名前の由来
……ほらあれって
……若いな。ぼんやりしてるし銀級には見えない
ガキどものコソコソとした声を無視して頁を捲る。
見覚えがない生徒だ。一年生か二年生かね。
俺たちは三年生としか関わらないからな。気になるのは仕方ないか。
現在時刻は午後五時を過ぎたところ。
授業も終わり、俺は図書室で調べ物の真っ最中。
部屋に窓はなく、等間隔に設置された魔道具が机や本棚を照らしている。
まさに読書に没頭出来そうな雰囲気だ。目は悪くなりそうだが。
ゲーニッツの言っていた通り、この学園の図書室はかなりの規模だ。
魔術、算術、体術、歴史、法、伝記、魔獣、神学、伝説の類に至るまで。流石に娯楽小説などは無いが、かなりの蔵書量を誇る。
授業資料としてなら借りる事も出来るらしいが、借本履歴や授業内容は厳しくチェックされる。
過去に写本を作って儲けようとした馬鹿がいたらしい。
まったくどこの馬鹿だ?写本で儲けようなんて。そいつの倫理観はどうなってるんだよ。
(ほんとそれ)
ともかく面倒なので授業に結び付き難い本は図書室で読む事にしている。
まあ図書室で読むのも嫌いじゃないからな。むしろ好き。
「先生、ここにいたんだね」
声に振り返ると背後にマリーゴールドの姿。
意外な場所で会ったな。いや俺を探しに来たのか。
「こんにちは。マリー君も本を探しに来たのかい?」
「いや、私は先生を…………"白の聖女の足跡"?三百年前の人物だっけ?変わった本読むんだね」
図書室で私語は…………と思ったがもう俺たち二人しかいないな。目くじらを立てる事でもないか。
しかしそんなに変わってるかね。伝記は魅力的なジャンルだと思うが。まあ"白の聖女"については伝記というより伝説みたいなもんか。
「ではここで勤勉なマリー君に問題を出そうかな。この本のタイトルにもなっている"白の聖女"とはどの様な人物だったでしょうか?」
「はは、藪蛇だったかも…………えっと、凄い法術士だったんだっけ?あと聖女って言われるくらいだから優しい人?」
「適当だなぁ。でも概ね合ってるよ。類稀なる治癒能力を持ち、国中の人々を無償で癒しながら旅をしていたそうだ。だが法術士ってのは間違いだね。法術では病は治せないから」
法術は教会由来の秘技だ。習得方法も術理も秘匿されているが、この情報だけは公開されている。
病は法術では治せない。
毒物の解毒は可能なところを見るに、細菌やウイルスには対応出来ないと言う事なのかね。腫瘍や生活習慣病もキツそうだ。どう作用するか分からんしな。
「そういえばモモが風邪引いた時に言っていた様な…………じゃあ白の聖女はギフト持ちだったのかな?傷や病を治すギフトとか?」
「その可能性は高いね。ただ治癒能力かどうかは分からないな」
「えー、治癒能力以外でも治せる物なの?」
「そうだね、例えば…………人間の体を作り変える変身能力。そんな力があったら傷や病も治せてしまうんじゃないかな?健康な体に作り変えてしまえばいいわけだから」
実際そう上手くやれるのか分からないがな。仮説でしかない。
「…………先生って変わった考え方するね。捻くれてるというか」
「多角的に見ていると言って欲しいね。…………おっと、もうこんな時間か。そろそろ図書室も閉まるな。帰ろうか」
「そうだね…………あっ、忘れるところだった。先生、これからうちの店に来れないかな?師匠がこの前のお礼を渡したいんだって」
パァアアアアアアアアアアアアアアアア!!
キターーーーーーーーーーーーーーー!!!
待ってましたそれ本当に待ってました!
結局強盗事件の当日は店主に会う事は出来なかったらしく謝礼金を貰えなかった。
しかし高級店には面子がある。いずれは声がかかると思っていたが今日がその日であったか!
つーかこの場にリンはおらんからピンハネ出来ちゃうんじゃないの〜〜〜?
(お前の倫理観はどうなってるんだよ)
いやいやこの前の事件では明らかに俺の方が働いていたからな。その分多く貰うだけだし何も悪くないね。罪悪感無し。
「出来ればリンさんにも来て欲しいんだって。都合が付かなければ後日でもって言ってたけど」
「あー、彼女は人付き合いが得意でないんだよね。人見知りっていうかさ。あまり乗り気にはならないかもしれない」
「そうなんだ…………確かにそんな感じしてたかも。じゃあどうしようかな?」
「良かったら僕から渡しておこうか?どうせ一緒に住んでるしね」
「うん、お願い。…………同棲してるんだもんね」
ヨーシヨシヨシヨシヨッシー!!
