めでたしめでたし
壁に激突したアレス君は動かない。
ボイルからの大気炸裂は御老体には堪えた様だ。
「えっ……セバスちゃんに勝っちゃったの!?すごいすごいすごいっ!かっこい〜〜〜!」
能天気なヘンリーの声が頭に響く。
アレスの退場はお前らの陣営としては致命打だろうに。
ならこのままもっと減らしちゃうぞ?
「——————ウィンド・ミンス」
「おっとっとっと…………」
不意打ち気味に繰り出した切断魔術を間抜け声で避けるマキシ。
ヤク中なのに反応速度が速い。いやヤク中だからか。
「肉弾戦なら負けないんじゃなかったっけ?」
「ッ!だってアイツの体おかしいんだもの!殴っても痛がらないし!」
そりゃあヤク中だからでしょうなぁ。便利な説明"ヤク中"だから。
感覚を機敏にしたり痛みに鈍感にしたり麻薬には様々な効力がある。
ん?感覚機敏なのに痛みを感じない……?まあいいか。効能には個人差があります。
「さてこれで二対二だな」
「私が数に入ってないんだけど!」
「私を数に入れないでくれないか!」
同レベルの発言で真逆な事を言うクローディアとヘンリー。
形勢が変わったからかクローディアにも余裕が出て来たな。
逆にヘンリーは余裕が過ぎる。何をやったら焦るんだこいつは。
「はぁ…………。まあセバスちゃんが負けたなら仕方ないなぁ————マキシ、手筈通りに」
「あい…………はい…………」
「ッ!逃げる気!?」
「追うな!!!」
ヘンリーの言葉を受け急に走り出すマキシ。俺の全力ダッシュより遥かに速い逃亡。思わず追いかけようとするリンを制止する。
これでアレスが死んだふりしてましたとか伏兵がいましたとかなったらヤバだろが。
元々ヘンリーさえ捕まえてしまえば依頼はクリアなんだしな。
「お祭のあとみたいな気分だなぁ」
自嘲気味に呟くヘンリー。
そして懐から小瓶を出し————なるほど。
「乾杯——————グフッ」
小瓶を口付けした直後吐血。毒か、予想して然るべきだったな。
「何をやってるのッ!!」
クローディアが崩れ落ちたヘンリーに駆け寄る。純真な奴だな。俺なら罠が怖くて近寄れん。そもそも吐血とか汚いし。
「毒……!?貴方が作ったなら解毒剤もあるはずだ!どこにあるの!?」
「…………優しい子だなぁ。君みたいになりたかった。解毒剤なんてないよ。どのみち処刑されるんだ。なら毒で死にたい。それが私の美学……ゴホッ!」
血を吐きながら咳き込むヘンリー。
苦しみに堪えるように両拳を堅く握っている。
「そんな…………」
「………………」
悲痛な表情のクローディア。リンですら苦虫を噛み潰したような顔をしている。
よく分からない感覚だな。どのみち死ぬのは一緒だしその結果に導いたのは俺達だ。
まあ覚えておこう。次の参考になる。
「ところでこれが何かわかるかね?」
ヘンリーは拳を開くとそれぞれの手に白い球と緑の球が手品の様に現れた。
…………嫌な予感しかしない。
奴は視線を天井に向けて言った。
「これは光と空調を操る魔道具なんだ…………」
「逃げるぞッ!」
「えっ!?でもっ…………!?」
「リンッ!こいつを運べ!!!————オキシア・ヴォイド!」
空中の酸素濃度を薄くして走る!時間稼ぎになればいいが、空調を操れる以上効果は薄い。早く逃げなければ!
リンが疑問も持たずクローディアを抱えてついてくる。本当に便利な仲間だよお前は!
「ビックリさせようと思ったのに続きも聞かずに行ってしまったな。勘が良すぎるよ。この部屋の天井には固めた油が仕込んである。そして光量を最大まで上げると…………」
遠くからヘンリーの声が聞こえる。死にかけの癖に本当によく通る声だ!
要は証拠隠滅用のギミックだろうが!
目が眩むほどの光が降り注いだ刹那、天井から火の手が上がる。
見つかれば絞首確定物の犯罪だ。こういう予測だってして然るべきだろうが!弛みすぎか俺は!
