飲み会 後編
そこそこ時間が経ち、皆一様に出来上がってきた。
室内は煌々と魔道具の照明に照らされており、昼間のように明るい。
部屋を借りるだけでも財布に致命打を受けそうだが今日は奢りだ。気にする事はない。
「こちらは東方風ロールオムレツになります」
「ありがとう」
給仕の女性から料理を受け取る。要するにだし巻き玉子だな。
焦げ目なく均一な黄色をしている。隅には大根おろしが添えてあり、黄色と白が黒い器によく映えていて綺麗だ。
箸を使って割ってみると丁寧に層が作られていた。
先の塩焼きや筑前煮も美味かった。これにも期待が持てるな。
細かく切り取り口に運ぶ。まずはおろしは付けずそのまま。
………………ほう。
しっとりとした舌触りに出汁の香り。
噛み締めると卵のまろやかさとコクが口の中に広がる。
砂糖は使っていない様だな。まさに出汁を食べている様な味付けだ。
ほのかな塩気が酒を誘う。余韻の消えぬまま米酒を一口。
「………………はぁ」
米酒の辛口は出汁の風味を壊さず、逆にそれを引き立てる。
まるで上等な汁物でも飲んだ後の様な感じ。
なるほど。これがだし巻き玉子。
出汁を巻くとはよく言ったものだ。
「…………驚いたな。上手に使うものだね」
向かいのアクアが玉子焼きをつまみながらそう言った。
上手にって箸のことか。そう言うお前も器用だがな。
「東方料理には目がなくてね。覚束なかった箸使いも食べているうちにマシになったな」
何度もミサトの記憶の中で食べたからな。箸の使い方は体に染み込んでいる。
あの料理の数々を実際に味わう事が出来ないのは物悲しいがね。
とはいえ類似性はある。あの国そのものではなくとも、ついつい懐かしくなり追い掛けてしまうのだ。
「僕以外に使える人初めて見たよ。一応用意はされてるけど皆ナイフやフォークだし」
「まあ箸を使う文化圏ではないからな。ちなみにリンも使えるぞ。あいつの国でも箸は使われているからな」
「チェスに夢中の彼女か。国でもって事は南部の出身かい?…………というかこの短時間でよく酔いを覚ましたよね、彼女」
呆れているのか感心しているのかわからないトーンで話すアクア。
トイレから帰ってきたら素面に戻っていたからな。
本当にあの馬鹿は馬鹿過ぎて笑えない。
負けた傷は治さない癖に、酔いを消す為なんて理由で死にやがって。
「そうそう、飲み屋でチェスが始まるとは思わなかったが。ジェイス先生も大概愉快な人だな」
宴もたけなわ。徐に鞄から小型のチェス盤を出して挑戦者を募り始めたジェイス先生。酔っ払ったリンが挑戦を受け、それを肴にして他の面子は騒いでいる。
つまりあの負けず嫌いはチェスに勝つ為に死んだわけだな。
「だろ?教師生徒問わず人気者だよ。チェスが趣味なんだけど強過ぎて誰も相手をしてくれないのさ。だから酔いに乗じて誘う為に毎回飲み屋にチェス盤を持ってくるんだ」
やっぱおもしれー男だな。
清廉潔白で誰が相手でも対等に接する好漢。真面目でリーダーシップに優れているが茶目っ気もあり話しやすい。
学園の教員は天職だろうな。
「そいつは可愛らしい理由だな。ところでこの店はあんたの希望だったよな?もしかして常連だったりするのか?」
「どうしてわかったんだい?…………なんて白々しいか。こんな格好だしね」
「正直似合い過ぎているな。あんたと飲んでいると此処を東方の国と勘違いしそうだ」
「君は女ったらしだな」
そう言いながらアクアは空いた自分のグラスに酒を注ぎ俺の前に置いた。
俺はその酒を飲み干す。その後縁を布巾で拭き、同じ様にグラスに注ぎアクアに渡してやる。
返盃だ。東方の文化だな。
