ゆるふわキラキラ魔法先生カイリ
「静かに!由緒正しい我が校の生徒ならば弁えて授業に臨むべきだ。もっとも今は朝礼の時間だがね」
男の一声で静かになる教室。
聴覚的には静かになったが、こちらに集まる好奇の視線がまだまだ煩い。
この偉そうな黒縁眼鏡は学年主任のジェイス君。
短く切り揃えられた明るい金髪に、黒縁眼鏡が絶妙に合っていない。
着衣は至って真っ当な黒いフォーマルスーツだが、茶色いネクタイにはタンポポの刺繍がされている。可愛いがダサい。とてつもなく。
全体的に残念な男性なのだ。イケメンなのに。
「既に事前告知は行なったが改めて説明しよう。近年、我が国の犯罪率及び魔獣の被害は増加傾向にある。今この場にいる諸君らの安全が脅かされているという事だ。勿論国としても対処すべく政策を進めているが、マクロではなくミクロの視点で考える必要がある。国の問題というのは国民全体の問題であるからな。つまり私が言いたいのは国に任せきりなのではなく、各々が能動的な解決手段を講じるべきだという事だ。おっと勘違いはするなよ?無鉄砲に無謀に立ち向かえと言っているわけではない。危険を知り脅威を避ける、避けられなかったとしても逃げられる。そういう意味で——————」
どんな人なのかはわかったね?話クソ長眼鏡君です。
教室の大半はやれやれ顔だし三人くらい寝てる奴おるわ。
初見の俺ですら辟易しそうなんだから当然か。
(いたなぁ。こういう先公)
ノスタルジック幽霊は置いておいて状況を整理しよう。
深緑の黒板に教壇。学習用机がひいふうみい……20個ほど。勿論対応した椅子もある。
俺の右隣には黒縁眼鏡のジェイス先生。
左隣にはダウンポニーに後ろ髪を結んだ女子A。心なしかいつもより真面目に見えるぞ。
そして眼前には好奇の視線の山々。一部は寝ているけど。
つまるところはだ。
「紹介しよう。今日から戦闘面での非常勤講師を引き受けてくれる事になった先生方だ。失礼のない様に!」
寒風が吹き抜ける晩秋の今日この頃、
学園編始まりました。
学生どもの尊敬の視線が眩しい。
どうして俺がスーツをきめてゆるふわキラキラ教師になってしまったのか。
それは一ヶ月前に遡る。
「————相談があるんだけど聞いてくれないかい?」
食後の二杯目のコーヒーを注ぎながらシェフマスは言った。
時刻は日付の変わる2歩手前。場所は誰もいない酒場のテーブルだ。座っているのは俺とシェフマスだけ。
三不粘以降、恒例となった週一回の新作料理発表会である。
別に仲が良いわけでも馬が合うわけでもない。
しかし作る側と食べる側において一線を画す俺達だ。
自然と行動を共にする機会は多くなった。
そんな戦友の相談だ。聞いてやるのも吝かではない。
「シェフマスには世話になってるからな。何でも言ってくれよ」
「…………助かるよ。キャシーちゃんの事なんだけど」
「ごめんちょっとその日は無理っていうか頭が!頭がね!頭が痛いから無理かもしんない!」
カサンドラ案件とか絶対碌でもない。
というか粘ついた視線が怖いんだよあいつ!
もっとカジュアルな関係になれると思ってたのに湿度高いし!
最近では会う度リンとバチくそにやり合っててギルドに居辛い…………。
(身から出たモンキー)
アレンジ加えなくていいからさー!
「それでキャシーちゃんの事なんだけどね」
あこれ ▶︎はい って言わないと進まない奴だ。
えっとどの話だろう。俺に関係ある話?責任とれって話だったら今すぐアクアパレスからさよならしなくちゃいけなくなるが。
(思考回路がクズ過ぎる…………)
「それでキャシーがどうしたって?」
「キャシー…………?」
「カサンドラ様がどうかなさったんですか?」
「うーん、言い辛いな。キャシーちゃん自体の問題ではないんだけどね。いや娘にも責任はあるか。でもなぁ…………説明が難しい」
言い淀み過ぎてて話が進まない。
面倒な予感しかないな。
大体俺に人生相談なんかする筈がない。大方なんらかの頼み事だ。
「俺にやって欲しい事でもあるんだろ?まずそこから話していけば纏まるんじゃないか?」
「おお!そうだね、そうだ。流石に要領が良いな。だから君に頼みたいんだが——————学園の教師になってくれないか?」
「はい?」
うん?なんか聞き慣れない単語が聞こえた気がする。
どう思う?解説のミサトさん。
(こんな奴教師にしたら一年後には全女生徒が子持ちになるね)
はい、聞き間違いじゃありませんでした。
というか酷い誹謗中傷である。流石に子供に手は出しませんよ。
(その発言の後に"場合によるけど"がつくんでしょ?)
