イカれ仮面をぶっ殺し隊
「これはッ!?」
肉厚のパンが二つに断たれ、その間には宝石と見紛う程の鮮やかな具材が溢れ出ている。
赤、白、緑、色とりどりの野菜が顔を出し、漂うほのかな酸味。おそらく酢漬けだろう。俺の好きな奴だ。
その色彩にも負けずとも劣らず。鮮やかな薄桃色のハムは、この場は自分の所有地だと主張する様に存在感を放っている。
そしてこの深緑色のハーブ。細長い茎に小さい葉が寄り添う様に広がっている。俺の推察によればコイツがこの作品の肝である。
香りはお酢の匂いに紛れて判断がつかない。全くの未知である。
結局のところ、召し上がらねば何も分からないという事だ。
臆する暇などない。
いざ――――!
「参る――――――――うまあああああああああい!!!」
口にした瞬間吹き抜ける爽やかな香り。柑橘系を思わせる風味とそれに隠された僅かな苦味。
ハムはそれ自体が甘く味付けされており、前述の苦味と合わさって芳醇な味わいを作り出している。
薄味の酢漬けは食感が楽しく、食べる者を飽きさせない。
魚介風味のソースのガツンとくる塩味と旨味は、この街の海の豊かさを教えてくれる。
勿論パンも素晴らしい。カリッと焼き上げられた反面、中は柔らかくもちもち、断面にペーストが塗られている。
これはレバーか。そのコクにより全体の味が底上げされている。
最高のサンドイッチだ。
いや違う!
これが!これこそが!!!
「バイン・ミーだあああああああああああああああ!!!」
「うるさっ!」
(うっさ………)
リンに連れられてきた食事処『チム・ジー・トゥー』。
港に近い立地の割に店内は狭く、カウンターテーブルしか置いていない。
メニュー表を見るに、回転率の良い料理やテイクアウトで稼いでいる様だ。
「貴方って静かに食べられないの?」
呆れた様に溢すリン。
「いや悪い。でも美味い料理を食うとな、勝手に漏れでちまうんだよ。愛がな」
(自己愛しかない様な奴が良く言うね)
(うっせうっせうっせ。そっくり返すぜその言葉)
ミサトの記憶を参照出来るのと同様に、ミサトも俺の思考を読む事が出来る。
元から思考はダダ漏れだが会話として伝える為には、強く念じる必要があり少々面倒だ。じゃないと区別が付かないからな。
リンにミサトの事を教えるつもりはないので慣れていかないといけない。
「故郷の料理を喜んでくれるなんて嬉しいねぇ」
「いや本当に美味しいよ。バインミーは小説で知ってさ。いつか食べてみたいと思ってたんだ」
子供の頃読んだ物語だ。
どんなに地獄を生きていても、本を開けば別世界だった。
嫌な思い出の中にあっても、ページを捲り文字をなぞったあの記憶だけは、今も俺の中で色付いている。
――――やめてくれ!俺たちは家族じゃないかァ!
そして俺を救ったのも書物だ。
「ふふ、いい子を捕まえたねぇリンちゃん」
「だから違うってタオさん」
しかしこれである。
俺たちが店に着くなりこのおば様は、
店の看板を下ろし、本日閉店の札をはり、温かい蓮の葉茶を振る舞い、バインミーをはじめとする御馳走の数々をこさえていった。
「あのリンちゃんが彼氏を連れてきたんだからね。同郷のよしみだよ。おほほ」
だそうです。
リンは罪悪感と説明しづらさでおろおろしてたが、役得でしかない俺は思いっきり乗っかっていった。
はい!リンちゃんの彼氏のカイリくんです!
(きもいうざい)
(嫉妬かな?)
(死ね。昆虫並みの情緒しかないクソ野郎)
鞄の中から負け惜しみが聞こえるのぉ。
ちなみに俺が美味い飯を食うとミサトは不機嫌になる。
食べられないからねぇ。辛いねぇ。お供えしてあげようかぁ?
(お前の脳内に私のスプラッタシーンを流し込んでやろうか?)
