寄り道へのプロローグ
「こっ、これは!これは一体なんなんだ〜〜〜ッ!?」
艶やかなゴールドの輝き。
焦げ一つなく表面はつるつるだ。見た目は水飴に近い。
だが粘度が軽いのか、テーブルに置いた振動だけでぷるぷると震えている。まるで三ツ星魔獣のスライムの様だ。
出来立てなのでふんわりと湯気がたっている。
そこから漂うガツンとくる香ばしさ。
加えて凝縮された甘い匂いが粘膜を包み込む。
僅かにピーナッツの香りもするな。
「それはね…………」
「それは…………?」
「それはねッ!」
「それはッ!?」
「幻の卵スイーツ"三不粘"さッ!」
ガタッ!思わず立ち上がりそうになるのを必死で耐える。
馬鹿な!!三不粘だと!?
大陸の宮廷料理。
選ばれしシェフしか作る事の出来ない極上の一品。
材料は卵や砂糖、ラードなど。珍しい物は一切使わない。
それらを技術のみで昇華させるという料理の究極。
俺もこの目で見るのは初めてだ…………。
「さらに腕を上げたか…………シェフマス!」
「おっと、評価は食べてからにして貰おうか」
それはそうだ。
料理とは口に入れて初めて真価が問われるもの。
「…………いただきます」
逸る気持ちを抑えて一礼をする。紡がれた言葉はまるで祈りの様に唇から溢れ落ちた。
フォークを手に取り突き刺す。ぷよんと強い弾力が反発するも一瞬。抵抗無く4本の刃が奥まで沈み込んだ。そして持ち上げる。
「おおっ!」
生地がフォークを頂点に伸び上がり円錐形を作る。
熱したチーズに近いが、こいつは弾性が強い。食事の例えとしては不適切だがまるでゴムの様だ。
そのまま眼前まで運ぶとぷちっと小気味良い音を立てて切れた。
俺だって歴戦の冒険家を自負している。そんな俺をもってしても全くの未知の領域。
期待と僅かな恐怖をフォークに乗せ口の中にいれる。
「………………」
もちもちとした食感だ。なのに歯切れが良く、全くくっつかない。
そして口の中で段々とクリームの様に溶けていく。
素朴な甘さだ。あたたかく優しい味わい。油の臭みなどまるでせず、卵本来の濃厚な甘みをピーナッツの風味が引き立たせている。
高級な料理を食べたワクワクと、家庭料理での安心感が同居しているような感覚だ。
何故か死んだお父さんとお母さんの事を思い出した。
「うめぇ…………」
「そうか…………」
思わず涙ぐむ俺にシェフマスが優しい顔で寄り添ってくれる。
これが人間なんだな。調理技術が発達してきた理由は何も栄養状態の改善だけが目的じゃない。
料理を作る事、料理を食べる事は気持ちの交換なんだ。
美味しいごはんを食べる事は人と繋がる事。そして生きる理由足り得る。
また一つシェフマスに教えられちまったな。
「…………ありがとう!」
「ふっ…………、どういたしまして」
「いや早く私の分も作って欲しいんですけど…………」
俺たちは今ギルドの酒場にいる。この場には俺、リン、シェフマスの三人だけ。
酒場の外からは喧騒の声がする。まだまだ夜真っ盛りの時刻だ。
この酒場は意外にも閉店時間が早い。
"屈強な冒険者に深酔いさせては厄介だから"と言われているが実際は違う。
仕込み時間を確保したいのと、万全の体調で料理に臨みたいからと本人談。どっちが本業か分からんな。
「うっかりしてたなぁ、申し訳ない。すぐリン君の分も作るから待っててくれ。難易度が高くて今の私では二人前を作れないんだ」
「すみません。美味しそうだったので…………」
慌ててキッチンに戻るシェフマス。
繊細な料理なんだから急かすなよ。もっともシェフマスならメンタルコントロールも完璧だろうが。
今日はシェフマスに呼ばれてきた。街に潜む麻薬の温床を焼いた御礼だそうだ。文字通り屋敷ごと丸焼けになったが火を付けたのは俺ではない。間違って伝わってないよね?
