二人の馴れ初め
目が覚めたらベッドに寝かされていた。
どのくらい時間が経ったのかはわからない。
この部屋には窓がない。なのに昼間の様に明るいのは天井にある白色の光源のおかげだ。
ヘンリーの地下室にあった物だ。こっちは小型だが同じ物だろう。
ベッド、テーブル、イス、本棚、大きめの花瓶に挿してあるのは蒼いオルテンシア。
本棚に収められているのは私の著書だ。オルテンシアと合わせてなんの冗談かと憤りそうになる。
とりあえず家具を並べて生活感を演出しただけ。そんな印象を受ける。
レストランからの記憶がない。
何か後ろから口を塞がれた様な気がする。
ウィルの皮を被ったナニカには少なくとも仲間がいる様だ。
————コンコン
ノックの音が聞こえる。
まるで私が目覚めるまでずっと覗いていたかのようなタイミングだ。気持ち悪い。
「どうぞ」
とりあえず迎え入れる事にする。
私の部屋じゃないのにどうぞも何もないけど。
「おはよー!といっても夜中だけどね。よく眠れた?」
「……………………」
入ってきたのは少女だ。
白い。病的なまでに白い肌に灰色の眼。
髪まで白に近いプラチナブロンド。それを肩に向けて真っ直ぐに伸ばしている。
そして下着と見紛うほどの薄手の白いワンピースを着ている。
純白などというイメージではない。絵画に白い絵の具を落として無理やり白紙に戻した様な悍ましさを感じる。
言うなれば白い闇。血の様に赤い唇は今まで何者を喰らってきたのか。
「おはよう。ヘンリーさん」
「わぁ。そこまでバレてたんだね。流石は《曇空の名探偵》さんだ。でも本当の名前はシェリーって言うの。これからよろしくねっ」
そう言いヘンリーそっくりのウィンクをする少女。
先程はウィルの姿をしていた。恐らく幻影か変身能力。
屋敷では度々ヘンリーの口調が崩れていた。
そしてお嬢様。レストランでもこちらの会話を聞いていたかの様な口振りだった。
カマを掛けるという意識すらない。私はヘンリーの正体が目の前の少女だと確信していた。
そしてヘンリーに成り代わっていたとしたら見えてくる物もある。
「すごい名演だったよ。私達のちょっとした会話も拾っていたみたいだね。尾行でもしてたのかな?ウィルの眼を欺けるとも思えないけど」
「確かにカイリくんは鋭いもんねぇ。でもそこはコツがあるんだよ。区画ごとに、日毎に尾行者を分けるの。レストランではこの人。ホテルではこの人。今日はその人明日はあの人。みたいにね。40人くらいは使ったかな?勿論簡単な変装くらいはするよ」
簡単に言うがその規模の人数が連携できる程の諜報のノウハウがあるという事。かなりの組織力だ。
最初からこの子の手の内だったという事か。
「…………何が探偵か。ピエロね、私は」
「えー!もしかしてもう分かっちゃったの?凄いなぁ格好いいなぁ。…………聞きたいな。名探偵の推理を」
無邪気な態度から一変。
こちらを試す様な粘り気のある眼でこちらを見るシェリー。
どうせ囚われの身だ。精々お嬢様のご機嫌伺いでもしてやろう。
「探偵役が欲しかったんでしょ?ヘンリーを黒幕にして逃げ仰る為の」
「っ!?すっごーーーーーい!大正解だよディアちゃん!!いやー探偵役探してて本当に探偵が来た時は出来過ぎてて笑っちゃったよねぇ」
こいつに愛称で呼ばれるのには虫唾が走る。
だが我慢だ。私はまだ殺されていない。
単純に真相に気付きつつあったから誘拐したわけでもなさそうだ。