そうだな。場合によるけど。
ちなみに研究たのし過ぎて三日くらい風呂キャンする様な女学生は場合によらないから安心しろ。
(だれのこと言ってんだよおおおおお)
せめて体を拭け。清潔レベルがこっち以下ってヤバ過ぎるから。
「うんうん、纏まってきたぞ。場所はアムスネツィアの首都にある学園。教師と言っても一ヶ月限定の非常勤講師だ。戦闘のね。現場目線での私見や技術を教えてくれればいい。毎年やってるから向こうの先生方も慣れてる。そこまで大変な仕事じゃない筈さ」
「なるほどな。依頼なわけだ。それがなんでカサンドラと関わってくるんだ?」
「そこが言い辛い所なんだ。学園は私の母校でね、その縁で毎年こちらの冒険者を推薦させて貰ってるんだ。それで去年まではキャシーちゃんにお願いしていたんだけど…………」
わかった。反抗する生徒にぶちギレて半殺しにしちゃったんでしょ?それはヤバいよキャシーちゃん。
「反抗する生徒にぶちギレて殴り殺しちゃったんだ」
ヤバ過ぎるだろあの女!!!!!
というか完全にカサンドラ自身の問題じゃねえか!
えっ、もう関わりたくない……。逃げる?逃げちゃうか!アクアパレスにさよならバイバイするしかない!!
「あ、違うな。ギリギリ持ち直したんだった。セーフセーフ。危うくキャシーちゃんを人殺し扱いするところだったよぉ。その生徒は一生オートミールしか食べられなくなったみたいだけど」
何がセーフなのか。どう見てもアウアウだろが。
あいつは人の顔面をストライクゾーンだと勘違いしてる投手みたいな存在だぞ。この世界に野球はないけど。
「つまり出禁になったと」
「マイルドに言うとその表現になるね」
マイルドに言わなかったらどうなるのか気になりますぅ。
「まあそれでだ。出禁になったんだけどキャシーちゃんが中々納得しなくてね。やはり思い入れがあるからかな?まあ何とか説得出来たんだけどその条件が————」
「代わりの非常勤を俺に指名する事。というわけか?」
「…………流石だね。君となら言葉を交わさなくても会話が弾みそうだ」
うーん改めて整理してもよく分からんな。
そもそもカサンドラが教育に熱を上げる性格とも思えん。
教育熱心だとしてもそれで代わりに俺を指名?あり得ないだろ。
色々と情報不足だな。考えてもかえって正解から離れる様な気もする。
「非常勤の枠は二名。それにカイリ君を指名する事がキャシーちゃんからの条件だね。教育に携わるのだから誰でも良いわけではないが…………カイリ君なら私も安心できる。むしろキャシーちゃんより向いているかも知れないね」
教員ねぇ。正直あまり興味はないな。
人脈収集の手段と考えてもたかだか一か月。別に才能の青田買いをするつもりもない。食指は動かんな。
「…………あまり乗り気ではないみたいだね。でも学園の図書館はデカいよ。講師なら無制限に借りる事も出来る。だからさ、」
「最近熱心にしている調べ物も捗るんじゃないかな?」
やっぱりこいつはカサンドラの親だな。
いつだってこちらの求める物、あるいは弱点を押さえてから会話をする。
ゲーニッツは懐柔も脅迫もしない。ただ相手に理解させる。
こういうタイプが一番怖い。
「まあいいだろう。やるよ」
怖いだけに貸しは作っておくべきだ。
アクアパレスに於いてゲーニッツ以上の存在はいない。
どうせガキどもの世話をふんわりするだけだろう。
二枠あるなら片方にリンを捩じ込んで貰って、面倒事は押し付ければ良いしな。
「ありがとう。御礼をしないとね。勿論報酬は出すけどそれとは別に何か希望はあるかな?」
希望ね。俺の望んでいる事か。
「賞金首の資料が読みたい。あるだけ全部、全員分だ。既に捕まえたのも死んだのも失効したのも全て」
「変わったお願い事だね。しかし全員分だと膨大過ぎるな」
「それなら毒か麻薬に関する犯罪者に絞ってくれ」
「…………成程。ではその様に揃えておこう。他のギルドにも纏めて貰える様にお願いしておくよ。しかしこれだと御礼にならないな。仕事の報酬に仕事を振っている様な物だ」
ゲーニッツが目を細めて笑う。
俺でさえ違和感を覚えていた事だ。街の主であるこいつの眼を欺き切れる筈はないか。
「じゃあ今度魚介のごった煮作ってくれよ。きのこ入ってる奴な。あの辛い奴」
「おお!君がここで初めて食べてくれた料理だね。なら辛口の白ワインも付けないとな」
よく覚えているなぁ。嬉しくなっちゃうね。
こういう所が人を寄せ付ける理由なんだろうな。参考になる。
「ああ、それと非常勤の枠はもう一つあるんだろ?そこにリンを指名してくれ。あいつがいた方が動きやすいからな」
「それは無理だよ」
即答したな。もう枠は埋まってるという事か?