あの事件から二ヶ月が過ぎ、すっかり過ごしやすい季節になった。
燃えていなければあの屋敷でも、どんぐり目当ての山雀が陽気に歌っていただろう。
色々と事後処理が終わり、オルテ村の事件も含めて世間に公表された。
アレスとマキシも見つかって投獄された様だ。
他国に逃亡した先で盗みをして捕まったらしい。
そんなセコい罪で捕まるのは意外だが、あいつらの事は元々よく知らないしな。
本人等は否定を続けていたがクローディアが顔を確認したらしい。カサンドラからの情報である。
よりにもよって名探偵のお膝元に逃げるのだから運のない奴等だ。
「あれから二ヶ月ね。…………ディアはどうしているかしらね」
同じ事を考えていたのか。独りごつというよりはこっちのレスポンスを待ってる感じ。
でも口に物を入れたまま喋りたくないし余韻も消したくないので無視する事にする。
クローディアはあの事件の後慌てて国へ帰っていった。
移動時間を含めると結構スケジュールギリギリだったとか。納期に締め切りに報告にと堅苦しい言葉ばかり並べての別れとなった。
カンカンとおたまを叩く音が聞こえる。
考え事をしてるうちに食べ終わってしまった。勿体無い…………。
「そんなに美味しいの?」
会話の内容を変えてきたな。その話題なら大丈夫。
むしろどんとこいだ。
「それは言わないでおこう。変に先入観を与えたくないからな。ただ三不粘は伝説とまで言われている宮廷料理だ。腕の良いシェフでも作れるのは一握り。レシピを知っているかどうかじゃないんだ。むしろ口で工程を言うだけならシンプルさ。だがこれは技術だからね。職人が修練の果てに修める物だ。それを身につけたシェフマスはマジに侮れない。彼は本当に冒険者ギルドのマスターなのか?」
「本当に好きな事に対しては饒舌ね…………。最後については同意するけど」
おたまの音が止んだ。出来た様だな。
見るとシェフマスが御盆を片手で持ってこちらに向かっている。反対の手にはティーポット。今日は紅茶かぁ。
「お待ちどうさま。冷めると美味しく無くなるから早めに。カイリ君には先にお茶をどうぞ。私もご一緒させて貰うけどいいかい?」
「ありがとうございます!」
「勿論だよ。食後に腕の良いシェフとお茶するなんて贅沢な事だ」
彼はニカッと笑うと二人分のカップにお茶を注ぎ、俺の隣に着席した。
ここでまとめてリンの分も注がない所に優しさを感じる。冷めやすくなるもんな。
「…………ふう」
驚く程にすっきりとした風味。渋みがなく油断するとごくごく飲んでしまいそうだ。
俺の反応を見て、シェフマスが得意気に笑った。
「水出しの紅茶を温めてみたんだ。せっかくの三不粘の晴れ舞台だからね。余韻を消させたくなかった。それにスッキリしてて飲みやすいだろう?」
「…………本当に敵わねえよ。あんたに勝てる未来が想像出来ない」
「こちらも君の期待を越えるのに必死なのさ」
シェフマス〜〜〜〜〜!!
