休日の過ごし方
「おや、それは"白鍵の無いピアノ"じゃないか。クラウディ先生の」
「えっ、先生わかるの!?」
「勿論。大ファンでね。クラウディ先生の作品は全部読んだよ。…………実は彼女とは幼馴染なんだ」
「嘘!?すごっ!!!クラウディ先生ってどんな方なんですか?」
「あいつは昔から本の虫でさ、僕が借りた本まで読もうとして取り合いになったり——————」
「休み時間にまで勉強だなんて精が出るな」
「卒業後は財務に関わる仕事に着くんです。でも計算でよく分からない所があって…………」
「どれどれ…………土地の辺の長さを求めよ…………二次方程式か。いいかい?まずは辺を仮に◯とするよ。この面積に◯の10倍を足すとこうなるわけだからつまり…………」
「解けた…………!最難関の問題なのに!先生本当に冒険者なの!?」
「何だこの味はあああああッ!?柔らかくローストされた牛肉!これがまず素晴らしい!丁寧に薄切りされた肉は口の中で溶けそうなほど!しかし俺が着目したいのはこのダークブラウンのソースだ!赤ワインをベースにしたグレービーソース。だがこの深みのある甘さとコク、そして僅かな酸味はなんだ…………?はっ!ソースの中に小さな種の様なものが…………分かったぞ!これはイチジクだッ!イチジクのジャムをソースに使っているのかぁーーー!!!」
「…………恥ずかしいから静かにしてくれないか?」
「ごはん食べてるせんせぇもすてきぃ」
そんなこんなで五日が過ぎた。
今日は休日。リンからの誘いで王都探索の予定である。
幾つか寄ってみたいお店があったからちょっと楽しみ。
本音を言えば一人でゆっくりとまわりたい所だが、こいつのメンタル管理も大事だからな。
最近は学園が忙しくて放置気味だしね。
「まずは本屋だな。グルメ誌を買って喫茶店に寄ろう。そこでコーヒーを飲みながら昼食の場所を決めるぞ。幾つか候補は絞ってあるがな。食後に"カルガモの橋渡し"のモデルになった大通りを見てまわりたいからルート的に無理がない場所を選びたい。その後はエステサロンに寄って風呂に入ってから薬膳茶を頂いて帰る。そんな感じでいいな?」
我ながら完璧な計画だ。
"カルガモの橋渡し"は俺が産まれる以前に書かれた児童文学だ。童話ながら当時の社会風刺が散りばめられており、大人が読んでも面白く、色々と考えさせられる名作だ。読んだのはガキの頃だが今でもよく覚えている。
本屋に置いてあったらそれも購入する予定。
今までは読んだら売って買っての繰り返しだったが、最近本棚を自分のお気に入りで埋める事にハマってしまった。
いずれはランドルお爺さんみたいな書庫を持つのが夢だ。
持ち家があるからこそ可能になったわけだがな。リンに感謝。
「…………本当にいるんだ。デートを細かくスケジュールで分ける男」
リンが呆れた様に溜息をつく。
えーこれってデートなんですかぁ?
リンはいつもの民族服ではなく、黒いセーターの上に臙脂色のコートを着ている。下は灰色のロングスカート。ついでに話すと髪は縛らず真っ直ぐに下ろしてある。気合い入ってますな。
対する俺はオリーブ色のセーターに同じ色のズボン。毛糸の帽子。何も考えていない。
でもこのオーカー色の帽子はチャーミングだと思いませんか?
