プレリュード
「酷いじゃないか。家主をそっちのけで深夜の密会だなんて。私だってまだまだ話し足りない事もあったのに。恋バナとかね?」
「流石主様。腐乱死体並みに醜悪ですな」
「腐乱死体と比べられたくはないなぁ」
屋敷の地下に麻薬畑。決定的な証拠を掴まれたのに余裕の登場。
さて何を考えているのかな。
「毒を愛する……?意味がわからないわ!」
もうクローディアはキャパオーバーか。いつもの余裕が無い。
「"毒は薬である"…………昼にも話しただろう?芥子は確かに麻薬になるが同時に強力な鎮痛剤にもなり得る。これで救える命が増えるんだ。法や倫理など知った事ではないさ」
「それは…………」
「悪党の戯言よ。ディアが聞く必要もないわ」
言い淀んだクローディアを叱咤するリン。
流石にリンはわかってるな。戦いの場において会話なんていうのは武器でしかない。
自分が扱えなければ聞かない方がマシだ。
「嘘は言ってないのになぁ」
「本当の事も言ってないだろ?こいつらを見てみろよ。鎮痛剤の治験にしては愉快な頭をしているぞ」
「あらバレちゃったか。強力な麻薬を作って巨悪を討ち滅ぼすんだーみたいなノリの方が良かった?」
「ふざけないでッ!」
ヘンリーはごめんごめんと片方の掌をたててウィンクをしている。
こいつにとって茶を飲んで話をするのも人を壊すのも、同じ調子で行われるんだろう。
「ええと、何でこんな事をって話だったかな?私にとって芥子というのは毒の範疇なんだよ。一般的に麻薬が毒かは考えが別れるところだけどね。その話はまず置いておいてだ。彼等の成分を抽出して毒に混ぜるとね、面白い反応をするんだよ!遅効性の毒を即効性に変えたり効能自体を変えてしまう事だってある!紅茶にミルクを入れる様なものかな?ふふっ、流石に違うか。まあ毒に対してというよりも人体に影響を与えた結果ってのが近い話になるんだけども。ああ後は資金源になる事も否定しないよ。毒作りは金がかかるっ!これが辛いところだが幸い芥子は売れるからねぇ。皆さんが御禁制にしてくれたおかげだね。時代に感謝だ」
「なに…………なんなの?」
「………………」
気狂いとは話したくないと思ってたのにこいつも気狂いか。
好きな事を話しているだけ。そういう印象だ。
日中の毒談義も同じ感じだろうな。バレるとか捕まるとか一切考えていない。楽しいから話しただけ。こういうタイプは厄介だな。行動の予測が建たない。
「それともオルテ村の件かな?あそこではオルテンシアを買わせてもらってたんだ。花が綺麗だから毒薬にしてみようと思ってね。中々上手くいかない物だが…………。まあ、そのお礼に色々と融通してあげたんだけどご存じの通りおいたをしてしまったから処理させてもらった。オルテンシアの研究成果は残念ながら見せられないよ。粗悪品を見られるのは恥ずかしいからね。研究成果は他に移してある。一週間で引越しするのは大変だったなぁ…………」
舌も乾く暇がない程に喋る。おっさんが趣味について早口で悦に浸ってるとかもはや犯罪だろ。気色悪い。
どこまで本当の事を言っているか分からんが状況証拠的に真っ黒だな。
御誂え向きに証拠の一つもまだ生きてる。
「どういうつもりかは分からないけど貴方はもう終わりよ」
「そうだね。仮に君たちが来なかったとしても疑われた以上は逃れられない。完璧な隠蔽なんて出来ないしね。どうあっても商会は終わるだろう。今後は地下活動で製毒に勤しむとするさ」
「そのつもりならなんで逃げなかったんだ?」
「君に会いたかったから」
「ッ!?」
「君に会う為に残っていたんだ。リスクがあるのは分かっていたけどね。どうにも我慢が出来なかった…………」
粘りつく様な視線が俺に向けられる。
好奇、友愛、嫉妬、尊敬、狂気、親しみ、性愛。それをごちゃ混ぜに作ったカクテルの様な悍ましい視線。
吐き気がする。
なんなんだこいつは。俺に会いたいから?だから危険を承知で逃げなかったと?何故だ?何故俺に執着する?
「村でカクテルを振る舞ったのは君だろう?…………なんて素敵な事をするんだと思ったよぉ。オルテンシアの毒酒…………まず響きが良い!思わず口にしてしまいそうな言葉並びだ。いや毒だから口にしてはまずい!おっと冗句だよこれは。まずいといえば味はどうだったのかなぁ?村民の話によると天上の美酒だったらしいが。今度作ってよ。二人で飲もう!!!いや話がそれたね。……別にお酒自体に感動したわけじゃないんだ。オルテ村の人達はオルテンシアを売って生きてきた。それが最期に己に返ってきた。毒に生かされた彼等は毒で死んだ。なんと美しいんだろう…………!」
延べつ幕無しに喋り続けるヘンリー。目は潤み顔は紅潮している。まるで酔っ払いの戯言だ。
というかさも俺が殺したみたいに言いやがって。
他人聞きが悪いにも程がある。
まあ変態だろうが狂人だろうがやる事は変わらない。
オキシア・ヴォイドを使う。
あいつらの周囲から酸素を奪ってそれで終わりだ。
俺は周囲の空気に魔力を浸透させる。
あばよおやすみ。寝てる間にイカレ女と同室にしてやるよ。檻の鍵があるかは知らんが。
「…………まことに残念ですが通りません」
「ッ!?」
空気に馴染ませた魔力が消された。
嘘だろ?…………あの執事か?あいつが俺の術を解きやがった!
「うちのセバスちゃんは魔封じの【ギフト】を持っているんだ。すごいだろう?」
「…………私の名前はアレスです。能力についても吹聴しないで頂きたい」
「えー執事と言ったらセバスちゃんだろう?」
馬鹿みたいな会話をしながらも一切油断なくこちらを見ている。
まずいな。何がボーナスステージだよ天敵じゃねえか。
それにこいつは相当やる。
手の内が一枚明らかになったからって迂闊には近付けない。
ヘンリーも気になるがまずはリンと二人掛かりで執事を潰そう。
「カイリッ!?」
大声に身構えると背後から男が突っ込んできた。
リンが間に入り拳を受ける。助かったぜ相棒。
坊主頭の長身の男。印象的な無精髭と虚ろな目はダラシがないというより気味の悪さが勝つ。
下着一枚しか身に付けておらず、そのせいで全身に刻まれた傷が存在感を放っている。
ちらりと檻に視線を移す。
檻の扉が開いている。
「ヤク中の振りして罠を張っていたわけだ」
「ヤク中なのは本当だよ。だがまあ頼れる仲間さ」
男はガードを高く上げ重心を後ろに置いている。蹴り主体の構えか。
「お嬢…………こいつ殺したら薬くれるの?」
「男は殺さないでくれよ。それから私の事はヘンリーさんと呼びなさい」
相手のホームでの2on2。場合によっては人数負け。
得意の魔術は封じられて相手の手の内もわからない。
最悪だ。
「二人とも凄く強いって聞いたよ。私の仲間とどちらが強いかな?」
「ウザ過ぎるので主様は黙っていてください」
「…………肉弾戦なら私は負けない」
「あれ…………これ…………それ…………おれ…………」
はああああああああああああああああ。
こんな依頼受けるんじゃなかった!!!!!