(すみませんでした。食事中は勘弁して下さい)
「じゃあアタシは奥で明日の仕込みをしてるから。あとは若い者でよろしくねぇ」
「だから違うってー!」
おほほ、と去っていくタオさん。
鋼鉄女が子供のよう。物凄い貫禄だぜ。
「まあ好都合ね………これからの話をしましょう」
「待てっ!」
「えっ、なに!?」
「まだ食後の蓮花茶を飲んでいる最中だ!」
「…………楽しんで貰えてる様でなによりだわ」
「楽し過ぎて復讐なんか忘れそうだ」
「ふざけないで」
ゆっくりと茶の味に浸る。
目の前には無表情のリン。怖いねぇ。
さっきまで年頃の娘さんみたいな顔してたのにな。
ここは良い店だ。
しっかり掃除された店内は古くとも清潔感をおぼえる。
食器は新し目の物が使われており、口に入れる物だからという配慮を感じる。
メニュー表は一文字一文字丁寧に書かれているし、モナド料理が分からない人の為の説明書きもされている。
勿論料理だって長い時間の仕込みがあってこその美味さだろう。
タオさんの世話好きで優しそうな雰囲気が、そのまま投影されたかの様だ。
だからこそリンも自然体でいられているのだろう。
しかしそれでは駄目だ。
先の事を話すなら、もう少しリンには現実に帰って貰わないとな。
茶を飲む時間くらいの間は、水を差すには丁度いいだろう。
「さて、今後の方針についてだがその前に――ウェーブ・ベンディング」
空気の密度勾配を作り操作。ここでの会話は俺たちにしか聞こえない。
「今何をしたの?」
リンの目には警戒と微かな怒り。この店で魔術を使ったのが気に障ったか。
「まあ落ち着け。タオさああああああああん!愛してるよオオオオオオ!毎日俺の為にバインミー作ってくれえええ!!!!!!!」
「ひゃあッ!」
(うるさ!お前もういい加減にしろ!)
俺の大声に対し気付かず作業を続けるタオさん。
「わかったか?ここでの会話は他の奴には伝わらない」
「…………ええ、わかったわ」
少し顔を赤らめたリンが納得する。ひゃあ!だもんなぁ。恥ずかしいよなぁ。聞かなかった事にしてやる。
「随分手札が多いのね。とても風魔術には見えないけど…………。他にどんな力が使えるの?」
「切断、昏倒、衝撃波、消音。これだけだよ。全部見せたろ?」
「それだけ?私を殺す手段は腐る程あるのではなかったの?」
「そんな事言ったかな」
そう言って水差しに入れてある水を注ぎ飲む。
訝しむ様にこちらを睨むリン。
悪いが不必要に手札を晒す真似はしない。
「秘密主義はお互い様だろ」
リンのコップにも水を注いでやる。
昼に戦ってみて思ったが、徒手空拳で戦うわりに間合いの位置に違和感があった。
視線の置き方にもな。
回収した暗器の内容を考慮しても少しおかしい。
似た様な戦闘スタイルの奴の中にも何度か入ったからこそ気付けたが、あれがリンの全力ではないのだろう。
切り札があるはずだ。
「探り合いは無しだ。それで今後の方針だがな、俺に名案がある」
「昨日みたいな小芝居に付き合わされるのは嫌よ」
コップに口を付け、訝しげにこちらを見やるリン。だがこの策には自信ありだ。
「いや今回は王道でいく。なっちゃおうぜぇ!金級冒険者によぉ!!!」
きょとんとした顔になるリン。
コイツ予想外の事には表情変わるなぁ。
「俺たちは仮面の野郎を探している。そして恐らく奴も俺たちを探している。なら向こうに見つけて貰えばいい」
「……悪くないわね。仮に奴の執着心が薄れていたとしても、害意がある私達の影響力が上がるのは、向こうとしても煩わしいはず」
「刺客の一つでも送ってくれれば殺して記憶を覗けばいい」
完璧な作戦だ。
あまり経験は無いが、魔獣ぶち殺すのも人間ぶち殺すのも大して変わらんだろう。
賞金首ハントを専門に扱ってもいいしな。
……おい、あいつは最年少金級冒険者のカイリだぞ!?
……マジか!あれが噂の《ディザスター・プリンス》のカイリか!?クソッ、悔しいけど格好いいぜ!!!
みたいな展開になってもいいんじゃなーい?
(ぶはっ!プリンスってなんだよ!ダサ過ぎッ…………ヒッ、お腹痛いッ。お前は私を笑い殺す気か?)
(冗談だから笑うのやめようね……)
笑われるのは罵倒されるより凄く辛いよ………… 。
(大体あんたにはもう二つ名あるじゃん?ぴったりなのがさ。《ウツボカズラ》のカイリさん?)
知りませんそんな他称。私は許可していません。弁護士を呼べッ!
他の街で人間のクズ・フィッシングを繰り返してたらついた二つ名である。
おかげで目立ち過ぎて拠点を変える必要になった。
だってこれが一番楽に儲かるしー?
情報収集もできるしー?
「ともかくだ。俺たち2人でパーティを組むって事でいいな?」
「異論はないわね。実力も申し分ない。改めてよろしく」
「ああ、じゃあそういう事で」
俺は指を弾いて魔術を解除する。
それなりに時間も経ったし不自然に思われても困る。
「おいしかったよタオさん!有り難うございました!」
「タオさん、ご馳走様。料金はいくらかしら?」
「あらいいんだよぅ。私の気持ちなんだから。でもこんな長い事無言で見つめ合っちゃって!目で会話するってやつかい?ロマンスだねぇ」
「だから違うってー!」
さて方針は決まった。
暗中模索からの脱却。今日の成果は申し分ない。
やはり良い街だな。ここに来て劇的に物事が動く。
奴の首を刎ねる感触を味わう日もそう遠くないだろう。




