飲み会 前編
あの後なんやかんや飲み会に行く事になってしまった。
まあ奢り飲みを断る理由もないからな。ちょっと眠いけど。
という事で着替える為に一時帰宅したのだが。
「すぅ…………すぅ…………」
嘘やろ!?夕方過ぎなのにまだこの女寝ているんだが!
しかも何も着てないっぽい。さては一日寝てたな。
腹が立つがまあいいか。説明の手間が省ける。
ちゃっちゃと着替えてアンジュちゃん迎えに行こっと。
酒場に向かう途中で他の教員と出会ったら気まずいからな。二人で行った方が良い。
「というわけで一緒に行こうぜ」
「何がというわけなんだ…………。まだ化粧終わってないんだから来るなよ」
そう言いながら唇に色を乗せているアンジュちゃん。その色はいつもより薄く明るい色をしている。
「…………何か言いたい事でもあるの?じろじろ見てさ」
「いや別に。良い色のリップだなと思ってな」
「こういうのが好みなんでしょう?仕上がってから見て欲しかったけどね」
こいつとの会話は肩肘張らないから楽だな。変な勘違いもないし。
出会った頃はヒモだの寄生虫だの最悪な勘違いをされていたが。
(いやそれ事実じゃん)
「よし。どうかな?」
立ち上がりくるりと一回転。得意気に笑い掛けてくるアンジュ。まあ確かに綺麗だよ。
黒い綿布のシャツに墨色のスカート。
それを覆う薄葡萄色の羽織に同色の革製のブーツ。
カジュアル且つシックな様相だ。
いつも結んでいる長い黒髪は解かれており、そのせいか猫の毛みたいにふんわりと下ろされていて愛らしい。
銀色に光る首元のネックレスはロバートの店で買った物かな?
「顔の傷がなければ満点だな」
「サラッと人のトラウマ抉ってくるのやめてよ…………でもま、それなら良かった。君は嘘はつかないからな嘘は」
含みのある言い方だナー?
しかし単なる職場の飲み会に気合い入りまくりだ。
対する俺は鼠色の上。鼠色の下。チャーミングな黄色い毛糸帽子。以上。
「…………そっちはもう少し格好つけた方がいいよ。特に帽子」
「帽子に対する意見は受け付けていない。まあ準備出来たなら行こうぜ」
そう言ってドアノブに触れようとした瞬間、勝手に扉が開いた。あれ?自動ドア?俺の知らない間に科学が発展しちゃった感じ?
「…………どこに行くのかしら?」
「げ…………」
「あ…………」
扉の向こうには寝癖ばりばり魔人が不機嫌そうに立っていた。
「諸君!グラスは持ったな?では学園長、お願いします!!」
「飲みの席だ。堅苦しい事は無しにしよう。じゃあ——————今日は無礼講よ〜〜〜!明日はお休みなんだから潰れるまで騒ぎましょう!乾杯ッ!!」
「「「かんぱーい!」」」
………………ふぅ。
空きっ腹にワインは効くなぁ。でも良く冷えていて美味しい。
普通の酒場では冷えた酒など飲めない。水術師のリーリアが大桶に氷を作ってくれていて、そこで酒瓶を冷やしているのだ。
寒い時期でも冷たいワインは美味いからな。有難い配慮だ。
さて、今いる場所は酒場"イースト・ウィンド"の予約個室。
名前の通り東方様式の酒場だ。
イグサで編まれた床板が張られており、中央には背の低い長方形の大テーブル。
靴を脱ぎ薄いクッションの上に各々の姿勢で座っている。
(まんま居酒屋じゃん)
まさしくそうだ。こっちの東方の文化はミサトの国によく似ているからな。
とは言っても一杯目は赤ワインだし、卓上に上がっているのはフルーツ群だから変な感じ。まあ料理はこれから来るんだろうけどね。
しかし東方由来の酒場ならばお刺身とかワンチャン出てこないかな。
(マジで!?出て来たら貸してよ!約束したよね!?)
いやお前行きたい店があったんじゃなかったのか?
というかこんな知り合いばかりの空間で体貸せるわけないだろ。また今度にしなさい。
(いやお刺身出て来たら我慢できるわけないじゃん!?それにお前のまた今度は信用出来ないんだよ!)
でもこの国に魚の生食文化はないからな。出てくるかもわからんぞ。
そもそもカルパッチョやマリネならアクアパレスで食えるだろうが。
(お刺身とは別なの!いいから約束は守ってよね!)