この恥ずかしそうに俯く思春期は、同棲という単語に気を取られているご様子。余計な事は考えないだろう。勝ち確ですよこれは。
七対三くらいで分ければいいな。折半という事で。後々金額に突っ込む様な下品な奴じゃないしバレる事はない。
「それじゃあ早速行こうか。もう辺りも薄暗いしね。君を送る口実が出来て良かったな」
「もう!見かけより気障だよね先生は」
照れつつも嬉しそうな反応。気障なセリフは効果ありだな。
性格は世話焼きで真面目だが少々夢見がち。
四人兄弟の長女。モルガナとの関係を見るに兄弟の面倒を見てばかりであったのは想像に難くない。
歳上からのこういう態度は嬉しいだろうね。
言葉は無料だしな。言うだけ得だ。
「可愛いからって真冬にこーんな短いスカート履いてさ、それで風邪引いちゃったんだよ?ほんとモモは頭いいのに抜けてるっていうかさー」
「うわ、それすっごいモルガナ君らしいな」
二人で夜の街を歩く。
既に日没だが所々に街灯の魔道具が配置されてあり歩くのには困らない。さす首都。まあ公園に設置されてるくらいだしな。
歩き始めは緊張していたみたいだが、すっかりリラックスしているマリーゴールド。歓談しながらの下校となりました。
何と言うかマリーゴールドは普通だ。
会話の内容も兄弟や友達、夢の事。
他の奴と違って赤かったり黒かったりピンクだったりしない。普通の女学生だな。
でもそれでいいよ。普通が一番。何も考えなくていいしね。君はそのままの君でいてくれ。
「おや、この花壇に咲いているのはマリーゴールドか。君の名前の由来だったりするのかな?」
「…………いや。違うよ」
あら?予想と反応が違うな。
名前関係は地雷だったりするのか?会って早々愛称を許可されたくらいだしな。浅慮だったか。
会話は途切れ、静寂の中を歩く。
チラリと横顔を覗くも表情は無し。失敗したかな?
とりあえず空気を読んで黙っているが。
暫くそうしていると、意を決した様にマリーゴールドが口を開いた。
「…………その花じゃないんだ、名前の由来は。先生知りたい?」
「…………無理に言わなくてもいいよ。君はマリーだろう?」
俺の言葉を聞き、泣きそうな顔でこちらを見るマリーゴールド。
やはり名前にコンプレックスがある様だ。
「無理してないよ。…………先生に聞いて欲しい。話しても大丈夫かな?下らない話なんだけどさ」
「聞くよ。君の事を教えて欲しい」
「先生は本当に気障だなぁ…………それじゃあ言うね。私の家ってさ、子供を売って生計を立ててるんだよね」
「それは…………穏やかではないな」
え?なにそれ?ヤバない?フツーの女生徒からミサイルみたいな会話が飛んで来たんだけど!?
これ僕聞いて大丈夫?後々消されない?今からでも聞かなかった事に出来んか?あいたたたたたた。先生いきなりお腹痛くなってきちゃったな。帰らないとダメかも。よしこれで行こう。
「ごめん今のは比喩。奴隷商とかではないよ。我が子をめかし込んで貴族や金持ちに嫁がせてるんだ。そういう下らない事をずっと続けてる…………」
なーんだびっくりした。単なる玉の輿大作戦ね。
そういや資料でも親類がどうたら書いてあったな。
マリーゴールドは涼しげな美人だし、このまま学園を卒業出来れば箔がつく。国屈指の有名校だからな。
良い結婚相手に恵まれるのを祈ってるよ。
「…………大丈夫かい?酷い表情だよ。無理に言わなくてもいい」
「大丈夫だよ…………大丈夫じゃないけど。でもずっと抱えていたから。誰かに聞いて貰ってスッキリしたい。それなら相手は先生がいい」
「…………わかった」
はーーー。正直面倒だけどいいよ。
言葉は無料だもんな。精々スッキリすればいい。
「だからね、名前の由来は花じゃないの。マリーゴールドって事。私の一生はお金持ちと結婚する為にあるって名前に決められてるの。ね?下らなくて笑えるでしょ?」
「………………馬鹿か?」
「えっ?」
間抜け面につい足を止めてしまう。
何を悩んでいるんだこいつは?まったく意味が分からない。
「本当に下らないな。名前の由来?そんな物気にしてどうする。名前で何かが変わるのか?見た目が変わるのか?人格が変わるのか?そんなわけがない。お前はお前でしかない。下らないのはその程度の事に囚われているお前自身だ」
そもそも名前なんてどうでもいいだろ?他者と区別する為の記号に過ぎない。
俺は違う。俺は気にしない。
名前が変わったところで主人公は変わらない。
…………おかしいな。苛立っているのか俺は?
何故?こんなの合理的ではない。
カイリらしくない。
(…………クローディアの記憶の影響を受けてるみたいだね。彼女は間違った名前でお前を認識していたから。記憶を読んだ際の混乱がまだ残っているみたいだ)
そうか?…………そうだな。お前の言う通りだ。あいつの記憶はウィルウィルうるさかったからな。納得した。
これもギフトの副作用だ。稀に読んだ記憶の一部を自分のものと勘違いしたままでいる時がある。
違和感に気付けば勘違いも解けるし問題はないがな。
「………………」
マリーゴールドは目を見開いたまま黙っている。相当なショックを受けた様だ。
あーやっちまったな。
俺らしからぬミスだ。まあギフト関係はどうにもならん。モルドールの時もロンゾの時も無駄に命を掛けてしまったしなぁ。感情が制御出来なくなる。
さて、どうフォローしようかね。
「先生ッ!」
「ちょ、マリー君!?」
いきなりマリーゴールドが抱き付いてきた。目には大粒の涙を浮かべている。
なんで?ちょっとまって、感情のままに喋ったからいまいち自分が何言ったか覚えてないの。
ひたすら罵倒しただけだった気がするんだけど!?
「そうなんだ……。私は私なんだ!私は自由に振る舞っていいんだ!私は好きに友達作っていいんだ!私は夢を追いかけていいんだ!うわああああああん!せんせええええええ!!」
「落ち着こう!一旦落ち着こう!!すれ違った人凄い目で見てたから!先生捕まっちゃうから!!」
「ありがとおおおおおお!せんせええええええええ!」
だからなんで!?