でもでもぉ、あなたの権力でどうにかなりませんかぁ?
あなたも私が受けないと困るでしょぉ?
俺の期待のアイコンタクトも虚しくかぶりを振るゲーニッツ。何故だ。
「ああ、言い忘れていたね。リン君では無理なんだよ。何せお願いするのはアムスネツィア魔術学園の魔術講師だから」
えー。
という理由からキラキラ魔術先生カイリが誕生したのであった。
(キラキラ……?その死んだ眼で……?killer killerの間違いでは?)
うるせー!
「今回来てくださったのは共に銀級冒険者のお二人だ。平民だから、冒険者だから。その様な下らない理由で礼節を軽んじる輩はいないと思うが、尊敬の心を忘れずに教授して貰いなさい。では先生方から挨拶をして頂こう!カイリ先生、お願いします」
あぶね。意識が逸れてたな。
こういうのは初めが肝心だ。ピシッと決めるぜ。
ジェイス君と入れ替わり教壇に立つ。
20人強の視線が俺に集まる。中々の尊敬の視線だ。一人寝てるけど。
「こんにちは。初めまして。アクアパレスで冒険者をやっているカイリと言います。…………ちょっと今日は肌寒いですね。君、桃色の髪の君だ。ちょっとそこの窓を開けてくれないか?」
「私ですかぁ?窓を開けたらもっと寒くなると思いますけどぉ?」
「いいからいいから」
「…………めんどいなぁ」
桃色生徒が渋々窓を開ける。外は寒いしな。
——————だが、
「——————テンプ・トラヴェリング」
「えっ…………」
俺が指を弾くと窓から暖かい風が吹き抜ける。
暖気が教室中を満たし、あっという間に春の陽気に様変わりする。
予め気圧操作で暖めていた空気を窓から入れ替えただけだが、良いデモンストレーションにはなっただろう?
「あったかーーーーーい!」
「え?何いまの!何いまの!?」
「魔術なのか?でも魔力の痕跡が…………放出魔術ではない…………?」
「すごいすごいすごい!」
「やべえよ!春みたいだ!」
「みなさんお静かに!…………一ヶ月という僅かな時間ですが、精一杯努めさせて頂きます。改めまして風魔術師のカイリです。よろしくお願いします」
万雷の拍手が俺を迎えてくれる。
あーーーー尊敬の眼差しが気持ちいいぜ!ジェイス君まで一生懸命に手を叩いている。やっぱこの人面白いな。
しかし完璧すぎる自己紹介をしてしまった。
後続のセンセイには申し訳ありませんなぁ。
(ほんとやなやつー)
一礼し教壇を降りる。
自己紹介待機している女子Aと目が合う
瞳はうるうるして体はガチガチ。先程より緊張が加速している様子。アワレナリ。
「ごほん、カイリ先生ありがとう御座いました。————ではアンジェリーナ先生、お願いします」
「ひゃっ、ひゃい!ごっ、御相伴に預かりましたアンジリーナですっ!よよよよろしくお願いします!!!」
御相伴に預かってどうするんだよ…………。
女子Aもとい銀級冒険者アンジェリーナ。
猪突猛進思い込みガールが今回の俺のバディなのであった。
………………大丈夫かな?