「毒殺に拘ったのはわかり易い犯人像を作る為。地下室の造形より古めのテーブル、器具。檻や人間も直近で地下室に運ばせたんでしょう?」
ぱちぱちと目を輝かせて拍手をするシェリー。
子供みたいにころころ表情が変わり考えが読めない。
「私が毒好きなのは事実だけどねぇ。それだけでリスク背負って毒殺しまくる程バカではないよ。まだまだオルテンシアの研究は続けたい。今後その線からこちらに繋がられても困るんだ。だからわかり易い悪役を作って提供してあげようと思ったんだぁ。元々アイザックには芥子を栽培させてたんだけどね。そろそろその事業もバレる頃合いだと思ってたから尻尾切りも兼ねてる感じ。息子のヘンリー君に全て押し付けたのは心苦しいけど親子ってそう言う物だしね。商会の人間も屋敷の人間も全員殺させたから死人に口無しって所。面子を潰された人達も喜んで飛び付いたでしょ?」
余程話したかったのか早口に捲し立てられる。
ヘンリーのあれは演技ではなく元々の性格だった様だ。
「そこまでしてオルテンシアを研究していた本当の理由は?」
「そこに嘘はないよぉ。オルテンシアって綺麗でしょ?…………まあ強いて言うならさ、オルテンシアって雨に咲く毒花じゃない?つまりレイニー・ポイズンだ。すっっっっっごい嫌なんだけど私の二つ名と響きが似ていてね。オルテンシアの毒の開発が上手くいってレイニー・ポイズンが有名になったら私のクソダサな二つ名もそっちに変わらないかなぁ…………なんて思ってたり」
恥ずかしそうに語るシェリー。
本当に恥ずかしいレベルにどうでもいい理由だった。
しかし二つ名?レイニー・ポイズンに似ている…………まさかっ!
「レディ・ポイズン!?」
「やめてええええその名前で呼ぶのおおおおおおっ!」
頭を抱えながらベッドに身を投げジタバタするシェリー。
そんな姿どうでもいい。
レディ・ポイズン!?毒と麻薬の女王。彼女の作る毒により街は滅び国すら腐敗させたと言う伝説の悪女。しかしそれは200年以上前の話だ。
「まさか継承…………いや今までずっと生きているのねッ!?」
「…………本当に鋭いなぁ。まあ便利な能力があるからねぇ。変身繰り返してると老化しないんだ、私。永遠の美少女って奴。そんな美少女にダサい二つ名は似合わないでしょ?」
そう言いながら顔の一部をヘンリーに変えるシェリー。その後知らない人物に移り変わりながら少女の顔に戻った。
それだけか。名前が気に入らないからというだけで100人以上の人間を殺したのか。
こいつは正真正銘の化け物だ。
気狂いを装った巨悪が黒幕ではなかった。気の狂った巨悪が犯人だったのだ。
「さて、喋りたい事は喋れたしそろそろ本題に入ろうかな」
「ッ!?」
灰色の眼がこちらを覗く。
白い少女の姿とドス黒い本性が混ざり合ったかの色。
もうこいつの考えは予測できない。
考えが止まると心の奥に閉じ込めた恐怖が漏れ出てきてしまう。
何故?どうして私を攫ったの?まだ殺していないの?
「…………私ね、カイリくんの事が好きなのっ!」
「は?」
なんだ?なにをいってるの?
白い顔を真っ赤に紅潮させて。殺した殺されたって言った唇で。
何を人間の少女みたいな話をするのか。
「カクテルの話を聞いた時から気になってたんだけどねっ…………一目見て、話してみて、解ったんだぁ。彼は私と同じなんだって。私達そっくり壊れてるんだって!」
「ウィルを一緒にするなッ!お前みたいな殺人鬼じゃないっ!!」
違う!ウィルがこんな奴と同じなわけがない!
だって私を抱き止めてくれた!私を庇って逃がしてくれたんだ!!
