詐術的な座学
「…………っ!わたし気絶してた!?いつからッ!?…………マリーッ!!」
模擬戦も最後の組が終わり、現在はみんなで反省会中。
自分視点。チームメイト視点。他の生徒視点。アンジュ視点で状況を比較して語り合っている。
多角的な視点を持つ事は大事だからな。
アンジュも緊張がとれて楽しそうに指導している。
見目麗しいのに話しやすい。性格は真面目だがどこか抜けている。教師としては人気が出るだろうな。
俺は一人目覚めないモルガナのお守りをしていたというわけ。
起き抜け一番にマリーね。いつもの語尾が飛ぶ程大事らしい。
「マリーゴールドなら無事だよ。あっちでアンジュの授業を受けてるだろ?それに引き換えお前は授業中に居眠りか」
「せんせぇ。…………私は負けたんだね」
ホッとしたのか、立ち上がりかけた姿勢を戻し地面に座り込む。しかしその様子も一変。
いつものふざけた態度からは考えられない程に悔しそうな表情に変わった。
目に感情はなく。強く歯を噛み締め拳を握っている。
「なんで負けたのか分かるか?」
「そんなのくっつくあれでしょぉ?あんなの種が割れちゃえばどうって事ないよぉ。次は負けない」
「次なんか無い事は分かってるよな?」
「ッ!…………うん」
戦いに負けて生きていられるのは運が良い奴だけだ。
そして悔しがる理由は負けたからではないだろう。
「んで、なんで負けたのか知りたいか?」
「知りたい。もっと強くなりたい。負けたくない」
素直な奴だな。良くも悪くもだが。
俺はアンジュと違って良い教師の真似事なんてするつもりはない。
励ましたり、一緒に悩んだり。
そんな対応はこいつにとって薬どころか毒にすらならんだろう。
そもそもこいつはおそらく答えを知っている。
「マリーゴールドがやられて冷静じゃなくなったな」
「………………うん」
「接近して蹴るだけなら魔術師である必要なんか無い。真正面からのステゴロがお前のスタイルか?」
「違う。格闘は手段の一つ。距離をとって水を使うべきだった」
才能だなぁ。間違いを指摘されても腐らず前へと進む。本当に何を持ち得ないんだか。
「そうだな。では冷静さに欠いた事が一番の敗因なのか?」
「………………違う。私は最初から相手を舐めていた。それにチーム戦だったのに二人の事なんて何も考えていなかった。もう間違えない」
まあ別に仲良しこよしをしろと言いたいわけではないがな。
単に盤上にある材料を無視するなと言いたいだけだが、黙っていた方が良い雰囲気みたいだから黙っておこう。
「なら次は負けないな」
笑顔で頭を撫でてやる。こいつに見せる初笑顔だ。アルカイックスマイルではなくな。こういうのは効くだろう?
「ッ!……うん。うんっ!!次は負けないよ!ありがとうせんせぇ!せんせぇなんだか先生みたいだねぇ」
ほらチョロ。モルガナは使えそうだからな。
今のうちに種を蒔いておこう。いやぁ、青田買いも悪くありませんなぁ。
というか今はリアル先生なんだよ俺は。
「調子が戻ったみたいだな。ならお前もアンジュ先生の勉強会に参加してこい」
「それはやだぁ。わたしあの人嫌いだもぉん」
えーそうなの?
でも強いよ?
強いし真面目だし男装経験もあるからギリギリ行けませんか?
「なんだよ負けたからか?」
「それもちょっとはあるけどぉ、お腹なんか踏ん付けてせんせぇの子供産めなくなったらどうするのぉ?わたし「ウェーブ・ベンディングゥゥゥ!!!」お外ばかりでまだここに貰ってないのにぃ!!!」
あぶねえええええ!ギリ消音間に合った?間に合ってない?もーーーこの子いきなり何言っちゃってんの?主任様の前やぞ?アホなの?アホの子だろ!
「あーあー。あー!!!…………聞こえてないみたい。ちぇっ、折角既成事実作ろうと思ったのになぁ。せんせぇの魔術は本当に不思議ぃ」
知能犯だったコイツ!!!!!
