窓の向こう
私は激怒した。
理由は読み掛けの本をウィルが持ち帰ったからだ。
お爺ちゃんが勝手に貸したらしい。
私が読んでいたのに貸しちゃうなんて!まあお爺ちゃんの本だけどさっ!
"ディアが読んでいたのは随分と前だろう?"だって言うけどそれは違うのだ。
悪者の描写が怖くてちょっと勇気を溜めていただけなのだ。読むつもりだったんだもん。
それにしても遠い。街から離れた牧場がウィルの家らしい。
新しい家族になってから羊は売っちゃったらしいけど。
動物の世話は大変って話だからなぁ。
しばらく歩くと家が見えてきた。結構大きいけど牧場が大きいせいか小じんまりとして見える。
ここまで坂になっていたから足が痛い。これもウィルのせいだ。
家の扉の前に立つ。なんにも音は聞こえず静かだ。留守じゃないよね?
「すみません。ウィリアム君のおうちですか?」
返事はない。でもペタペタと足音が近づいてくる。
そして扉が開いた。
「…………だれ?」
ウィルだ。長めの黒髪はボサボサ。一目で男の子だとは分からない。背は私と同じくらいに小さい。片手に本を持ちながら面倒臭そうな眼でこちらを見ている。面倒なのはこっちなのに!
「私よ。その手に持ってるのはリンドブルム冒険譚でしょ?返して」
「だからだれ?この本は僕が借りたものだけど」
だれ?なんて失礼な奴なんだろう。私を知らないふりして追い払おうとしてるんだ!
「クローディアよ。お爺ちゃんの書庫で本読んでる癖に知らないわけないでしょ。早く返して」
「…………ああ、ランドルお爺さんの孫か。書庫以外で会ったから分からなかった。本は読み終わったら返すから早く帰ってくれないか?」
こいつムカつく〜〜〜!
借りていたいならもっと言い方があるでしょう!?
それが早く帰れ?もう怒ったんだから!!!
「もういい。勝手にとって行くから」
「おいっ!」
「ひゃっ!」
勝手に家に入った私を止めようとするウィル。
いきなりの大声にびっくりして躓いてしまった。
————————転ぶ!そう思い身構える。
「…………ふぅ。君は想像通りどんくさいんだな」
「………………ぁ」
転びかけた私をウィルが抱き抱えていた。
いきなりの展開に頭の中が真っ白になってしまう。
この前読んだ物語の王子様みたい…………。
ウィルってちっちゃくて痩せてるのに力があるのね。
「なぁ、そろそろいいか」
「あっ…………ごめん」
つい抱きしめ返しちゃってた。
すぐに手を解きウィルから離れる。
恥ずかしさから視線を下ろし、そして気付いた。
————————傷だ。
捲れた腕の袖から傷が見える。
「ウィル怪我してるのっ!?」
「あっ、こら」
思わず彼の腕をとってしまう。
傷は小さいながら周囲が赤く腫れていて痛々しい。
だけど傷自体は薄皮で塞がっている。
今すぐできた傷じゃないみたい。
「君には関係ないだろ」
「そんな言い方っ!大丈夫なの!?痛くないの!?」
「だから…………ッ!」
煩わしそうにしていたウィルの表情が急に固まった。
どうしたんだろう?焦った様に開いたままの扉を見ている。
「…………本は返す。返すからそこの窓から出て行け。いいか?窓からだぞ」
真剣な表情のウィル。名残惜しそうに本を見つめた後、押し付ける様にして本を渡してきた。
「え?なに?急に…………」
「いいから早く!読み終わったら僕も読むから教えてくれよ」
ウィルに背中を押されて窓から外に出る。
急になんなの?こっちは心配してあげてるのに!王子様だなんて気のせいだわ!!!
何かを私に隠そうとしてるんだ。腹が立った私は窓の外から覗いてやる事にした。
覗かなければよかったのに
「ディア!」
「ん…………?」
「ディア大丈夫?うなされていたわよ?」
あ…………寝てたのか私は。
目の前には心配そうなリンちゃん。私がうなされてるのを見て起こしてくれたのかな?