(クソダサだと思います)
「というかエステサロンって?貴方の口から出る単語には思えないけど」
「失礼な奴だな。生徒からのオススメでこの前行ってみたんだよ。店内は綺麗だし風呂の質もいい。リラックス出来るぞ。まあそれなりに金は掛かるが」
嘘は言っていない。エステサロンとは勿論モルガナと入浴したあの店の事だ。
結構いい値段がするが今日はリンもいるからな。大丈夫だ。問題ない。
「だからこの前せびって来たのね。今月のお小遣い渡したばかりだったのに…………。というか依頼報酬折半なのに何でお金が足りないのよ…………」
「色々と必要でな。わけは話せないが無駄には使っていない。すまんな」
無駄どころか一銭も使ってないがな。いざという時のために報酬分は全て残してあるだけだ。
いつまでリンママに甘えられるか分からないからな。
真面目に貯金しておかないとね。
(M・J・S)
R・I・W。
「はぁ…………まあいいわ。特別行きたい所があるわけでもないしね。エステサロンもちょっと楽しみだわ」
「よしよし。ではまず本屋だな」
この都にきて初めての余暇。
教員生活は思った以上に忙しい。スーツも窮屈だしな。
今日は仕事を忘れて思う存分羽根を伸ばしてやるぜ!
「…………お化粧臭いから私達から離れてくれないかしら?そんなに厚く塗っても貴方の乳臭さは抜けないわよ?」
「……………そっちこそぉ死臭が強すぎてお鼻がまがっちゃうんですけどぉ?そのだっさい色のコートは誰の血で染めたわけぇ?」
俺を挟んで繰り広げられる女同士のバトル。
キャットファイトというよりは虎と獅子の闘争である。
どうしてこうなった。
以下ダイジェスト。
「あれぇ!せんせぇだ!せんせぇ〜休みの日にも会えるなんてうれしぃ〜〜〜」だきしめぎゅーー
「ちょっと!いきなり貴方なんなの!?」ひきはがしーー
「はぁ?わたしはせんせぇの大事な教え子だけどぉ?おまえこそなんなのぉ?そのババくさいセンスを見るにせんせぇのお母さんですかぁ?いつもお世話になってますぅ」
「バッ!?………………ふぅ。私は彼のパートナーよ。これから用事があるの。部外者は消えてくれない?」
「えぇ!?そうなんですかぁ?せんせぇ?」
「ああ……、まあその通りだ。だからまた学園でな」
「あっれぇ?せんせぇのお尻にガムついてますよぉ?取ってあげますねぇ…………でぇ?用事が何でしたっけぇ?」お尻のポケットに金貨ちゃりん。
「ああ!これから王都探索に行こうかと思ってね!モルガナ君も一緒にどうだい!?」
「はぁああああああああああ!?」
という事があったのだった。
(1000%お前が悪いな)
いや500%くらい俺は悪くないだろ。
「あの…………すみません、デート中なのに。モモはこうなったら聞かなくて」
「いや良いんだ。本当に単なる王都探索だから。知ってる人が同行してくれるなら心強いし、オフの日の君達の姿も新鮮で楽しいよ」
なんとマリーゴールドもご一緒してくれている。このサツバツ空間の清涼剤である。
元々二人で遊びに出掛けていたらしい。
「せんせぇ。今日のわたしはどうかなぁ?かわいぃ?」
「はいはい可愛い可愛ッ!」
…………適当な返しに腹を立てたのか手の甲を引っ掻かれた。
まあ実際よく似合っている。モルガナの格好は黒いゴスロリ調のドレス。髪型もツインテールにしていてモロ地雷系って感じ。地雷というよりはミサイルみたいな奴だが。
対するマリーゴールドはいつもと変わらない制服だ。
それでも制服のデザインは良いし、色も黒だからモルガナとお揃いみたいになってて違和感はない。
「…………私も服の感想言われてない」
「はいはい似合ってる似合ってる゙ぅッ!」
…………痛い。万力みたいな力で掌握りつぶされてる。
「あの……?大丈夫ですか?顔色が悪いみたいですけど」
「ああ、大丈夫だよ。君は優しいね。誠実で落ち着きもある。…………桔梗って花を知ってるかい?君の髪と同じ色の綺麗な花なんだが、君を見ていると自然と思い出すよ゙ぉッ!」
「そんな…………先生ったら!」
マリーゴールド君は照れてお顔が真っ赤に。
僕のおててはどちらも真っ赤に。
君達実は気が合うんじゃないかね?