油断も隙もねぇ。せんせぇの顔は焦りで真っ青になりました。
対する本人は悪戯がバレた子供の様に舌を出して笑っている。
だがふとその笑顔が消える。
潤んだ目をまっすぐこちらに向けて沈黙。真剣な表情だ。
その後ゆっくりと唇を開いた。
「…………わたしね。先生のこと好きだよ。たぶん滅茶好き。さっき大好きになった。だからね…………んっ」
突如俺の背に手を回し、頬に口付けてきた。
おいおい。
「…………ふふ、これからも色んな事いっぱい教えてねぇ!」
そう言って顔を真っ赤に染めながら下手くそに笑うモルガナ。
今更頬にキスするくらいで照れまくりですか。分からない感覚だ。
距離もあるし、向こうからは俺の背中越しだ。周りには見えないだろう。問題は無いか。
出会って二日なのに盛り上がり過ぎだろう。
まあ悪い気はしないけどな。
空を見上げると日が高くなってきたのが分かる。そろそろ飯時か。
「では午前中の授業は終了とする!午後は座学だ。夕方まで頑張れる様ご飯は沢山食べるんだぞ!」
アンジュが幼年学校みたいな締め方をしているが生徒にはウケている。早くも信頼の兆しが見えるな。模擬戦では悉くギタギタにした筈だが。
お前マジで教師向いてるんじゃね?
僕たちの存在忘れて終わらせたのはどうかと思いますが。
「はぁ…………飯食いに行くかぁ」
「いくぅ!」
今のは単なるひとりごつなんだけどなぁ。
まあいいや、良い機会だし学食に案内して貰おう。
さて午後の授業である。
予定通り座学の時間だ。
冒険者が座学を?と思うかもしれないが、俺たちだって机に齧り付かないだけで覚える事は多い。
粗野な冒険者だって頭の中は案外知識の宝庫だったりするものだ。
それを言葉に起こして伝えるのが今回の授業の趣旨だな。
「さて、午前中は加減知らずのアンジュ先生に苦労した事だろう。でも許してくれ。彼女は大層負けず嫌いなんだ。僕の知人と決闘した時なんて負けた悔しさから審判にすら喰ってかかってきたくらいだからね」
「ちょっと…………その話は勘弁してくれないかぁ…………未熟の至りなんだ。ほんと反省してるから…………」
アンジュのガチ反応にクラスで笑いが起こる。
このポンコツぶりは外から眺める分には面白いからな。
午後の座学は俺が担当。まあ全てをアンジュに任せ切りには出来ない。面倒だが戦うよりずっと楽だ。戦いなんて野蛮な事嫌いなんですわよね。
(困った時はすぐ頭の中で暴力がチラつく癖によく言う)
それが効率良ければねえ?考えちゃうじゃん?
そもそも嫌いなのは戦いだから。
「だが何故アンジュ先生が君達を完封できたか。それは君達の情報を事前に知っていたからだ」
まあそれ以前に実力差があり過ぎるからだが自分で話の腰を折る気はしない。
生徒は概ね真面目に聞いている。ある程度実力を見せたからな。納得してくれている様だ。
「君達の能力や長所短所は資料で知っていた。ああ、組み分けは僕が決めたから戦い易い様にアンジェリーナ先生が仕組んだわけではないよ。そこは勘違いしないでね。真面目そうに見えて悪辣だけどそういう線引きはちゃんとしてるんだ」
再び教室で笑いが起こる。アンジュが物申したそうにこちらを睨んでくる。何を言いたいのかな?
("お前が言うな"でしょ。お前線引きすらないじゃん?)
失礼な奴だな。大体ラインなんて物は越えてからがスタートラインみたいな所あるし。
「…………じゃあ俺たち雑魚二人をモルガナに押し付けたのはお前か」
ボソッと呟くサイカ君。
ちゃんと聞こえてるし後ろのモルガナがヤバな顔で睨んでいるぞ。
俺はモルガナに掌を向けて制止する。
「そうだね。バランスを考えて組ませて貰った事は否定しない。でも学習を考えるなら良いトリオだと思うよ」
サイカの前まで進み直接答えてやる。
単なる呟きのつもりだった様で気まずそうだ。
まあ続けるね。
「モルガナ君は気分屋で協調能力に欠ける。もっと周りを見て動ける様にならないといけない。しかし形だけでも彼女に合わせられる様な器用な奴じゃダメだ。でもだからと言って切り捨てられても困る。だからモルガナ君と仲の良いマリーゴールド君をメンバーに選んだ。これについては良い気付きもあったみたいだね」
モルガナが薄く微笑む。
対する二人の表情は硬い。まあモルガナの為の踏み台みたいな言い方しちゃったからな。間違ってはないけどフォロー入れよう。
「逆に二人にとってはモルガナ君自身が教材になる。彼女の戦闘能力は圧倒的だ。そんな彼女と共に格上に挑む事は君達への学びになると思った。…………先生の大人気ない行動によってそれは叶わなかったが」