「——————ッ!」
「風が…………!?」
空調操作により酸素が供給され炎がどんどん育っていく。これのせいで風術で炎を抑えられない。焼け石に水だ。
焼け落ちた天井の破片が床に燃え移り、火事の勢いが加速する。この為に床は石製でなかったのか。
「カイリッ!水は使えないの!?」
「出来たらやってる!あれは乱発出来ねえんだよ!いいから走れッ!!!」
同調後は暫く混ざりやすくなる。脳内で会話する事すら危険だ。
混ざりきった場合どうなるか分からない。リスクは踏めない!
そうこう言ってる間に出口の前だ。
念のため周囲の酸素濃度を操り扉を開ける。【ギフト】に魔術に使い過ぎ!もう限界に近いんだよ!!!
「————ヘンリー・ミラーの人生はここで終わる。また会おうね。カイリ君」
炎に巻かれた芥子畑の奥から、そんな戯言が聞こえた気がした。
あれから一週間がたった。
その後火災は他住宅に広がらず鎮火した。
空調魔道具の故障か、それともヘンリーが止めたのか。大きな拡大は無く終わった。
ウィルが言うには地下室での火災は燃え広がり易いらしい。それでも火災規模が抑えられたのは、元々が地下室のみ燃え易く他に広がりにくい様に屋敷が作られたからではないかとの事だ。
だからやはり芥子栽培の為に作られた屋敷なのだろうと彼は言っていた。
この名探偵も舌を巻く推理である。
鎮火後、地下からヘンリーと思われる遺体が見つかった。憐れむ気持ちは湧かない。
何故ならば事件の翌日に彼の新たな大量殺人が明らかになったからだ。
アイザック商会大量毒殺事件。そう報道されている。
あの日の茶会の後、出掛ける用事とは殺人の事だったと言うだけの話。
逃亡の為の証拠隠滅だろうがよくもまあ殺した物だ。
元々表舞台で生きるつもりは無かったのだろう。
それでいてウィルに会う為に残ったというのだから本当に分からない。
犯人の死亡という形だが事件は終わった。
アイザックの変死もヘンリーによる線が濃厚な様だ。
彼の所業が明らかになった事でオルテ村の真実もあわせて公表される事となった。公表は色々と調整した後になるらしいが。一度事故として処理をしてしまったから仕方がないね。
巨悪が滅び真実が白日のもとへ。
これにて一件落着。
めでたしめでたし。
————————————————本当に?
違和感は幾つもある。
どうして発覚を恐れて殺人まで犯す人が毒殺に拘り自らの首を締めたのか?——————それは彼の美学だから
どうして逃げるつもりだったのに私達を屋敷に招いたのか?——————それはウィルに会いたかったから
どうして。
どうして馬車の轍の跡が帰りの物より行きの物の方が深かったのか?——————それは証拠を逃したんじゃない。証拠を運び込んだから。
一つの違和感が上記二つの答えを破壊する。
もし毒殺に理由があったのなら?
もし私達を招いた事に理由があったのなら?
————————————コンコン。
「ッ!?」
ノックの音に意識が現実に帰る。
時刻は昼前。私はホテルの客室で手記を纏めていた。
部屋には私しかいない。ウィル達は事件の証言の為に海上ギルドに呼ばれて行った。
帰ってくるにはまだ早い時間だ。誰だろう。
————————————ドンドンドン!
ノックの勢いが強くなった。
背筋に冷たい物が走る。
寸前まで考えていた事が脳裏によぎる。
「誰ッ!誰なのッ!?」
声が震えてしまった。この部屋の窓ははめ殺しだ。
何処にも逃げられない。
暫く扉を見つめているとノックの音が止んだ。
「おい!俺だよ!いつになったら開けてくれるんだ!こちとら腹が減って仕方がねえんだよ!」
ウィルの声だ。
なんだ。ウィルだったのか。
予定より早く終わったのかな?怖がって損をしちゃった。
私は扉に近づいて鍵に指を掛ける。それきり指が動かない。
——————扉を開けてはいけない。私の勘がそう告げている。
ウィルの声でウィルの言いそうな事を言う人が扉の向こうにいる。
ただの勘だ。でも私は動けずにいる。
「あーめんどくせぇなぁ」
————ガチャ。私の意思とは無関係に鍵が回った。
「鍵借りといて良かった。さっさと開けてくれりゃいいのによ。ま、飯食いに行こうぜ。腹ペコなんだよ」
扉の向こうには満面の笑みのウィルがいた。