シニカルに笑いながら彼はカップにお茶を注いでいる。
「えっ」と思いリンを見ると彼女の皿から三不粘が消えていた。
「うま」
ご満悦の表情。幸せそうだ。料理の感想なんて"うまい"の一言で充分なのかもしれないな。言った言葉はうまだけど。
会話もなくお茶を楽しむ。ゆっくりとした時間の流れに浸っていく。
「今日はご馳走様でした。美味かったよ」
「美味しかったです。また作ってください。是非」
「機会があればまた作ろう。手間がかかるからメニューには入れられないけどね。…………そうだ忘れる所だった」
そう言ってキッチン横にある扉を開き中に入っていった。
シェフマスの自室である。そこに住んでいるらしい。
職権乱用なのか仕事熱心とするのか判断に迷う所。
時間も置かず、包みを一つ持って戻ってきた。
底の浅い四角い箱状の物だ。掌四つ並べた様な大きさだ。白い布で包んであり、赤いリボンで交差する様に縛ってある。
「…………」
リンがそれを見て無言で顔を顰めた。
気持ちはわかる。布には蒼いオルテンシアの絵が大きく刺繍されている。
どうしてもあの事件を思い出してしまうからな。
「今朝ギルドに届いてね。クローディア君から君達宛だそうだ。ちょうどいいから今夜渡そうと思ってたんだよ」
「ディアから?」
友達からの悪戯に驚いた様子のリン。クローディアのイメージと合わなかったのか少し固まっている。
気にしない俺が代わりに受け取る事にした。
見事な刺繍だ。包みとして使われているがこれだけでも大分高価な代物だろう。流石に稼いでやがるな。
「それじゃあ確かに渡したよ。明日は店を空けるけど、明後日の日替わりにはちょっと自信があるんだ。暇だったら食べにきてよ」
「絶対いくよ。じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ。良い夜を」
自宅に向かい夜道を歩く。
騒がしい人の声も随分遠くだ。かなりギルドから離れたな。もうすぐだ。
「…………」
隣を歩くリンは無言だが、たまに不自然に俺の手に触れてくる。
こいつは俺とクローディアの仲を怪しんでいるからな。
包みが変な所を刺激してしまったか。
今日の夜は大変かもしれん。
げんなりしながら手を握ってやると花が咲いた様な笑顔に。
はーやり過ぎたかな?
(本当にやり過ぎなんだよ猿)
やれやれ、子供には大人の悩みは分からないだろうな。
あれ?死後の経過時間考えたらおばあちゃんでしたっけ?
(私は永遠の女子高生なんだよ!)
なんですかジョシコーセーって?丈夫な骸骨を指す慣用句です?死体の貴方しか見た事ないのでワカリマセーン。
(ふざけやがって!散々私の記憶覗いて知ってる癖に!!!)
はいはい、ミサトフリックスにはお世話になってますよ。広告もないから見やすいよね。というか広告の度にブチ切れんなよお前。長い髪振り回して妖怪みたいだったぞ。
(やっぱ見てるじゃん!嘘つき!死んじゃえ!!!)
毒電波を受け流しながら歩いていると自宅に到着。
一階建だが小さいながら庭もある。築年から長く経っているらしいが、古びた様子は感じない。良い家だ。さすが我が家。
「カイリ…………ねぇ」
家に入ると後ろからリンが抱き締めてきた。
耳元で囁く声は熱っぽい。さり気なく俺の下腹部を撫でている。
二ヶ月という期間は鉄面皮の木娘をとろとろにするには充分でした。もう小細工すら使ってこない。
本当甘く見ていた。まずった。
俺自信そういうのが解らないから。
(身から出た猿)
もはや錆ですらない。
「あー、包み開けなきゃだろ?」
「えっ…………そうね」
紅い顔のまま離れるリン。照れてるせいかそうでないのか。理性が生きててよかった。
俺は疲れた体をベッドに投げる。追いかける様に同じベッドに腰をかけるリン。
包みを手渡しする。結構重かったんだよな。
受け取った後焦った様にリボンを解くリン。そっちの方が気になってるじゃん。
「これ…………」
中に入ってたのは手紙、本、そして…………まとめられた栗色の髪が一房。
刺繍といい中々趣味の良い贈り物だな。
クラウディ先生の作風には合っているが、クローディアのイメージには合わない。リンも困惑している。
「手紙の宛先は私達二人になってるみたい」
確かに"親愛なるウィル、そしてリンちゃんへ"と書いてある。
でも手紙って苦手なんだよなぁ。良い思い出がない。
「俺たち宛ね。読み上げてくれよ」
「ええ……なら読むわよ」
親愛なる私の友人達へ。
碌にお礼もお別れもせず離れていってごめんなさい。
名探偵兼名作家は忙しい物なのでご了承して頂けると嬉しいです。許してねっ!