「んぐぅ!…………だってカイリが苦戦したってきいたからさぁ」
小声でぶつぶつ文句を言うアンジュ。
実際お前はやり過ぎだ。偶然モルガナにとって上手く回ったが、やってる事は盗賊退治の時と然程変わらんぞ…………。
サイカとマリーゴールドの様子を確認するが渋々は納得した感じ。まあ自分が弱い事は自覚してるだろうからな。
「よし、話を戻そうか。折角だから初戦の内容に焦点を当ててみよう。モルガナ君不在で勉強会でも話さなかったみたいだしね。僕から解説するよ」
メインのモルガナはお昼寝中。残り二人も初手で気絶させられた為に話さなかった様だからな。
「先生はまず泥化で不意打ちをかけた上に、二人の排除に動いたね。それはなんでだと思う?マリーゴールド君」
「…………マリーでいいですよ。単に倒しやすかったからじゃないんですか?」
「では今後マリー君と呼ばせてもらおうかな。……倒しやすかった。それも勿論あるね。でも一番の理由は君達二人がアンジェリーナ先生にとって脅威だったからだ」
「はぁ?」
「…………そんなわけ」
疑っているな。まあ半分嘘で半分本当ってところだからな。でも後ろ半分を強調して気持ち良くなってもらおうね。
「あるよ。君達二人は地術師だろ?」
「あっ……!」
「っ!」
よしよし疑いに亀裂が入ったな。たたみかけるぜ。
「二人がかりで地面に干渉されたら先生だって上手く戦えない。初手の泥だって即解消出来ただろうし、切札だって使えたかも分からない。本当に君達を警戒していたんだよ。アンジェリーナ先生は」
二人は黙っているが眼がキラキラしてきた。
実際は駄目だししてるだけだが、自信のない二人には耳当たり良く聞こえるだろ?
「そう言う理由もあって二人を組ませたんだ。対地術用にモルガナ君をサポートする為にね。サイカ君もオマケなわけではない。分かってくれたかな?」
「…………うす」
「はい!」
実際お前らはオマケだけどな。
そもそもモルガナの成長戦略すら偶然だ。そこまで考えていたわけじゃない。
たまたまいい感じにまわっていた事を取り繕って話しているだけだ。
「とまあこんな風に今日の自己紹介を踏まえて情報戦の大切さについて説明したいと思う。まずは——————」
——————ゴンゴンゴーン
授業終わりの鐘が鳴った。
今日はここまでだな。
「本日はこれで終わりにしよう。配った紙には今日の授業の感想を書いて僕らに提出してくれ。それに合わせて授業を調整するから早目に頼むよ」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「こちらこそありがとうございました。ではまた明日。行こうか、先生」
「あっ、ああ。それではまた明日」
アンジュと共に教室を出て資料室に向かう。
ぽやっとしていて何も話さない。
んー?授業中にいじめ過ぎたか?
資料室に入る。昨日と同じ様に椅子に体を投げ出しだらしなく座るアンジュ。
クソデカため息のあと物言いたそうな眼で俺を見て物言い出した。
「手慣れ過ぎだろ君!!なんだよあの授業!あんな事まで考えてんの?私はなんも考えてなかったよ!」
「いや俺もそんなに考えてねえよ。結果だけ切り取ってそう言う見方も出来るなーって誤魔化しただけだし」
事実そうなんだがアンジュは納得がいかない模様。
「はい嘘ー!ていうか要注意のあの子に地術師二人寄せるとか嫌がらせか!本当に必死だったんだぞう!切札まで切らされたし!負けたらどうすればよかったの!?」
「えー勝手に切ったのはお前じゃん?」
「き・み・が!煽るからでしょう!?"手加減しなくていいぞ。負けて恥を掻きたくないだろ?"とか言われたら本気で行くしかないわよ!」
すごい剣幕で詰め寄られる。中性的な美人さんなので迫力があるな。香水に拘りがある様でいつも良い匂いがする。
ていうか口調にちょっと女の子でとりますよ。本当に余裕ないんだなぁ。大分緊張はほぐれたと思ったんだけどね。畑違いの仕事だしな。
「はーーー。私の授業はどうすればいいんだ…………。ハードル上がり過ぎて不安しかない」
「まあ向き不向きはあるからな。不安なら座学については俺が引き受けてやるよ」
「えっ…………いいの?」
「ああ。お前を困らせるのは本意ではないしな。代わりに実技は頼むぞ。今日の模擬戦の内容は素晴らしかったし生徒ウケも良かった。正直向いてると思う。明日からも頼りにしてるよ」
「うんっ!任せてくれ!…………そっかぁ、向いてるのかぁ。もう少し頑張ってみようかなぁ」
御満悦なアンジェリーナ先生。
よしよし、面倒な実技をやらなくて済みそうだ。
適材適所って大事だよね。