窓からオレンジ色の光が漏れている。夕方か。
そういえば仮眠を取る事にしたんだった。侵入の予定は深夜だったから。
「なんか夢見が悪かったみたい。ありがとね、リンちゃん」
「どういたしまして。どんな夢を見たの?うなされ方が尋常じゃなかったわよ」
そこまで酷かったのか。だけどもどんな夢だったか思い出せない。夢なんてそんなものだけど。
「忘れちゃったなぁ。でも見たいものでは無かった事は確かだね」
「それはそうね…………」
話を切ってリンちゃんが外を眺める。眩しげだが薄っすらと笑顔だ。
「嬉しそうだけど何か見えるの?」
「えっ……そんな顔してたかしら?」
照れ臭そうに口に手を触れるリンちゃん。
一見クールだけど感情豊かだ。おまけに美人だしスタイルも良い。ウィルが好きになるわけだ。
「…………窓から見える景色が良いのよ。昼見た時も立派な庭だったけど夕日に照らされていてね。ディアも見てみない?」
「……………私はいいや」
断る事にちょっとの罪悪感。でも仕方がない。
なんとなくだけど。
窓を覗きたい気分では無かったから。
その後の夕食ではヘンリー氏が昼と同じ様に毒についての逸話を語ってくれた。
ウィルが"馬車を崖から落とせる毒はあるか?"と聞いた時には焦ったがそれも普通に答えてくれた。
ウィルが言っていた通りのキノコがあるらしい。流石だった。
それに加えて簡単な暗示をかける事が出来る毒もあるのだとか。
犯人の自供シーンを読んでいる気分になった。
そしてさらに夜が更ける。
「最後に確認するぞ。まだ引き返せるがどうする?」
ウィルがランタンを片手に持ち、煩わし気に尋ねてきた。
こういう顔は昔から変わらない。こちらの心変わりにまるで期待していない様で、今にも溜息を吐きそうだ。
まあその通りなんだけど。
「……………………」
リンちゃんは黙ったままだ。彼らのパーティはリンちゃんがリーダーって聞いたけど決定権はウィルにあるみたい。
押し付けられたのかな?苦労人だね。
「冗談。ここまできたらページを捲らずには帰れないよ」
「……………………ページ」
ボソッとウィルが呟いた。上手く聞き取れなかった。
何を言ったんだろう?
「なんだよ?じろじろ見て。惚れちまったか?」
「惚れちまったね。あの時のハグが忘れられなくて…………」
「ちょっ!」
私達の軽口に焦るリンちゃん。可愛いねぇ。
これくらいの応酬は許して貰わないとね。幼馴染特権として。
「冗談はこれくらいにして、始めるぞ————ウェーブ・ベンディング」
ウィルが指を鳴らす。ホテルの食堂でも使った魔術。
周りに音が漏れなくなるとの事だけど仕組みはさっぱり解らない。
だけど使えるならなんでも良い。拍手や足踏み、大声。実際にやって確かめさせて貰った。だから問題ない。
「床を起点として半径1mの空間の音を遮断した。リン、後は頼む」
「はいはい。————————撃ッ!」
軽く助走をつけたリンちゃんが飛び上がり空中で回転。
落下と同時に繰り出した蹴りが床を破壊する。
物音一つしない。しかし周囲に飛び散った破片が威力を物語っている。
家柄職業柄、強い人には沢山会ってきた。
だがその中でもこの二人は異様だ。実際に戦う所は見てないがオルテ村での資料は読んだ。
不死身の武術家。未知の魔術の担い手。
作り話と疑う程の能力だ。
そんな彼等は金級を目指しているらしい。
冒険者が金級を目指すのは当然の事だ。しかし短い間ながら接して知った性格を考えると違和感がある。
一体何を望んでいるのだろうか?
…………思考が脱線したな。今はこの力が頼りになる。それだけ考えていればいい。
「ほらな。ビンゴだ」
「本当にあったわね……。暗そうね……。牢屋みたいね……」
ウィルがランタンで壊れた床を照らす。
すると大穴の先から下に続く階段が見えた。
「…………いこう」
きっとろくでもない物が待ち構えているのだろう。
だが不思議と怖くはない。私には頼りになる仲間がいるから。
それに窓の向こうより怖いものなんて何もない。




