二人の恋心
「そんな事があったのぉ?私もせんせぇの格好いいとこ見たかったなぁ」
"あれ"に呼ばれてなければなぁ…………とモモは残念そう。
家族を"あれ"っていうのはどうかと思うけど気持ちは分かるので何も言えない。
師匠に言われ今日は学園を休む事にした。
"コンディションの悪い中授業を受けても効果は薄い。一日しっかり休め"との師匠命令である。
正直寝不足だったし助かった。あの人に言われたらどのみち授業なんて受けられないし。
モモは私が休んだのを聞いて心配して来てくれたみたい。サボるのはどうかと思うけど正直嬉しい。
「こっちは怖かったんだからね!…………格好良かったけど」
「あっーーー!マリーが乙女の顔してるぅ!せんせぇのこと好きになっちゃったんだぁ!」
「えっ!すすすっ、好きっ!?」
その言葉を聞いて急に顔が熱を持ちだす。
好き?いや先生は先生だし…………でも格好良かった。私の事を分かってくれた…………好き。え、うそだ…………これって好きなの?わけわかんない。わかんないけどどんどん熱くなるのを感じる。
「そっ、そういうモモはどうなの!あんなに露骨にアピールしてるじゃないの!」
「うん。私はカイリ先生の事が好き」
「えっ…………」
誤魔化す様に言った私にモモが答えた。
今まで見た事のない様な真剣な表情だ。
「はじめはね、負けたから。ただ強かったから。だからこの人にしようって思ったの。でも一緒にいるうちにね、カイリ先生と先生がダブって見える様になっちゃって…………もう無理だった。好きになってた。自分でも勘違いだって分かるんだ。だって先生と違ってカイリ先生は…………これはいいか。でもどうしようもないの。好きなの」
「………………」
なんて言葉を掛ければいいか分からない。
モモは妾の人から魔術を習ったって言っていた。関係の悪かった両親の代わりだったとも。
もう会えないとも言っていた。
モモの言う"好き"にどれ程の思いが乗っているか分からない。
「だから私は絶対に先生を取り戻すの。どんな手を使ってもね。…………といっても私のカラダくらいじゃ靡いてくれなかったけど。三回もしたのにね」
「…………何を言ってるの?」
モモが自らを抱き締める様にして体を震わせる。
嘘だ。いつもみたいにふざけてるんだ。モモの言いそうな事じゃないの。そんなわけない。私は気持ちすら自覚出来てないのに。
「せんせぇは格好良かったよぉって事。マリーとは争いたくないの。まだ気持ちに火がつく前に諦めて欲しい」
「——————ッ!分かんないよそんな事!先生の事が好きかどうかさえ分かんないのにっ!!」
「ごめんね。だから今言ったの。今なら痛みが小さく済むから。…………それに先生は多分危ない人だよ。マリーを不幸にすると思う」
「だから分かんないって言ってるでしょっ!!」
本当は分かる。先生は恩人だ。私の下らない壁を壊してくれたし、夢だって認めてくれた。
でも私の頭を撫でてくれた時と同じ温度で人の首を刎ねていた。人を刺し殺した後でも何一つ様子に変わりはなかった。
普通の人じゃないのは分かってる。でも恩人だから。
「もういい!…………もういいから帰ってよ。今日の事は忘れるから…………」
「マリー…………」
モモの悲し気な声が聞こえる。私は俯いているから表情は分からない。多分見ない方がいい。
悔しい…………。ちゃんと先生の事を好きになれていれば良かった。
そうだったならモモに対してこんな気持ちは抱かなかったのに。親友なのに。
————コンコン
ノックの音に反射で顔を上げてしまう。
「あ…………」
「私帰るから…………明日は休んじゃ駄目だからねぇ。マリーいないとつまんないしぃ」
扉を開けてモモが部屋を出て行く。
モモは泣いていた。
私は馬鹿だ。今日の事は忘れるなんて言って。モモは真剣に話してくれたのに…………。
追いかけなきゃいけないのに足が動かない。私はなんでこんなに弱いんだろう。
「その、…………邪魔したかしら?」
声に顔を上げると、入れ替わりにリンさんが部屋の前に立っていた。
「いえ…………おはようございます。事件の時は有難うございました。えっと、どうしました?」
「謝礼は貰ってるから気にしないで。今日は昨日の件について話を聞きに来たの」
昨日の件か。先生に聞けばいいのに何で私に聞くんだろう。
でもありがたい。部屋を出なくていい理由が出来たから。
「ありがとう。彼に聞いた話と大体同じね」
リンさんに昨夜の出来事を話す。憲兵さんにも一度話した内容なのでまとめる必要なく話せた。
綺麗な人だ。クールな感じに見えるけど、言葉の端に気遣いを感じる。雨の日は傘も持ってくれたしね。美人で優しくて…………そして先生のパートナー。
「…………怖い記憶を思い出させちゃったわね。ごめんなさい」
ぼうっとしている私を見て勘違いしたみたいだ。
でも見惚れていたなんて言えない。
「あの…………先生に聞いたならなんでって思っただけで」
「ごめんなさい。貴方を疑っているわけじゃないの。カイリは情報を隠す事があるから一応ね…………」
我ながら最悪な誤魔化し方だったが意外な返答が返ってきた。
情報を隠す…………?恋人なのに?
