解毒不能
「どうだ、何かあるか?」
「何もないわ。階段の先に扉があるけど。ここまでは安全よ。だから早く降りてきてよ暗いのよここ牢屋みたいなの」
階段の下からランタンで俺たちを照らすリン。
君の顔の方が怖いけど牢屋で一体何があったの君は。
「よし。次は俺が降りるからそれに合わせてお前もついて来い。足を踏み外されても困る」
「そんなどんくさくないよぉ」
クローディアはそう言うがこの階段は中々危ない。
石製の階段。一見すると綺麗に形を整えてあるが、よく見ると幅の大きさに差があり足を踏み外しやすい。
降りた感じ、それぞれの高さも違う様だ。
慣れていれば問題ないのだろうが、暗闇の中初見ではまともに降りる事は難しいだろう。リンの奴は問題なくサクサク降りていったが。
追手を転ばせる為か?何やら初っ端から不穏当な歓迎だな。
クローディアの手を取り最後の段を降り終える。
なるほど。リンのいう通り牢屋じみているな。
冷たく湿気を吸った床。隙間を漆喰で塗り固められたごつごつとした壁。半円形の天井は煤で汚れている。
犯罪者の終の住処にはピッタリね。
「雰囲気あるなぁ。次の作品に活かせそう」
「そんなのどうでもいいから早く進みましょうよぉ」
どっちが冒険者が分かりませんな。
まあリンのいう通りだ。怖がるリンからランタンを奪い先を照らす。
木製の扉に揺ら揺らとした光が映る。
木目が綺麗に見え比較的新しい。交換したばかりの様だ。
鍵は無いみたいだな。この地下室は逃走用としての側面もありそうだ。上の入り口はともかくここまでロックされてたら逃げるのに不便だろうからな。
「進むぞ。リン」
ランタンを返して進入を促す。
嫌そうな表情で受け取るリン。あらかじめ決めてたでしょー。
「また私が先頭なのね…………」
だって便利なんだもん。
地下室は音が反響する。常に消音は使ってられない。この先に誰かしらいた場合、発覚は時間の問題だ。
肉壁を先頭にするのは合理的判断だね。
ギギと軋む音がして扉が開く。さて何が待っているのかな。
パッ——————。
入った瞬間、空間全域に光が走る。
馬鹿な電気…………いや魔道具か。電灯はまだ発明されてはいない。天井から煌々と部屋を照らし出している。
湿気がなく空気の流れも感じる。これも魔道具か。入り口から漏れ出ていたのはここから押し出された物か。
しかし部屋と呼ぶにはかなり広い。ちょっとした工場くらいあるな。少なくとも屋敷の面積より上だな。
俺たちが来た他にもいくつかの扉がある。
外にも入口があるってのは正解の様だ。
「なんなのここは…………?」
「………………」
二人とも様子は違えど戸惑っている模様。
それもそうだろう。目に映る光景がありえない。地下室らしからぬ様相だからな。
均一に区画された黒土。それを覆い尽くす背の高い茎葉。揺れる赤い花弁。周囲には土と青臭さが混ざりあった、噎せ返る様な匂いが漂っている。
目の前に広がるのは畑だ。立派な芥子の花が赤く咲き誇っていた。
(花の季節が合わないな。まさか異世界で植物工場をやってる奴がいるなんてね)
「財源の答えはわかったな。アイザック商会は人々を幸せにする薬を作っていたらしい」
「麻薬だね…………」
麻薬はこちらでも大半が禁止されている。
むしろミサトの世界より厳しいかもしれない。あちらと違って個人が持つ武力が大き過ぎるからかな。
故に価値は膨大。魔道具で光量操作できるなら普通に栽培するより数倍の回転率で作れる。
デカい家に住めるわけだ。
芥子畑に視線を奪われたが、机が複数置いてありその上には乳鉢や大鍋、蒸留器具。おくすり精製セットもちゃんと揃ってらっしゃる。大分古ぼけているがまだまだ現役の模様。芥子以外の植物もある。乾燥してるけど。
