向日葵の徒
「おーい」
「………………」
ペシペシと女の頭を叩く。
暗がりでよく分からないが、おそらく20代半ばくらいの女性。短めの髪。指輪にブレスレット、ネックレス。あとは首に立派な刺し傷がありますね。わかる特徴といったらこれくらい。もちろん俺の知り合いではない。
…………うん。暫く観察したがちゃんと死んでるな。
再生能力はミイラくん限定の様だ。安心した。
大方死体を操るギフトといったところか。
迫り来るミイラ君のインパクトは凄かったが、初見殺しの枠を出ていない。
本体も近くにいるんじゃ不死身の意味あんま無かったし。
さて、いつマリーゴールドが来るかも分からんし早めにやっとこう。ごそごそ。ていっ。
俺は小指を切り落とし布巾に包む。毛髪では死体判定されない場合もあった。これが確実にギフトを使う上での最小スケールだ。
このまま慰謝料でも貰っておくか。一つくらいならバレへんやろ。
ネックレスは血だらけでばっちいから腕輪にしよう。
ん?腕輪を取り上げると手首になんか付いてるのを確認。なんだこれ…………傷?いや刺青か?
何らかの絵が小さく描かれている。暗くてよく見えないな。
そう思った瞬間、部屋がぼんやりと照らされた。…………花の様に見える。いやまてマリーゴールドはランタンなんて持っていない。知らん奴が近付いてくるみたいだな。一応死体から離れておこう。
程なくして男がマリーゴールドと共に入ってきた。
「ッ!?離れていろ!」
「えっ、死んで…………いやあああああああ!!」
入ってきた二人が照らされた死体に驚愕する。
もうちょっと綺麗に殺しとくべきだったかな?
「…………お前がカイリか。俺は治安官のシェハイルだ。この女生徒から話は聞いている。お前からも話を聞きたいがまずはその剣を下せ」
「憲兵さんでしたか。なら背中の紋様を見せてくれませんか?いきなり通り魔に襲われたものでね…………」
治安官…………通称憲兵。貴族中心に組織された国の治安維持機構だ。赤いタバードを着ており、その背には鯨を模した刺繍がされてある。それが彼らの身分証明にもなっている。
憲兵を装った罠の可能性もある。この状況で背を向けるのなら信用してもいい。
「…………もっともだな。これでいいか?」
シェハイルが背を向ける。逆光気味で見辛いが確かに鯨の紋様あり。多分本物だな。
「はい。ありがとうございます。はぁーーー疲れた」
俺はズボンのポケットに手を入れ、店の壁に背をもたれ掛ける。
右のポケットには穴が開いており、大腿部に着けているベルトから手離剣を取れる仕組みになっている。
魔術も沢山使ったからな。いざという時はこいつに頼るぜ。
(周囲はちょっと騒ぎになってるみたい。外に出て来た野次馬に加えてミイラのそばにそこの男の同僚が一人。野次馬との会話から察するに今から団体でやってくるみたいだね)
まあこの夜更けに物音だしまくりでしたからね。
しかしその様子なら本物と判断してもいいかもな。
「何でも聞いてください。…………でも初めに言わせて貰うと正当防衛なんですよ」
「疑っているわけではないから安心しろ。…………"白面のミイラ"。こいつがその正体か」
そう言って女の死体に近付く。
なるほど。賞金首か何かだったのか。
確かにこの女の能力ならバレずに犯罪もやり易いだろう。ミイラが捕まっても元は死体だ。まさに死人に口無し。無いのは鼻だがね。
「そして向日葵の刺青…………やはりな」
シェハイルが女の手首をランタンで照らす。
さっきは良く見えなかったがやはり花だった。丸いマークの周囲を花弁で囲んでいる黄色一色の刺青。これは向日葵か。
「その可愛い向日葵がどうしたんです?」
「お前には…………いやいいか。強盗事件でも解決に導いたのはお前だと聞いている。俺の裁量で話そう。今後も協力して貰いたいしな」
うわ、藪蛇な予感。だが俺自身が狙われた以上無関係ではいられない。
「…………"向日葵の徒"。そう俺たちは呼んでいる。この都を遊び場にしている犯罪者どもだ」
草木も眠る丑三つ時。長い事情聴取から解放され、現在とぼとぼと帰宅中である。
はあああ〜〜〜っ、疲れったあああ!!!