あれからもう二ヶ月が経つなんて信じられません。
それ程までに濃い日々でした。
ようやく事件も終息し肩の荷がおりました。
ヘンリーの仲間の二人もこちらでお縄になっています。
全て二人のおかげです。ありがとう。
アクアパレスでの出来事は私に浅くはない傷を残しました。
人間の悪意や狂気という物は、資料を眺めているだけでは理解する事は出来ない。
分かっていた事ですが、改めて初心に帰ることが出来ました。
この傷を煮詰めて煮詰めて、新しい作品への種火にしようと思います。楽しみにしていて下さい。
読まれていないという事でしたので、"蔵書の火葬"を一冊封入しました。
比較的万人受けを考えて書いた物なので、リンちゃんにも是非読んで欲しいです。
………………もう一つの贈り物には大変驚いた事でしょう。
私達の故郷では戦地に赴く想い人の為に、女性が髪を切り男性に渡す習わしがありました。平和な世には廃れた風習ですが。
冒険者には危険が付き物なのは承知しています。
せめて貴方の無事を祈り、贈らせてください。
ウィルの為に切りました。
この意味を理解してくれると嬉しいです。
重いよね?でも遠く離れた地に旅立った私への餞別として受け取ってくれると嬉しいな。
落ち着いたらまたアクアパレスに遊びに行きます。
どうか二人ともお元気で。
——————————————クローディアより。
え?マジに髪の毛なの?想い人というか重い人なんですけど…………。確かにそういう風習あったらしいけどさぁ。
「やっぱり好きなんじゃん!なんでもないとか仲良くないとか嘘じゃん!!!」
「いや嘘じゃ…………いてぇ!暴れんな馬鹿!」
駄々っ子の様にベッド上で暴れるリン。
お分かりいただけただろうか?彼女はこっちが素です。
ジタバタしたせいで箱がひっくり返りクロ髪がベッドに落ちる。
「あーもう髪がベッドに落ちただろうが!解けたらお前が掃除しろよ!」
俺は仕方なく髪の束に触れ
——————————————————ごめんね。
は?
目眩がする。ここはどこだ?リンの家。今は夜か。
俺はカイリ。19歳。男。牧羊の家に生まれてお父さんとお母さんが大好きだった。事故で2人が死んで親戚に引き取られた。地獄だった。俺はカイリ俺はカイリ俺はカイリ。
「…………どうして泣いてるの?」
心配そうにリンが尋ねてくる。
泣いている?
どうして?
最後まで謝れなかったからだ。あの時救えなかったから。
なんで最後までそんな感情しか湧かなかったんだろう。
憎しみも悲しみも何も無かった。ただ罪悪感だけ。それがたまらなく気持ち悪い。
「…………お前が馬鹿力で殴るからだろうが!」
「えっ、当たったかな……?ごめんなさい」
リンがしゅんとした様子で謝る。
謝る必要なんてなかった。お前は何もしなかったが何かをしたわけでもなかった。
10年なんて抱える必要無かった。徒労だよ。ただの。
それで死んじまったんだから救えないな。
「………………はぁ」
深く溜め息をつく。
そうしないと激情でどうにかなりそうだから。
ここまでの気持ちになったのはお前で二冊目だ。
どうやら俺にもモテ期が来たらしい。
なるほど。
そんなに俺の事が好きなら愛してやるよ。
ただし俺なりのやり方でな。
この脳みそに一生刻んでやる。忘れる事すら出来ない呪われた力で。
だから待っていろシェリー。
愛され過ぎて頭馬鹿になっても文句は言うなよ?
お前は俺を殺したんだからな。




