかマリーゴールドが寄ってきた。
随分意欲的な様子。正直意外だな。
「先生!ちょっと意見を聞かせてよ!」
「あっ、こら」
不意にマリーゴールドに手を握られる。
柔らかく小さい手をしているが、所々タコが出来ている。さすが職人の卵だね。
俺の手を引いて再びモルガナ達のもとへ。
それを見たモルガナは凄い表情をしている。その眼光はどちらに向けた物なんだい?
「ディスカッションが捗っている様だね。何か意見がぶつかってしまったのかな?」
「今日のせんせぇは先生モードなんだねぇ」
俺はいつだって先制モードだが?
(座布団取られてしまえ)
「…………うす。班の陣形で揉めてんだ。主に何でも出来るモルガナの置き場に迷ってる。どうすればいいと思う?」
モルガナの戯言を笑顔で聞き流していると、サイカから質問が。こいつもいつもより積極的だな。
「なにそれぇ?嫌味ぃ?」
「ちげーよ。実際お前だけで何とかなるだろうが。でもそれじゃあ俺たちの経験にならないだろ?女の後ろでくつろぎながらA判定貰う気はねえぞ」
「そうだよモモ。それに間引きされたばかりのダンジョンなら危険は少ないって話だし」
なんということでしょう。卑屈で成績もげっぽだった彼等がこんなに向上心のある生徒に早変わり。匠の技が光りましたね。成績は変わらずげっぽのままだけども。
「…………事故って死んだ人はみんなそう言ってたと思うよぉ?」
「そんな言い方ッ!?」
「はいはい一回クールダウンしようか。こういう時は好きな事を思い浮かべるんだ。単純だけど効果がある。モルガナ君の好きな事はなんだい?」
「…………バックが好きぃ。おっきいのを後ろから」
「あーバッグね!バッグ!!先生も駆け出しの頃から愛用しているショルダーバッグがあるよ!大っきいのがいいよね!沢山入るし!!!」
今度はマリーゴールドがすんごい目で睨んできた。
明確に対象は俺である。何故…………。
「コホンッ!…………サイカ君はどうかな?何か好きな事はあるかい?」
話を振ってはみたがこいつにはあんまり興味ないな。男だし。
寒村の出らしいが詳しい情報はなかった。
この学園でなければ優秀でいられたであろう程には地術の腕は良い。それだけだな。
「…………剣術だよ」
へぇ。意外…………でもないか。筋肉の着き方を見るに、机にかじりついて過ごしてきたとは思えない。
まあ寒村じゃそんな余裕もないだろうが。
「本当に好きなのぉ?剣振ってるとこなんて見たことないよぉ?」
「俺の存在すら視界に入れてたか怪しいだろうがよ」
「はは……。そう言えば先生も剣を使ってたよね。殺人鬼を倒した時に」
「殺人鬼ッ!?…………っていうと白面の殺人鬼の事か?あれを倒したのが先生!?マジかッ!?しかも剣術だとッ!!」
身を乗り出して迫ってくるサイカ君。随分興奮した表情である。
君が大層イケメンなのは分かったから座りなさい。先生はそういう趣味はないんだ。
(そんな事いってさー。たまに女の死体に入った時に引き摺られる事あるじゃん?)
やめろ!ギフトネタを使った虐め行為はやめなさい!!
「まあ剣も使うよ。正統派の王国剣術に我流を混ぜてる。僕は風術師だからね。他で手札を補わないと戦えないのさ。殺人鬼に関しては…………そうだね、まあ運が良かったと言うか相手が油断していたから」
窓ガラスがっしゃーんした音でビクビクしていたからな。
ケーキ入刀するより楽だったわ。
「先生はすぐ謙遜するんだから」
「違うよぉマリー。めんどくさいから嘘ついてるだけだよぉ」
「はいはい僕の事はいいから話に戻ろう。陣形の事だったね」
大分空気も和らいだ。緩み過ぎな気もするがピリピリするよりマシだろう。
しかし陣形ね。こんなん二人が前衛でモルガナが後衛に決まっているだろうが。
「まあモルガナ君の言う通りだね。油断した者が死ぬんだよ。この世界ではね」
「でしょぉ?さっすがせんせぇは話がわかるぅ」
「でも私達はッ!」
「…………」
強力な援軍にしたり顔のモルガナ。
しかしこれから上げて落とします。
「だから前衛役は君達二人だ。モルガナ君は後衛だね」
「なっ!?」
モルガナの表情は驚愕を映し、その後不満気に歪む。
理解出来ないご様子ですけどね。
だってほら?まだお前油断してんじゃん?