明日は仕事休もう。襲われたダメージがーとか言ってアンジュちゃんに全部押し付けよう。そうしよう。
結論から言えば無罪放免だった。予想通りミイラ子ちゃんは賞金首だったらしい。
白面を付けた謎の怪人による繰り返される殺人及び強盗。ようやく公園での凶行を最後に捕まえたと思ったら中身は物言わぬミイラだった。
逮捕劇を一般人に目撃されてしまった事から犯人は捕まったと噂が流れたが、そんな事はない。憲兵は犯人をギフト能力者であると判断し過去の事件を再捜査。
この女はその中で調べた参考人の内の一人だったらしい。それを聞いて俺は思わず、
「もっと早く逮捕しろよな。腕輪で隠されていたとは言え刺青持ちなんだからさ。お陰でこちとら死ぬ思いだよ!」
と、言いたかったがお利口な僕は黙っていた。権力怖い。
そして件の"向日葵の徒"の話も聞いた。
犯罪者どもとは言ったが、どうやら組織では無いらしい。
一部の犯罪者から見つかった向日葵の刺青。
しかし彼らには今の所何の繋がりも見つかっていないとの事。
尋問しても「わからない」。拷問しても「わからない」。
そもそもいつ何処で刺青を彫ったのか本人すら知らなかった。
故に"向日葵の徒"。徒はダブルミーニング。なんの関係もない仲間という事だ。
名付けた奴のセンスが光りますな。
「ただいま」
「…………遅かったわね。また釣りにでも行っていたの?」
ようやっと帰って来たお疲れの相棒に対するこのセリフ。
今夜も彼女は不機嫌なご様子だ。夜更かしは美容に良くないぞ。
「敵に襲われた。殺したがな。俺を襲った理由がわからんから今から調べる。邪魔するなよ」
「なっ!…………ええ。分かったわ」
シェハイルの話によるとマリーの店を襲った奴らの腕にも刺青があったそうだ。
徒同士の繋がりはないとの事だが俺は信じていない。
現時点では何も分からないからな。
俺は椅子に座りテーブルの上に布巾に包まれたお土産を置く。
開いてみると、色素が抜け乾燥が始まっている。ミイラみたいに皺だらけになってるのは面白い皮肉だ。
「ギフトを使うのね」
「ああ、お話出来る状況じゃなかったからな。それに人間には嘘吐きが多い」
俺は彼女の小指に手を伸ばす。
さて、君の事を僕に教えてね。
「——————————ッ!」
"さんさん太陽心地いい。春の風が南から吹いた"
"黄色い絨毯元気に咲いてる。シートを敷いてピクニック"
"おいしいママのサンドイッチ。パン屑こぼして蟻さんにお裾分け"
"みんな笑顔で嬉しい日。あっという間に夕暮れ時"
"楽しい時間ももうおしまい"
「…………はぁ、…………はぁ」
はーきっつ。頭のおかしい奴の中に入ると脳みそが溶けそうになる。
見えたのはミイラによる殺しの瞬間ばかり。単なるスナップフィルム集だ。
なのにこの女の頭の中は童謡で一杯。ひたすら頭の中で歌っているだけ。人を殺しているという自覚はない。男を殺した時も女を殺した時も子供を殺した時も老婆を殺した時も、ずっと歌っていただけだ。
「…………何が見えたの?」
「何も分からん。ただ、今回の敵は相当面倒そうだ」
こういうパターンは前にもあった。
行動と精神が乖離している。洗脳や操作を受けた奴の脳内はこんな感じになる事がある。
つまりはミイラ女の行動には他の奴の意思が介入していた可能性がある。
強盗の奴らの頭の中も怪しいな。これが"向日葵の徒"の共通項だとしたらかなり危険だ。
何しろ俺は命を狙われているわけだからね。
誰が俺を襲ってくるか分からんという事だ。
結局その理由は分からなかったが、どちらもマリーの店や帰り道での出来事だ。…………あの店何かあるのか?情報が足りないな。
はー安全に儲けられる依頼だと思ったのになぁ。まだ契約期間まで半月以上もある。ゲーニッツ紹介の依頼だから逃げる事も出来ないし。
ほんとやんなるなー。とりあえず明日は仕事休んでゆっくりするか。
(あ、じゃあ明日は体貸してよ。まだ食べてないメニューあったんだよね)
だめだめだめ。
出掛けたらサボったのバレちゃうでしょーが。