一瞬大輪の様な笑顔を見せるが、恥じらう様に咳払いをするアクア。
無言でグラスを取り、酒を飲み干す。
口角を上げ面白そうにこちらを見ている。同好の士との出会いは嬉しいもんね。
「誰にでもこんな事は言わないさ」
(こいつは誰にでもこんな事を言っています)
「…………今度僕の家を見せてあげる。秘蔵の東方酒と盃もあるんだ。一緒に呑もうよ。ちなみに僕だって誰にでもこんな事は言わないからね」
「お眼鏡に適ったなら嬉しいね。しかし楽しみだ。その時はイカの乾物でも土産に買って行こうか」
「それは定番だ」
二人で笑い酒を注ぎ合う。
よしよし感触は悪くないな。美人と仲良くなって損はない。しかも高給取り。
「………………負けました」
「よっしゃああああああ!!…………っと失礼。こんなに苦戦をしたのは久々だったのでね。すまない」
悔しそうに縮こまるリンさん。そして対照的にガッツポーズで喜びを表すジェイス君。どこまで面白いんだ君は。
「負けちゃったけど凄いわリンちゃん!ルール分からないからよく分からないけど!」
「いや学園長、リンさんは大したもんですよ。ジェイス先生をここまで追い詰めるとは…………」
「あんなに焦ってるジェイス先生ははじめて見ました」
「ククク…………」
へぇ、リンが負けるなんてな。強過ぎるっていうのは嘘偽り無いようだ。
リンと打った事はないが実力は何度も目の当たりにしている。こいつに勝つなら中々の物だな。
「リンさんがこんなに強い事に何より驚いたよ。カイリが強いのは知ってたけどさ」
唐突にアンジュちゃんからのキラーパス。
その流れは面倒な予感しかないのだが。
「なんだとっ!?…………ならば勝負だな、カイリ先生!」
ルークの駒をこちらにかざしポージングするジェイス君。
ルークの駒なのでいまいち格好がつかない。ずんぐりしてるし。いや性能は素晴らし過ぎるのだが。
しかし迂闊な事を言いやがって。
こちらの怨みがましい視線に気付いたのか、舌を出しあっかんべーをかましてくるアンジュ。わざとかよ。というかこいつも酔っ払ってやがんな。
「そうね…………カイリは私以上の実力者。必ず仇を討ってくれるはずッ!」
「次はカイリちゃんが参戦ね!よく分からないけどいいわよ〜〜〜!」
「面白いですねぇ。カイリ先生がどう戦うのか興味ありますよ」
「ほらここに座って座って!アクアちゃんとばかり話してたらだめですよー」
やれやれ。断れる雰囲気ではないな。良いところだったのに。
だがまあアクアは酒に強そうだ。これ以上付き合っていたら思考に影響しそうだし丁度いいか。席を立つ口実になる。
「…………ふう。いっちょ格好付けに行くとするか」
「自信がありそうだ。ジェイスは本当に強いよ?」
「まずまずな」
リーリアに手を引かれ、リンと入れ替わるように席に座る。
ジェイスはタンポポスーツを脱ぎ腕捲りをしている。やる気満々だな。
(和服女のいう通りこのタンポポ相当強いよ。お前がやっても恥をかくだけだと思うけど)
俺がやるわけないだろ。面倒くさい。
というわけで頼みますよセンセ。
(はいはい。そうなると思った)
言葉のわりに声色は嬉しそうだ。
チェス好きだもんね。家でもしょっちゅうリンと対局してるし。
付き合わされる身にもなって欲しいが、今回はよろしく頼むぞ。
「そっちが白でいいぜ」
「…………面白い。胸を貸して貰おうか」
チェスは先行の方が勝率が高いからな。
挨拶代わりの軽い挑発だ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。良いゲームにしよう」
ちなみにミサトはチェスでも天才だ。