へいへい。出て来たら考えまーす。
「ちょっとリンさん。ペース早いと思うんだけど…………」
「このくらい普通でしょ?それとも私がお酒飲む事に不都合でもあるわけ?」
「そんな事ないけどさぁ…………」
右手に見えますは、まるでヤケ酒の様に酒を呷るリンちゃんとアワアワしているアンジュちゃん。
今日のリンは長い赤髪を左右に丸く纏めている。
蒼穹の様な立ち襟のドレスには深くスリットがはいっており、覗く素肌が扇情的だ。即席の割に気合いメラメラですな。
しかし不都合ならありまくりに決まってるだろ。
酔っ払う前から絡み酒しやがって。自分の酒の弱さを自覚しろっての。
まあアンジュちゃんがヘイト引き受けてくれるならゆっくり飲めるね。リンが酔っ払うまでの僅かな時間だが。
「だいらいあなたのリップはなんらのよ!それって私の色とおそろじゃん!つまりカイリの好きな色じゃん!…………やっぱり狙ってるんだあああああ!」
僅かな時間終わっちゃったよ!!
こいつの酒の弱さは既に特殊能力の領域だろ…………。酔拳とかやるのかな…………?あれは酔った様な動きをするだけらしいけど。
「ちょっと声大きいって!リップの色はそんなつもりじゃないんだよぉ…………」
「ふふっ、酔ったリンちゃんもキューティクルねっ!」
グラスを持ちながら俺にウィンクをする学園長。
完全にオネエモードである。
こっちはこっちで頭の剃り込みが気合い入り過ぎ。
学園からそのまま来たのか相変わらずスーツ姿にアクセサリーじゃらじゃら。
気を抜くと怒号が飛んで来そうな見た目に僕は落ち着かないです。
「僕の連れがすみません。…………ただでさえ飛び入りなのに」
「そんなの気にしないの!他のみんなも友達連れて来たりなんてのはザラだから!というか口調も普段通りでいいわよ。無礼講よ無礼講」
あれあれ外行きの口調だってバレてました?
まあこいつはゲーニッツの友人だしマリーゴールドの師だ。俺の事を聞いているのかもしれないな。
まあトップがそう言うなら崩していくかね。
「そうですよ。お酒は楽しく飲みませんとね。どうぞー」
左隣のリーリアがそう言って葡萄の皮を剥いてくれる。
「ありがとうございます。…………まあそこまで言うなら俺も楽にするよ」
「そうそう。その方が話しやすくて良いですよ」
リーリアに笑顔を返し葡萄をひとつまみ。酒だけ飲むのは辛かったから有難いな。
気が利く女性だ。俺より五つくらい上かな?
鮮やかな青色のボブカット。白磁の様な肌に透き通った鈍色の瞳。
それでいて子供みたいな爛漫な笑顔。コケティッシュな魅力がある。
灰色のスーツがよく似合っているが私服姿も見てみたかったな。
「リーリアの言う通りだよ。学園の外でまで堅苦しいなんて僕はごめんだね」
そう言う向かいの席の女性は法術士のアクア。
癖の強い短めの銀髪。年はリーリアと同じくらいかな?
こちらはなんと東方風の着物を着ている。
大輪の白椿が描かれた漆黒の一枚着。
腰に真っ赤な大きめの帯が巻かれており、ボタン等の代わりを果たしている様だ。
立てた片膝に肘を置きワインを呷っている。
堅苦しいという言葉とは別次元に生きている感じだが、その様が非常に良く似合う。
この店を提案したのはアクアだし、東方の文化が好きなのかな?気が合いそうだ。
「場所と場面を考えるのは大事な事だ。常に肩肘張って過ごす事が良いとは限らないからな」
そうアクアに同調するジェイス君。
全身にタンポポが描かれたスーツという肩肘張った様子がまるで無い姿をしている。その服絶対オーダーメイドだろ。
「私もそう思いますよ。リラックスしていきましょう」
こちらはドワーフっぽい見た目のガラモン。茶色い服をきている。
「ククク…………そうだな」
シルバ。性別は男。
(男の描写雑過ぎて草生える)
だって男の子なんだもん。
「失礼致します。お待たせしました。こちら若鶏の塩焼き、秋野菜の東方風ごった煮、ジンジャーサラダに御座います。塩焼きにはこちらの柚子胡椒をお好みでどうぞ」
給仕の女性が襖を開け、二人がかりで料理を並べてくれる。
ほうほうほう。刺身ではないが心が弾むな。
中々渋いラインナップだ。
(筑前煮に生姜サラダかぁ…………柚子胡椒も苦手だし今回はいいや)
子供舌め。大体俺の体使って食べるんだから好き嫌いも何もないだろ。
(気分だよ気分!…………でもお前の舌がオムライス嫌いでなくて良かったよ)
オムライス嫌いな人類とかいるの?