「むー。でも彼だって相当殺してると思うけどなぁ。調べた限りでも指の数じゃ足りないし」
「それは冒険者だからでしょう!?悪党を倒してるだけなの!良い事なの!」
子供の様に喚き立てている。その自覚はある。
だが駄目だ。もういっぱいいっぱいなんだ。
あの日港でウィルと出会ってから。
私に余裕なんて欠片もないんだ。
「でも地下室であなたを置いて逃げようとしたよね?」
「それはッ!?」
それはそうだろう。
私なんて彼にとってはなんでもない存在だから。リンちゃんとは違う。
だって私はいつだって見てるだけで彼に何もしてあげられない。
本当に。
ならあの時覗かなければ良かったのに。
「ああ、涙ぐんで可哀想に……。ごめんね、いじめるつもりはなかったの。貴方のことも好きなの。本当だよ?でもだからね、私は貴方になりたいの!」
「は?」
「ディアちゃんもカイリくんの事が好きなんだよね?けれども中々関係は進んでないみたい。でも大丈夫だよ!私ならもっと上手く幼馴染をやれると思うんだよね!だから安心して!私が貴方になったらリンちゃんからカイリくんを奪い返してあげるから!!!」
気持ち悪い。何を言ってるの?意味が分からない。分かりたくない。その為に私が連れ去られたなんて考えたくない。
「変身するのには相手の体液がいるんだけどね。屋敷に来てくれたおかげで集め放題だったよぉ。だからこんな風に……」
「嫌ッ、嫌だ!」
「えと……こんな感じかな?………………ウィル!またお茶しに行こうよっ!」
「ああっ…………」
目の前には私の顔で私の声で私の知らない笑顔をする怪物がいた。
毎朝鏡で見る顔だ。童顔で子供の頃とあまり変わらないのがコンプレックス。
でもお母さん譲りの黄色い眼と目元の泣き黒子にはちょっと自信がある。
それを他人に奪われている。
「おえっ…………」
「ちょっとー!人の顔見て吐かないでよぉ…………いやこれは違うな。…………大丈夫?具合良くなかったかな?落ち着くまで傍にいるからね…………んーーーこれも違う気がする。まあいっか。時間は沢山あるからこれから勉強していけば良いや。いっぱい貴方のことを教えてね?今日は朝まで恋バナしよう!」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
目の前のコレは悪党ですらない。
おそらく善も悪もないんだ。人間じゃない!怪物の法則で生きているナニカなんだ。
「誰があなたなんかに言うと思うの…………?」
精一杯の虚勢を張る。せめて屈しはしない。これから殺されるとしても!
「えー。残念だなぁ。でも大丈夫だよ。私慣れてるから」
シェリーは笑顔で手を叩く。
するとすぐに扉が開き、男が台車を押して入ってきた。
「アレス…………!」
「ご無沙汰しております。では私はこれにて」
「見ていかないのぉ?」
「虫唾が走りますな」
舌打ちをしてアレスは退室していった。
台車は部屋に置いたまま。クロスが掛かっており何が置いてあるかは分からない。
「さてこれからドキドキ質問タイムだね」
「…………拷問でもする気?」
「あはっ、違うよぉ。ディアちゃんったら考え過ぎ!これの中身が拷問器具だとでも思った?————————ジャーーーン!」
シェリーがクロスを引っ張り上げる。
「あなたっ!何考えているの!?」
中身は瓶詰めの液体。そして言葉にするのも憚れる様な器具達。そう、性交渉の時に使う様な。
「痛い事して苦しめてもいいんだけどね。女の子が相手だとすぐ壊れちゃうんだよなぁ。たぶん脳の構造の違いだと思うんだけど…………まあ統計的にえっちなことの方が成功率が高いんだよ。官能小説みたいでしょ?」
シェリーはとっておきの悪戯が成功したかの様に笑った。
ふざけるな……………
ふざけるなッ!!!!!
「私はッ!そんな事に絶対に屈しない!毒でも麻薬でも何でも使ってみろ!徒労だろうけどねぇ!!」
「…………これでも?」
……………………やめて。
「ああ………………ああああああ!!やめて!やめてくださいっ!許してぇお願いだから!!!」
「そういうなよ、クローディア。俺だってお前の事は憎からず思ってるんだぜ。初めてだったら悪いが。まあ、よくしてやるよ————————なんちゃって!好きな男の姿でされる性的拷問には大抵逆らえないんだよねぇ」
「いやあああああああ!……ウィルッ!ウィルゥ!助けて!助けてえええ!!!」
「だからウィルは俺だろ?じゃあこれから朝まで恋バナしようねぇ」
ああ…………。
これはきっと罰なんだ。
幼馴染の顔して。勝手に執着して。
あの時彼を助けようとさえしなかったのに。
ごめんなさい。ウィル。
私はあなたに謝る事さえ出来なかった。