「カサンドラ先生の話ですか?関わりは殆ど無かったですけど噂程度なら」
「一目見ただけでやばいって分かったよぉ。闘る機会はなかったけどねぇ」
喫茶店で駄弁り中の俺ら。
当初のプランとは外れ喫茶店に直行した。
本屋で物色出来る空気じゃなかったからね…………。
「実際ヤバいわよ。蛇と狂犬を足して二乗した様な奴だから」
リンのカサンドラ評は辛辣だ。まあ俺も同じ意見だが。
折角だから去年の凶行について聞いてみた。
結局ゲーニッツはカサンドラのやらかしについて教えてくれなかったからな。
ここの教員に聞いても腫れ物扱うみたいに言葉を濁される。
「私も詳しくないんですけど、その生徒がカサンドラ先生の実力を疑って侮辱したとか。先生は風魔術師でしたから」
あーなるほどね。一般的に風魔術師は戦闘では雑魚だからな。他に比べて攻撃手段が乏しい。
放出で使うにしてもダメージを与えられるには出力不足。操作に至っては論外。空気の仕組みを知らないと使えないし、そもそも殆どの奴は知覚出来ない。
魔術学園で舐められるのは仕方が無いかもな。
カサンドラ自身もコンプありそうだったし、そこを刺激されてブチギレてしまいましたか。目に浮かぶ。
「あっ、風魔術を悪く言ったわけじゃないんです!ただそういう理由で…………」
「大丈夫、分かってるよ。それに風が戦闘能力に欠けるのは事実だからね」
「せんせぇの風は違うけどねぇ。わたし沢山いじめられちゃったしぃ?」
「えっ?」
おいおい。
思えば俺から口止めしておくとは言ったが、黙っておけとは指示していなかった。保身考えたら言う事もないと軽く考えていたな。
その後のちょめちょめの箝口ばかり念を押していた。
まあ余計な事を話されても面倒だ。俺から話そう。
「あー、モルガナ君の性格は分かってるだろう?僕の実力が気になったみたいで、初日に模擬戦を挑まれたんだ。辛勝だったがそれ以来認めてくれてね。だから気安く接してくれているんだ」
「せんせぇ凄かったんだよぉ。子供みたいに扱われてひぃひぃ言わされちゃったぁ。あの夜の事を考えるだけでカラダのどこかが熱くなってきちゃぅ…………」
それは多分右腕だね。
「それであの時またって。モモが負けるなんて銀級冒険者って凄いんですね…………」
モルガナは満足気に笑っている。
親友に隠し事をしたく無かったってわけね。自分から言うわけにもいかないから、軽く触れて俺に喋らせたわけだ。こいつは頭も回るからな。
若干ムカつくがこれなら他の奴らに吹聴する事もないだろう。
「初日…………生徒に絡まれる…………揉み合いになった…………入浴…………オススメのエステサロン…………?」
やばい。リンの脳内で名推理が始まってる。
どうして俺の周りには聡い奴しかいないのか。もっと扱いやすい馬鹿を寄越せよ!
(アベルが欲しいとかマジ…………?)
あいつは馬鹿を超越していてもはや別の何かだから!
「あー!実はこの後アクセサリーショップに寄ろうと思っていてね!!いつも世話になっている彼女にプレゼントしたいんだ。何か良い店に案内してくれないか?」
「えっ!カイリ…………」
「その服本当に似合ってるよ。でも首元が寂しいだろ。金細工のネックレスなんかその黒いセーターに映えるんじゃないか?」
リンは恥ずかしそうに顔を逸らしているが、テーブルの下で俺の手を握ってきた。
よしよし誤魔化せるな。
「大人だ…………」
「なんかむかつくぅ」
問題は尻ポケットの金貨二枚で支払いが足りるかどうかだな。
いざとなったら回数払いにしておうちに付けておけばいいね。銀級なら社会的信用もあるし可能な筈。
タイミングによってはリンが払ってくれるかもしれない。ワンチャンある。
(クズの等級なら殿堂入りしてるね)
うるせー!クズはクズでも僕は良いクズだからいいの!