「来たね。じゃあ次はこれを開けようか」
アクアが大桶から酒瓶を引き抜いた。
これは…………ライスワインだとッ!?
「待ってたわ!それじゃあ米酒飲む人挙手!」
「はい!はいはいはい!よくわからないけどはい!!!」
リンが元気いっぱいに万歳している。その動作は挙手ではないぞ。
見ると全員が手を挙げている。
飲み慣れているのかな?教員達の行きつけなのかもしれないな。
勿論俺も挙手。アンジュちゃんまで控えめに手を上げている。中々飲める物でもないしな。
手際よくグラスに米酒を注ぎ並べていく学園長。
もしかして前職はそういう関連でしたの?オネエだし。
早速舐める様に味見。…………結構くるな。香りが強いしちびちびやらんと酔っちまうかもしれん。
「おいしーーー!えっ、これ…………おいしーーー!ヤバいよカイリ!おいしすぎる!えっ、カイリ全然飲んでない!カイリ全然飲んでないよカイリ!なら貰うね」
貰うねじゃねえよ酔っ払いが。
略奪を防ぐべく伸ばした手は虚しくテーブルを叩いた。
こいつハンドスピードが速すぎる…………。
「ふふっ、どうぞー。まだ口を付けていませんからご安心を」
リーリアちゃんが自分のグラスを俺の前に置いてくれた。
え?前職は女神の方ですか?ぜんぜん口を付けて下さっても構いませんよぼくは。
「ありがとう、リーリア先生。先生はよく気が付く人なんだな」
「そうでもないですよー。実はちょっと下心がありまして」
チラリと横を見るとリンは米酒を強奪しようとアンジュと揉み合いになっている。
よしよし、気兼ねなく仲良く出来るな。
「へぇ…………、そういうタイプには見えなかったけどな」
まずはがっつかず見の構え。逆ナンにはそれなりの難易度を演出して達成感を与えましょう。
あとは攻略時は口が軽くなる傾向にあるのでそこを利用して好悪と弱点を調べましょうね。
(でたーーー!クズの女漁りマニュアル)
何を言っているのか。対人関係というのは知る事から始まるんだぞ。
相手を知りたい、自分を知って欲しい。この気持ちを尊重する事こそが肝要なんだ。
僕はカイリ!19歳!好きな物は読書と食事とお金と扱い易い女の子!君の事も教えてね!
「違う違う。リーリアはモルガナを飼い慣らす方法を知りたがってるんだよ」
「もー、先に言わないでよー」
アクアからの正解発表に膨れ面のリーリアちゃん。正直かわいい。
はーしかしモルガナ案件か。期待して損した。
まああいつは人の言う事なんて聞くタマじゃない。自分より弱い奴ならなおさらだ。
リーリアの事はまだ分からんがモルガナには及ばないだろうからな。
そういう領域にあいつはいる。
「なにー?あの淫乱ピンクのことー?そんなのカイリがお得意のテクで押し倒」
「あーーー!倒したって言ってましたね!カイリはモルガナ君と戦って倒したって聞きましたよ!それで心酔する様になったとかで!」
「そうそうそうなんだよ。初日に目を付けられたみたいでな!模擬戦を挑まれたんだ!それで勝ったら懐いてきたというか!」
ふざけるなよ淫乱レッドがッ!
アンジュがリンの口をグラスで塞ぎながらフォローしてくれる。
ありがたいがいけるか?苦しいかな?周りの反応を見ると絶句している。ヤバい…………。もう逃げる?いや純愛アピ出来たらワンチャン?
「…………皆が驚くのは無理ないがおそらく事実だ。私も偶然に彼の力を見る機会に恵まれたがな。素晴らしい腕だった」
「向こうじゃ新進気鋭の大型新人で通ってるのよ。ゲーニッツ君の話じゃ、カサンドラちゃんより実力は上らしいわ」
「カサッ!?…………痛い」
「…………おっとグラスが」
「ふん。嫌な名前だね」
「ひぃ…………」
驚いたシルバが膝やテーブルにぶつけた。
ガラモンはグラスを零してテーブルを拭いている。
アクアは空のグラスを口に運び、リーリアは服の袖を握って震えている。可愛い。
どんだけビビられてんだよあの毒蛇。
とりあえずモルガナの事は誤魔化せた様で何より。
まあバレても生徒殴り殺し未遂するよりマシだろ。自由恋愛だし。
(その恋愛はお前に自由過ぎるんだよ)
恋愛とは自由な物だから。
あっ、このサラダおいしー。