「一人で斥候も前衛も火力もこなせる程ダンジョンは甘くない。君が最強なのは学園の中だけだ。分かるだろ?」
「……………………うん」
確かにモルガナの強さは本物だが、仮にティラノサウルスさんと戦う事になったら一瞬でこんがり肉にされる。
それにこいつは俺に負けたしアンジュにも負けた。装飾店での戦闘で、リンにも及ばない事は理解出来ただろう。
だがそれに腐らず飲み込めている所がこいつの強さだな。
「マリー君の言う通り間引かれたダンジョンに危険は少ないだろう。しかしモルガナ君の言う通りそれは絶対ではない。先日もT・ドラゴンが入口近くまで来たそうだ。幸い討伐されたらしいが」
「三ツ星が?」
「嘘…………」
ほんとほんと。いやー討伐されて良かったね。
せんせいも臨時収入が貰えて良かったよ。
「アムスネツィアダンジョンの竜種は寒さに弱い傾向にある。仮に会敵してもモルガナ君なら時間稼ぎをする事は出来るだろう。万全であればだけどね。そうしたら後は先生達がなんとかするさ」
「…………せんせぇが見てくれてるなら」
ばっちり助けてくれるよ。他の先生方がね。
あんな暑い場所で必死こいて助けにいくとか俺はごめんだが。
「そうだよモモ!先生なら安心でしょ?すんごく強いもん!」
「強いって…………やはり剣術か!?なあ先生。俺と…………」
「よしよし!では今の話を踏まえて、こういう陣形はどうかな?前衛兼索敵はサイカ君。その引き締まった肉体に、剣術まで使えるならその役割は相応だろう。次に中衛はモルガナ君だ。言うまでもなく火力担当。敵が沈黙するまでは法術士である事は忘れる様に。それと基本的に君が二人に指示を出すんだ。豊富な戦闘経験をチームに活かせ。最後に後衛がマリー君。目が良い君なら俯瞰して二人の見逃した物にも気づけるかもしれない。地術を使ったトラップでモルガナ君へ抜けた魔獣の足止めを狙ってもいいね。なにせ実績があるから」
「やってやんぜ!」
「先生…………!」
二人とも感無量の様だ。
だがこの陣形を提案する理由はもう一つある。この中で最も価値のあるモルガナを生存しやすくする為だ。
いざとなれば、サイカ君が食われている間に逃げられる様にね。モルガナならサイカを切れる。マリーゴールドを連れて逃げるだろう。
意外にも友情に厚いこいつは親友を見捨てられない。なら一番安全な位置に置いてやればいい。
それにマリーゴールドにも将来性があるから生きてて欲しい気持ちもある。
犠牲を許容するなら一番合理的な布陣だ。
犠牲といえばガルナ君達を思い出すが、彼等も間違った判断をしたわけじゃない。
魔獣の擦り付けは犯罪行為だが死ぬよりマシだろう。まあ彼等は死んだがね。
「……………………」
二人はテンション爆上がりだが、一方モルガナは無表情に俺を見ている。
もっと喜びに震えなさいよ。お前の理想の陣形を提案してやったんだぞ。
「せんせぇはなんでもお見通しなんだねぇ…………でもありがと」
「モモ?」
あらあら裏まで読まれちゃったかな?
だがそれならそれで好都合。
是非奮起して将来の金蔓を守ってやってくれ。
「ではこんな所で良かったかな?モルガナ君はサイカ君の剣術の腕を知らない様だし、これから訓練場に行くのも良いかもしれないね」
「それいいねぇ…………。そろそろ誰かを蹴りたくなってきた頃合いだしぃ?魔術抜きでやってあげるぅ」
「…………おもしれぇ。手加減するなとは言わねぇよ。だが余裕ぶったその表情は変えてやる!」
「二人とも熱くなり過ぎないでよね…………」
よしよし。これで後はアンジュの管轄だな。
問題児が消えたならゆっくり資料を読めるぜ。
「…………とっ」
いきなり顔面にきらりと輝く何かが飛んできた。…………これは金貨か、モルガナだな。
"十九時。あの公園で"
相変わらず情熱的なラブレターだな。
ちょっとイケナイなぁと思いつつもついつい受け取っちゃうよ。
(クズのカイリ先生の言うちょっとってどれくらいなの?)
お前の僅かに隆起したバストくらい?
(死ね)