井戸まで掘られているな。本来なら湿気で部屋を傷めてしまうが換気の魔道具がそれを防いでいる様子。
この地下室自体が芥子栽培の為に作られた可能性すら考えられる。
「あそこっ!牢屋…………檻があるわっ!!!」
リンの指差す先には檻が三つ。近寄って確認する。
「人がいる…………?」
三つの檻の中には居住されている方が二名程いらっしゃった。内一つは無人だ。物言わず蛆にたかられている物体を人とは呼べないだろう。
「うっ…………おぇッ!!!」
クローディアが耐え切れず嘔吐する。あらあら慣れてないのね。この手のおうちはトイレの処理も適当だから元々臭気も酷い。仕方がないだろう。
宝物の畑の付近にこんな汚物放置してええんかとも思うがね。
しかしここまで近づいてやっと臭いに気付いたくらいだ。
これも換気の魔道具の効果なのか?出来過ぎな気もするが。
「……あれは…………おれ…………あ…………あれは…………それ…………これ…………あれは…………」
「……………………………………」
残りは膝を抱える様に座りブツブツ喋っている男と体を仰向けに寝ている女。顔は腕で隠れて見えないが僅かに胸が上下しているので生きているのだろう。
「いつまで吐いてんだよ名探偵。事情聴取のお時間だぞ」
俺はワトソンらしく名探偵の背を叩いて激励してやる。
気狂いと話をするなんてごめんだからな。
リンの奴から不満気な視線を感じる。しょうがねえだろ?こういうのはクローディアの方が向いてそうなんだし。
「…………ふぅ。あの、私はクローディアと言います。あなた方のお名前を聞かせて頂けませんか?」
ほらな?向いてるんだよ。この異常な様を前にして始めに名前を聞ける奴なんてそういない。
もっとも名前なんて高尚な物がこいつらに残っているか分からんが。
「…………あっ、お薬の時間なのねぇええ!!」
「ひゃっ!」
クローディアの声を聞いて女が飛び起きた。
しかし…………こいつは。
「うそ…………」
油脂だらけのボサボサの髪。前以上にでこぼこで割れまくりな爪。瞳孔は拡大しており白目は充血。
こいつはオルテ村で給仕をしていた女だ。
あの村の人間は絶滅したと聞いていたが、ちゃっかり鹵獲されて生き延びていたのか。
「ねぇ〜〜〜お薬の時間なんでしょ?早くちょうだいよぉ。わたし。あれを飲まないとおかしくなっちゃうの。早く早く早く。くれたらぁ、すごいことしてあげる!本当にすごいのよ?先生のカラダぐにゃぐにゃになっちゃうかも?だからはやく寄越せよおおおおおおおお!はやくはやくはやくはやく!寄越せ!寄越せ寄越せ寄越せ薬を薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬………………」
「ひっ……!」
叫びながら鉄格子に頭を打ち付ける女。
その剣幕にクラウディ先生は尻餅をついてしまった。
「あ、どうしたの先生?もしかしてお薬の時間なのぉ?私あれを飲まないとおかしくなっちゃうの」
突然正気に戻ったような言葉を話すオルテ女。
まあ完全にキマってんな。ここに居るのはもう蝉の抜け殻染みた何かなんだろう。
クローディアは怯え切っている。この感情を次回作に活かせたらイイネ!
「なんでこんな事を…………?」
「実験してたんじゃないかね。やっぱ薬だし治験しないといけないだろ」
「こんなのが薬であって良い筈ないよ!金稼ぎの為にこんな事ッ!ヘンリーは屑だ!!!」
「————————それは違う」
「ッ!?」
その声はまるで歌劇の舞台の様に辺りに響き渡った。
「それは違うよクラウディ先生。金稼ぎなんていう矮小な目的では断じてない!何故ならば私は毒を愛してるからだ!!!」
ヘンリー・ミラーと執事のアレス。
犯人である二人が、日中とはまるで変わらぬ様子で登場した。