目を丸くした私にふっと笑いかけるリンさん。
「意外かしら?まあ見るからに優男みたいな態度だったものね。でもあれは擬態よ。信じてはいけないわ」
優し気な口調は芝居だったのは教えてもらった。
でも職場で言葉を正すなんて当たり前の事だ。師匠だって職場では全然様子は違う。普通の事なんだ。
……それに先生は多分危ない人だよ。マリーを不幸にすると思う
でもモモの話を思い出す。
きっとリンさんの言ってる事は態度の事だけじゃないんだ。
「…………モモが先生は危ないって。人を不幸にするって言っていました。先生はどんな人なんですか?」
リンさんが驚いた様に目を見開く。当然だ。恋人の悪口を言われたんだから。本当に自分がだらしなく思える。
モモには聞けなかったのに。
「…………驚いたわ。あの色惚け娘に男を見る目があった事に。分かっててあの態度ならどうしようもないけどね」
「そんな…………」
それでは肯定しているみたいだ。否定して欲しかったのに。恋敵への牽制であって欲しかったのに。
「一言で言えばカイリはクズね。視線一つ挨拶一つですら人を操作する手段って考えてる。人の心を算数とかパズルかなんかと勘違いしている外道よ」
先生はそんな人じゃない!
言おうとしても喉から声が出ない。
ずっと一緒にいる彼女がそう言うんだ。否定なんて出来ない。
それに自分でも納得してしまっているから。
「それなのに先生の事が好きなんですか?」
「すっ!!?…………私ってわかりやすいのね」
恥ずかしそうに視線を逸らしている。こういう顔も愛嬌があって可愛い。わかりやすいも何もないと思うけど。
「勘違いしてそうだからいっておくけど私達は恋人ではないから。…………でもそうね、彼の事を愛しているわ」
恋人じゃないのにあの距離感なのか。本当にこの人達の事が分からない。でもだから知りたい。そこに答えがある気がする。
「クズなのに?なんで好きになったんですか?」
「改めて考えるとよく分からないわ。同じ道を歩いているってのもあるし、弱さに触れた事も…………今思えばあれは罠か。本当なんなんでしょうね?何度も助けて貰ったけどそれも打算でしょうし。考える程に答えがでないわね。…………でも理屈じゃないから」
お気に入りの指輪を撫でる様な表情でリンさんは語る。
好きな人の事を想うとこの人はこうなるんだ。
私には分からない。モモに聞かれた時私はどんな顔をしていたんだろう?
「それにね————例え彼に思惑があったとしても、彼が私にしてくれた事は全部事実だから。一緒にいて落ち着くのも楽しいのも…………愛おしいのも。全部本当なの。だから私はそれでいい。この答えで満足出来るかしら?」
「……………………」
「ちょっと。何か反応が欲しいのだけど?…………相当恥ずかしい事を言っている自覚はあるのよ?」
「あっ、すみません。…………ありがとうございました」
胸に刺さった棘が抜けた様な気分だ。
…………そうだ。先生がどんな人でも私に掛けてくれた言葉は変わらない。私を救ってくれた事実は何も変わらない。
私は先生の事が好きなんだ。
胸を張って言える。
これで、
これで対等になれる。
例え棘の抜けた傷から血が流れるとしても。
「なんだか妙な気分になったわね。これから貴方の師匠と食事なのに。…………気が滅入るわ」
「ふふっ、確かに師匠は濃いし迫力がありますからね。でも外だと対応は普通ですよ。顔は変わりませんけど」
「あの強面と二人で食事ってだけでも怖いのよ…………」
本当に可愛らしい人だな。この人もライバルだと思うとこっちこそ気が滅入る。
しかし師匠がランチに誘うならあそこかな?あのローストビーフは絶品だから。
一緒に行ってあげたいけど私が顔を出すわけにもいかないしね。
モモにも明日謝らないと。心配して来てくれたのに悪い事をした。モモが泣いている所なんて初めて見たからびっくりしたよ。
でもきっと大丈夫。
私達は親友だから。




